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『射英雄伝』の評判(ブログ編) 

一応書き終ったところで気合入れてググってみました。
基本的にそんなにきっちり小説版の感想を書いている人って少ないみたいだなあと若干の孤独感を噛み締めつつ、まずはブログ編。


朱聡のスリ技(『「射」三部作』他金庸小説を読んで さん)

江南七怪ってどれも個性的でおもしろいですね。
でも2巻になって活躍してる人が結構限られてくる、名前だけで武術はおろかセリフがない人も多いみたいで段々怪物じみた人が増えるにしたがって影が薄くなってきますよね。


これは僕も思いました&悲しくなりました。(笑)
登場時の丘処機との酒楼での華々しいデモンストレーションはなんだったんだという。
十分怪物だったのに、しまいには街の腕自慢と大して変わらない扱いじゃないかという。(笑)
ひどいインフレだぜ一人少年ジャンプかよ金庸先生という。

思えば郭靖は既に韓小榮ネエさんに仕込まれていたので、すんなりと黄蓉母さんのかわいい坊やになれたのかなという感じもします。(笑)
このブロガーさんの実況中継的な(出版当時)感想の書き方は、新聞連載という元々の形態にふさわしいよなあとか思いました。僕のはちょっと結果論的ですが。


金庸武侠小説「射英雄伝」(Wilderlandwander さん)

西のトールキン、東の金庸と呼ばれるほどの人気作家


へえ、トールキンと呼ばれてるんですか、知らなかった。
あんまり「神話」性はないような気がするんですけどね。
『この作品は冗談です』とデカデカと銘打ってるようなそんな感じ。

一つの戦いが決着しないうちに突然次の戦いが始まったり、多少落ち着かない感じもあります。


そういえば最初はこんなことも思ったような気がしますが(笑)、すぐに慣れてしまいました。
しょせん冗談ですからね。(笑)


射英雄伝読了(語楽道 さん→移転

神侠侶ではとんでもないわがままで楊過の腕までとってしまった郭芙でしたが、第一部を読んでそのキャラクターが母親の若い頃そっくりだったのでこの親にしてこの子ありだなと納得しました。
その母親黄蓉にも楊過・小龍女は何度も引き離されていたし、ひどい親子でしたね。
夫の郭靖はこの世のものとも思えぬ誠実な人間だったのに。


『神』を先に読むと意外とこんな感想かもしれないというのと、「わがまま」「誠実」という概念のむしろノーマルな使い方を再確認させられたというそんなストレートな感想。(笑)


『射英雄伝』第五巻 金庸(備忘録 さん)

やはり初期作品だからかゴチャゴチャ度が足りない。


ああ、そうかもしれないですね。
僕が幻視した「夢の『大・射英雄伝』」ももっとゴチャゴチャしています。(笑)
初期だからというより、何かまとめようという気持ちがすごく勝っている感じがしますね『射』は。
そういう冷静な金庸先生はそれほど面白くない。もっと悪ノリを!


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『射英雄伝』の評判(サイト編) 

ちなみに順番はGoogle検索順位によります。結構深い方に面白いものが眠っていて、どうもあんまり横の連絡が出来ていないジャンルみたいだなとか思いましたが。


『射英雄伝』の登場人物について 浪里白跳(《Tian Liang》 第94号)

どの登場人物もその個性を際立たせている性格のため、何らかの暗い過去がある。そのきっかけとなったのは、生活の中でごく当たり前に起こる些細な感情に端を発することばかりで、登場人物の多さから、まさに機微の幕の内弁当とでも言うべき、一つの作品の中に多くの種類の機微がちりばめられている。


そうですね。ここらへんはまあ金庸の人物造型の計画性というか、僕の言う「チェスの駒」性というか、基本的にそれぞれの差異を総覧するように、見比べてナンボみたいな描き方ですよね。単品ではなく。(つまり幕の内)

楊康を正義の侠客へと変身させることができなかった訳は富貴を捨て去ることができなかったこともあるが、最大の理由は18年間自らを息子として育ててくれた金の皇太子・完顔洪烈を裏切ることができなかったことであろう。18年間自分の事を育ててくれた父を「自らの民族を滅ぼそうとする民族の仇だ。そして、見ず知らずの男が、実はお前の父親だ。だから、育ててくれた親を殺せ」と言われて納得できるだろうか


もう少し楊康に比重を置いた描き方をすれば、だいぶ全体の印象は変わったでしょうね。単なる使い捨ての仇役に見えてしまうところがちょっと。そっちの部分を追求した次作『神』によって、『射』そのものも救われたのではないかとか思いますが。


射雕英雄伝(全4巻)(まお飯店 さん)

こちらの楊康評はしごくあっさりしています。(笑)

金国の王子完顔洪烈に育てられ富に目がくらみ周囲の期待を裏切り続ける


中国語原典で読んでいる方のようで、「文章も王度盧より昔風で少し硬いかな」などという記述もあり、何となくここらへんが中国(語)人読者の平均的な感じ方なのかなとか思いました。


射英雄伝:読了(夢の記録 さん)

ひさしぶりの金庸、しかし中身はキャラクター小説だった。主人公もヘタレで場の雰囲気に流されやすいダメ人間、まあラブコメなのでしかたない


こう考えてしまえば単純でいいですね。(笑)
ちなみにここで「キャラクター小説」と言っているのばあくまで「武侠小説」との対比なので、僕の(キャラ小説ではないという)論とは直接の関係はないと思います。

トリックスターの周伯通が便利になりすぎたせいでバランスが崩れたような気がする。


実はこういう部分はあると思いますね。『神』も含めて。老頑童だからいいかと許されてますが。
ついでに洪七公も頼れるオジサン過ぎますね。逆に欧陽鋒の悪に救われるというか。
しかしこの人、一般的にはちょっと浮いたというかマイナーなエピである「段皇帝のくだりなんかは良い」とわざわざ挙げるとは、どんだけ陰惨ドロドロが好きなのか(笑)。”金庸”読みというよりは”武侠”読みという感じなんでしょうね。


射英雄伝 全5巻(たくせんの小部屋 さん)

中国文化全般の研究サイトの人。「以下はDVDを見て書いた」というあらすじによると

中国人にとって射英雄といえばチンギスハーンをさす。この物語はチンギスハーンに見込まれた郭靖の物語である。


さらっと核心的な記述が。やはりそうだろうと思います。金海南の解説は少々独善的。
僕は割りと”皮肉”というニュアンスで見ていましたが、こういう風に(郭靖も含めた)「剛毅朴訥なチンギスハーン的な”英雄”の物語」とまずは読むべきなのかも。その後でそれに対する反省、相対化というそういうバランス。文脈。


と、収まったところで、次にこの「射英雄」問題、「共産党批判」問題をまとめてあるところを。


『射英雄伝』の評判(サイト編):追加 

大事なところを忘れていました。
前に紹介した『金庸の武侠小説』改め『金烏工房』さんによる感想。

この周伯通、一見すればやはり好々爺として描かれている北丐・洪七公とキャラクターがかぶっているような気もするが、洪七公=シリアスなシーンではちゃんとシリアスに決める(第3巻、丐幇の幇主の地位をヒロインの黄蓉に譲るシーン等)・周伯通=シリアスなシーンでも笑いを取るといったように、ちゃんと書き分けが出来ている。


む、やっぱりこの人鋭い&僕と少し似た着眼点を持ってらっしゃる。

老頑童・周伯通の位置というのは気にし出すと結構気になるんですよね。なまじ東西南北の”4人”が一応図式化されているだけに。
見た目的にいうとまず確かに洪七公との類似性は感じますね。どちらも”主人公サイド”だし、汚くて気のいいおっちゃんだし(笑)。僕はそこから洪七公の方のキャラ不足、出来過ぎの善人性(3項め)みたいなものを見てしまったんですが、なるほどこう見れば描き分けそのものは出来てるのか。
図式の方との関連で言うと、”中神通・王重陽の義兄”ということで何か特別な位置は与えられないか、(武術以外についての)「無欲」、中神通の「中庸」にも通じる(頑童としての)「イノセンス」という共通性でくくってとか一応考えてはみたんですけど。太陽(中神通)と惑星(東西南北)と彗星(老頑童)とか。

結論としては・・・・考え過ぎたら負けかなと(笑)。4人の図式自体未完成なんだから、周伯通も要するに何らかの理由で描きたいから描いたというそれだけのことだろうと。
あ、でもやっぱり郭靖とも義兄弟というのは気になるなあ、王重陽/周伯通/郭靖の”主人公ライン”、宇宙を照らす兄弟星、3連恒星(考えるな考えるな)

特に今回はガイドブックに、主人公の郭靖が特に才能のあるわけではない平凡な少年で、努力を重ねて成長していく物語という感じの解説があったので、友情・努力・勝利みたいなストーリーを期待していたのだが、蓋を開けてみればくきっちり今までのパターンを踏襲していたので、少しガッカリした。


”パターンを踏襲”というのは専らこの方の読んだ順(翻訳順)という意味合いが大きい(実際は初期の作品ですから)ので、言いかがかりでは?という気もしないではないですが(笑)、要は「成長」感が淡白と感じたということですよね、やっぱり


『書剣恩仇録』の評判(その1) 

図書館に行ったら『神』が借りられていたので、代わりに『書剣恩仇録』を借りて来て読み直しました。うーむ、色々とまた違う感慨が。
というわけで前にも言ったこちらの書き直しを先にやりますが、並行してリサーチも。デビュー作ということでなんだかんだ初金庸の人が多いようで、武侠小説全般論的なタイプのが多かったです。


まずは紹介済みのところから

『まお飯店』さん

陳家洛も霍青桐と客絲麗の間で優柔不断ぶりを見事に発揮してくれますが、気持ちはよくわかります


あ、珍しい意見(笑)。滅法評判の悪いこの主人公ですが、今回の読みで僕はそれなりの納得感を得たところがありました。どうしても許せないところもありますが。


『夢の記録』さん

巻を置くあたわざる傑作、とはこのことかと思う。大興奮の一巻。


『射』を”ラブコメ”と一刀両断した人の評価だけに面白いですね。変にまとまらずにひたすらシーンが流れる、戦いが続くところが逆に良かったんでしょう。僕も今回そういう無雑作な良さを再発見したクチ。


次からは新顔さん。

『僑忠的香港奇遇』さん

金庸を読むには先ずこの作品から…とは私は思わない。理由はこの作品の導入部分が結構読み辛いからである。作者は新聞連載の中恐らくどの様に話を展開させて行けば良いのか判っていなかったのだろう


お、僕ばりに大胆な(笑)。でもそんな感じですよね実際。

当作品は金庸の第1作でこの作品の中に以後の金庸作品での特徴が全て語られていると言っても過言ではない。つまり、得体の知れない拳法、武侠達の友情・矜持、どうしようもない運命の流れ、物語の根幹を成す何かしらの謎と云ったものが詰め込み過ぎか、と思われる程にこの物語には抛り込まれている。


勿論ここも同感。おっと思ったのは”どうしようもない運命の流れ”を挙げているところ。僕も「ギリシャ悲劇」(の運命論)との比較なんぞをやってますが、金庸のハチャメチャさの隠れた本質なのではないかと思いますね。登場人物が個別に分からず屋というよりは、そうなるように、こじれるようになっている。そういうあきらめ。


『ファンタジア領』さん

そもそもこの手の作品では、まずは各登場人物のお披露目をかねたエピソードを積み重ね、それぞれの魅力をじゅうぶんに引き出した後、一個所に集めるのが定石ではないか。
ところがこの作者にかかれば、そんなまどろっこしい手続きは一切省かれてしまう。一人ずつどころか、なんとこの第1巻で、主要登場人物一覧全員、当然、紅花会が誇る幹部14人も、いきなり総登場してしまうのだ。。(中略)それぞれの人物に見せ場を作り、キャラクターをきっちり描き分けているのがまたすごい。


結局この作品については「ネタを並べ立ててるだけで慌ただしい」的な評価が一般的で、僕もその立場で一回論じてみたんですが、「にも関わらず凄い」あるいは「そういうものとして成り立っている」という見方も可能なのではないかなとそっちの方に今は思考が流れています。


『司書の駄弁者』さん

主人公の陳花洛、いまいち優柔不断で大義名分に弱いところなど「水滸伝」の宋江そのままだ。


ああ、なるほど、こういう比較はありでしょうね。金庸先生が「この人はね、中国の伝統的な知識分子です」きわめつき武侠小説指南)と言っていた部分ですね。

彼の乾隆帝に対する言動やラストでのウイグル王女カスリーに対する仕打ちは、「滅満興漢は他のすべてに優先する正義である」という前提なしにはちょっと受け入れられないものだろう。


うーん、なんつうか簡潔なまとめですね。こういうのが僕は出来ない。その分展開のケレンで補おうというスタイル。(笑)


『書剣恩仇録』の評判(その2) 

若草モノ騙り さん

物語の展開は基本的に、主人公陣営が恩を仇で返されたり、情けを無惨で報いられたりするというもの。
やくざだが英雄好漢という設定上そうなるのだろうが、これも義の国・中国のお国柄だろうか。


恩と仇の連鎖。
いくらでも広げられそうなテーマですけど、一言で言えば感情的なんだと思いますね。(笑)
濃厚な感情と、善い/悪いの判断が分かち難く融合しているというか。
揃いも揃って恋愛中の男女みたいなものかと。どっちに転んでもいちいち大げさ。(笑)


また、この登場人物たち、全くもって他人の話を聞かない


よく聞く感想ですね。
上に付け加えるならば、善悪の判断がある意味マニュアル化されていて、それが常に激情とセットになっているものだからスイッチ一つでオートマティックに発動する/行動化されるという。
・・・・まあ根本的には格闘場面を出すためというか、議論の代わりに格闘があるというか、要するに様式の問題でしょうが。


きれい組 スタッフルーム さん

この本のいいところは、出てくる女の人が邪魔にならないことです。ほとんどの女性が、武術の達人で自分の面倒は自分で見れるわけです。カッコイイ!ひとの足手まといになってばかりいる女性が出てくると、本でも映画でもついイライラしてくるHanaは、こういう本や映画が大好きです。


妙なところからの引用ですが。(笑)
でもこの感想かなりツボ。というのもこれは僕もものごころついて以来、ジャンルを問わずあらゆる冒険系のストーリーを見る時に感じていたイラだちで、”お約束”が理解出来ない年齢の頃は「そんな女なんで助けるんだよ?ほっといて先行けよトリトン!」とか結構本気で憤慨していました。(笑)

まあ弱いのも力及ばないのもそれはしかたないんですけどね、わざわざ余計なことしてピンチを招くのが。そういう場合、たいていは過信や見栄や功名心が理由ですし。(いかん、ついマジに論じてしまった)
ていうか同性でも感じるんですねえ、やっぱり。


『碧血剣』の評判/総論 

(否定派)

金庸ロードショー さん

この作品、表面上の主人公の袁承志、負けません。強すぎます。失敗らしい失敗もない。金庸作品中の主人公の中でも異例中の異例の存在かもしれない。その意味で、魅力に欠ける。ほぼ完璧な主人公なんて退屈以外の何者でもない

 ストーリーは素直な展開と言っていいだろう。あまり毒がないと言う点では、武侠小説の入門書として、まず読むのだったら、それなりに楽しめるかもしれない。ただ、あっと驚く展開がない。そして主人公に危機が迫るシーンもない。山あり谷ありの、谷の部分がない。駄作だとは思わないが、面白い作品とも思わない。


まずは典型的であり、もっともでもある否定的意見。


(中間派)

一億総ハヤカワ化計画 さん (本体こちら。多分)

読んでる最中の盛り上がりに比して、あの終り方はないんでないというのがあったりした。これも後輩が反論していわく、「歴史小説」としての影を忍ばせるならば、それもまた当然の帰結であったのだ、という。そういえば、二巻でもポルトガルの干渉などについて、ちらりと触れるエピソードがあった。ホンタイジ暗殺や、暗君の死、更にはそれを行なった反乱軍や武将の顛末など。これらを書き記す為に作られたものだと言われれば、この「納得いかない、なんでいい奴が死なないといけないんだ」も、「それが史実だからだ、それを伝える為に書いたんだ」と言われれば、なるほどの納得なのだ。


サイトタイトルを見れば分かるように、基本SF読みである筆者さんによる『碧血剣』の「歴史小説」性への素朴な疑問、葛藤。(笑)
実際には半フィクションという「歴史小説」の宿命の問題と、『碧血剣』そのものの問題が混じってると思いますが、”後輩”氏のありそうで見かけない弁護の仕方がちょっと面白いですね。あるいは当時の金庸の意識、義務感というのもこんな感じだったのかなという。

本当のところこの件に関して筆者さんは納得してないと思いますが(笑)、”読んでる最中は盛り上がってる”そうなので(中間派)。


きぃず ほめぱげ さん

面白いしテンポがいいけど、その分記憶に残らないのかなぁって感じ。ただ、読んでいる間は時間忘れる程面白いのは確か。


忘却の二つの顔。正に”(中間派)”。短所と長所は裏表。


(肯定派)

金烏工房 さん(本館

ストーリー展開はまるでロールプレイングケームのようである。今時ゲームでも珍しい素直なストーリーで、読んでいて思わずうれしくなってくる。


ね?ノリノリキャッキャ。やはりこの作品はパッパラドラッグ系。
さすが分かってらっしゃる。(笑)


へきけつけんってなんですか?(元サイト不明)

「その後彼らは新天地を求めて新たな旅に出た」っていう明るい終わり方がいいですね。あの仲間感がたまらなく好きです。


と思ったら、あの結末まで全肯定ですかあ、負けたあ。(笑)
確かに少年少女コミューンみたいな雰囲気はありますよね。呑気さが袁承志に相応しいというか。
一番浮き世離れしていた阿九が本土に居残って、かえってちゃんと年をとるという。


ダイエットに挫折して飲んだくれる俺。 さん

むしろ後期作品に見られがちな荒唐無稽な描写が少なく、自分にとってはこちらの方が好みでした。


具体的に何をおっしゃってるのかはよく分からないんですが(武術の内容?)、感覚的には僕の「とにかく素直で良い」という印象とも重なる気が。

物語の方は、射雕英雄伝と共通点が多いように感じたのですが、


軽く援護射撃ですが(笑)、この記述だけで早とちりは。
ただ上と合わせると、やっぱり感覚的なレベルで「小じんまりとした射雕英雄伝」的な愛すべき作品と、この方も感じたのかなと想像します。


『飛狐』シリーズ&『越女剣』の評判 

レッズが休みの内に『倚天屠龍記』までやってしまう予定だったんですが、時間が取れないのようなのでこれでお茶濁しを。

まず『飛狐』シリーズ。
比較的マイナーな作品なので、検索してもあまりヒットはしないんですが。
その中で今回新しく見つけたサイトさんはこちら。

IPPO’s Diary Page さん(『飛狐外伝』)

いつも通りの金で元気ではっちゃけてて楽しかったです。
ですが、ちょっと散文かな? 外伝という枠が苦しかったのかなとか。

「いつも通り」でありまた「散文」(散漫、淡白)であるというのが、僕と近い印象なのかなと。

次は常連(?)さん。

まお飯店 さん(『飛狐外伝』)

袁紫衣って性格掴みにくいタイプです。正体を現してからは別人みたいです。

いや、同感です。ある意味『雪山飛狐』のラストよりいい加減な感じがしました。(笑)
本気で造型してないんじゃないかという。



続いて更にマイナー『越女剣』・・・・のはずなんですが、あれ?意外にヒットするぞ。しかも妙に評判がいい(笑)。ううむ。

特にどれがとかどこがというんではないんですが、一応挙げておきますか。

とにかく、切ない?!(武侠好きの不器用日記 さん)
どれも傑作(『「身寸周鳥」三部作』他金庸武侠小説を読んで さん)

特に・・・・というのは要するに「普通の」感想だからですね。「普通に」書いてあることを素直に読んでいる。言い換えれば他の金庸作品との隔てなく僕とは違って。(笑)
これは『越女剣』の読み方としてどうというよりは、要は金庸作品全体の読み方がそうなわけでしょうねこういうタイプの人たちは。だから『越女』も同じように読める。

「こう」とか「そう」だけじゃあんまりなので(笑)自分の『越女剣』評を引いて言いますと、つまりあそこで僕は、「中国と西洋、非近代と近代の隠れたコントラストが作る立体感が金庸の金庸たる部分だ」と言っているわけです。そこからすると『越女剣』は、それが不十分で平面的であると、金庸になり切っていないと。
しかし最初から平面で見ていれば、どの作品も違いはない、直接書かれている目に見えることだけで済むわけで、殊更『越女剣』が特殊ということにはならないという。

勿論僕派(?)っぽい人もいなくはないです。まあ何となく「踏み絵」的な作品かなという。『越女剣』を他の作品と同列に読めるかどうかによって、その人の金庸の捉え方が分かるという。

こういうのは分かりますけどね。

これは、面白い。(sscさんの書評)

つまりこういう初めて金庸を読んだ人なら、こういう感想は当然です。”書いてあること”はそれなわけですから。その意味では的確で率直な読みだと思います。
エッセンスはこれです。ただしそれだけでは醍醐味には足りない。


・・・・なんか凄くグチグチ言う嫌な奴のようですが(笑)、それもこれも、”本物の”金庸作品、特にいくつかの複雑な構造の作品に対する敬意ゆえです。埋もれさせない為の差別化です。
甘いと辛い以外にも、旨いがあるんだぞという。(笑)


『倚天屠龍記』の評判 

いつもと順番が逆になりますが。
かなり色んなまとめ方が出来そうな作品なので、落とし所を求めて先にカンニング?(笑)
『射雕』3部作のラストで、それなりに代表作のはずなんですが、グーグル検索での言及は意外と少なめで、下手すると『飛狐』シリーズより下。むしろ前2作の人気に隠れてしまったかなという。
ただし内容的には興味深いものが多かったです。

《倚天屠龍記》を読んだぞ (「桃花島でまったり」 さん)

主人公の名は張無忌。
コイツがまた、とんでもない優柔不断な男です。
あっちの女、こっちの女、ちょっと優しくされるとすぐ舞い上がってしまうのです。
(中略)
「九陽真経」の使い手でなければ、あんたなんかB級キャラよ!と思ってしまいます。


ある意味最も正常な感想でしょうか。特に女性読者の。(笑)

自分から何かをしようというのではなくて、そうするしかないから、誰かにそう言われたからと長いものには巻かれろ精神で生きているのです。


男女問わず(笑)、現代的にはまずはこう読まれるんだろうと思いますが、違う可能性について出来れば後で示したいと思っています。

各流派の始祖となるような独立独歩の超武術家は影を潜め、
皆どこかの流派に属するようになっています。
その分しがらみも増え、組織の論理がその生き方を縛ります。


これはなるほどなと思いました。モンゴル”軍”といかに戦うかということが、それまでになく具体的に描かれていますし、「組織」「集団」そのものの方が主人公という面はあるかもしれないですね。


倚天屠龍記をよむ。 (「射三部作」を読んで さん)

一体この物語の主人公は誰なのか?
てっきりオープニング早々に驢馬で旅をする李志清の挿入画のあった郭襄かと思いきや、神鳥剣侠の最後でちょこっとでてマイナーながら楊過直伝の小技が光っていた張君宝かと思いきや、天鷹教と戦い、一旦は屠龍刀を手に入れた兪岱巖(ゆたいがん)かと思いきや、大量虐殺をなんとも思わない殷素素を奥さんにして10年も北極で生活するはめになった張翠山かと思いきや、どうも1巻の訳者あとがきで明らかになるんですが、殷素素と張翠山の子供の張無忌ということですか。


『倚天屠龍記』全4巻 (「まお飯店」 さん)

40章中最初の7章まで主人公が登場せず、謎ばかりが深まっていくミステリーちっくで少し疲れる作品。


この構成の複雑さというのももう1つの目立つ特徴でしょうね。
”実況”中の前者の生々しい困惑ぶりは、大いに共感するところ(笑)。”ミステリーちっく”とありますが、実際にミステリーなのは「謎解き」の方ではなくて、それ以前に「そもそもどれが解かれるべき中心的謎なのか」というか、話の輪郭がなかなか見えないというそっちの困難が大きい。
京極夏彦なんかはそういうのを意図的にやってるんでしょうが・・・・これは?(笑)。ちょい疑問。

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『天龍八部』の評判 

再読終わったし書きたいこともちゃんとあるんですが、今いちエンジンがかからないのでまたこっちを先に。ダルいんですよねちょっと、これ。
それにしてもググってもほとんどがドラマ版の話で、そんなにみんなNECOチャンネルなんて見る環境あるのかなという。(笑)
まあ割りとローカルのケーブルで入ってるという話は聞きますが。


『天龍八部内容紹介』 (「金庸ロードショー」さん)

この作品、個人的にそれなりに面白かったのだが、後で考えてみると、壮大なスケールの物語のわりには、ストーリーのどこに焦点を置けばよいのかとなると、「?」である。キャラクターを楽しむという点では面白いが、ストーリーはいまいちよくわからない。勧善懲悪という概念もこのストーリーではかなり薄い。最後は一体何が悪なのかわからなくなるのも特徴だろう。一応、喬峰?遼、段誉?大理、慕容復?燕というお国の事情を抱えるストーリーなのだが、この小説は、それぞれの生き様を書いた物語だと思う。


共通して戸惑い気味の感想の多い作品で、代表的にはこういう感じ。
特に価値観的なまとめ方が難しい(”勧善懲悪という概念もこのストーリーではかなり薄い”)のは、結局は仏教的色彩が意識的に強いということだと思いますが、じゃあ分からない読者が無知かというとそんなこともなくて、はっきり言って分かるようには書かれていないと思います。


たぶん、この『天龍八部』は金庸小説の応用編のような感じだと思う。金庸小説に慣れた人にとっては面白いかもしれないが、他の作品を知らない初心者にとっては、なんだこれは?と思わせるような要素もあるのではないか?


僕が一種の集大成だと位置付けたのも、だいたいそんな感じです。


『天龍八部2』 (「ダイエットに挫折して飲んだくれる俺。」さん)

読み終えてみて、この物語のテーマを考えてみるに、全ては因果の流れの中に・・って事だったのかな、と。民族の対立もそうだし、登場人物全てが自分の意思とは関係なく因果の流れの中で彷徨ったりあがいたり、そして最終的にそれを断ち切れた者、断ち切れなかった者がどうなって行くのか、という物語でした。


その「価値観」や「仏教」の問題を、”予備知識”ではなくて、”書いてあること”から精一杯に読んだ、ちょっと偉そうな言い方かも知れませんが(笑)とても「誠実な」読解だと思います。
いや、なんか凄く正しい読み方だなと。ま、いいですけと。(笑)
で、実際そういう内容なんだろうと思います。分かり難いですが。


『金庸の世界・天龍八部』 (「風街浪漫」さん)

そして最後に、虚竹、段誉にまで出生の秘密があったのだが、これまた驚愕せざるを得ないほどに稚拙な内容となっていることである。

単行本の帯には、『金庸文学の最高峰!』とうたってはいるものの、私には人間関係を極端に狭めたことで、壮大な失敗作に終わってしまったと思えて仕方がないのである。


よりストレートな悪評。(笑)
「内容」はともかくとして、まとめ方が雑過ぎると感じるのは確かですね。作者自身、感情移入追いついてないだろ、という。正直終盤は不愉快な箇所が少なからず。食えるか、こんな冷えた肉。
意図的に(感情移入を)排した、あえて(仏教的に)非情に書いたというところはあると思うんですが、それを加味しても、小説として上手くいっていないという印象は変わらないです。


おまけ。

『天龍八部(全5巻)』 (「まお飯店」さん)

蕭峰が死んだ後、「降龍十八掌」と「打狗棒法」が後世(射雕時代)に伝わってるというのが少し不思議です。


・・・・はっ?!そう言えば。(笑)
理屈だけなら、慕容の連中が伝えてくれそうですけどね。(笑)


さあて、年明ける前に書けるかな。


『連城訣』の評判 

とりあえず拍手ももらえたので(笑)、『天龍八部』の仏教話の追加分もいずれやりたいと思いますが、先に『侠客行』を片付けてしまいます。
読みは済んでいますがその前に、まずはマイナーなので単品ではやっていなかった『連城訣』の分も含めて、定例の”評判”を。


『連城訣』編

連城訣〔全二巻〕 (「僑忠的魔域」 さん)

兎に角読みやすい、と云うのが素直な感想である。新聞連載で無かった事も幸いだったのだろう、章毎に焦点がばらばらとしていないのも有難い。ネタ的にも受け入れられやすいと思われ、今後誰かに金庸の武侠小説を勧めるときにはこれを紹介する事にしよう


実はほとんど悪い評判は聞かないんですね。「悲惨過ぎる」というデフォルトのそれ以外は。

射英雄伝の郭靖に比べると主人公が感情移入できるレベルのキャラクターであるのも原因だろうか。


この意見もいくつかありました。”狄雲が普通の人なので感情移入しやすい”。
確かに運命は滅茶苦茶ですが、本人はそれほどボケても感情過多でもなくて、思考そのものは普通というか隣りにいそうというか。
逆にいかに金庸キャラの異様さに違和感を感じている人が多いかということが見える感じですが。僕自身は作品内的な造型の失敗以外は、あまり気にならない人ですけど。

オチが理想的な形で終了しているのも、何とも良い気分にさせてくれる。


同じ意見の人がいてホッとしました。(笑)

悲運を極めて終結に向かうが、このラストシーンは、思わず涙がこぼれるほど感動的である。

「雲外の峰」 さん)


・・・・えい、もう1人。(笑)


「連城訣」 (「金烏工房」本館 さん中の『読書雑記』)

分量的には『雪山飛狐』の次に短いが、ストーリーが本家『厳窟王』以上に救いが無く、武侠小説の入門書として推す気にはなれない


「入門書」ということでは、実はこっちの意見もほぼ同じくらい多かったりします。

僕自身は薦めない側ですが、理由は悲惨だからではなく、普通過ぎるから。つまり上の”狄雲の性格”に代表されることで、金庸のくせにイッちゃってないから(笑)。やはり実話を元にしているせいでしょうか、現実感が残り過ぎのところがあるんですよね。実は勧善懲悪だし(だからラストシーンが上手く作れたという部分も)。「これが金庸だ」とは言い難い。・・・・ああ、つまり一番上の人と同じ理由(「ネタ的にも受け入れられやすいと思われ」)で、逆の結論というわけですね。


・・・・ 『侠客行』編へ。


『侠客行』の評判 

『連城訣』編から。


こちらは割りと評価が分かれます。ただし「賛否」ではなく、「大絶賛!」「面白いんだけど心が動かない」の主に二つ。

まず後者から。

侠客行 全3巻 (「戦国水滸伝」 さん中の『読書履歴』1月18日?1月19日)

読ませる作品というものが内容ウンムンではないということを実感しました。けっしてつまらないというのではないのですが、結末が気になるから読んだって感じで、心に残るものがあるか?と問われると・・・ありませんとしか答えられません。


最初の文は一応褒めてるんですが、要するに内容がナイヨウと言ってるわけですね。(笑)


侠客行〈1〉野良犬 (「私立図書館/SPINE」 さん)

面白い。キャラはね。ストーリーはイマイチかも。
とにかく展開が早くて、ついていくのが大変なくらい。


これもまず同趣旨。結局テクニカルな展開に転がされるだけで、感情移入出来んということですね。


それに対する肯定派。

「闘いこそ至上のコミュニケーションだ」『俠客行』 (「若草モノ騙り」 さん)

超展開に次ぐ超展開の、言い換えれば壮大なばか話には所々で爆笑しっ放し。拳の語らいなんて言ってもそこには門派の勢力争いがあり、竹を割ったように気持ちよくはどうしてもいかないもの。そんな世界に巻き込まれても他人に染まらない主人公のイノセントさと誠実さに、何度も呆れながらも癒されまくったものだよ。狗雑種、おまえがナンバーワンだ


『侠客行 第三巻 侠客島の秘密』 (「読破天驚拳」 さん)

侠客島30年の歴史に阿呆の狗雑種が挑むスリルとサスペンスあふれる不思議ファンタジー(笑)
最終巻になってようやく玄鉄令の願いをしてもらった謝煙客も一安心、っていうかすごい願いだし。狗雑種最高



一定の評価はしつつも白け気味の否定派(とも言えないけど)に対し、無闇にテンションの高い肯定派。(笑)
読んでみると分かると思いますが、(肯定派の)評者は両方とも知的というか、批評的な文章を書くタイプの人です。それなのに・・・・ではなくて実際はそれゆえに、この作品にはテンションが上がるんですね。評者の批評性が、この作品での金庸の余計なものを削ぎ落とした展開のテクニックと、ある種の非人間性、無意味性の凄みに敏感に反応/感応する。「小説」というジャンルの一つの極北を見る。

と、早くも興奮気味でバレますが(笑)、勿論僕は「大絶賛」派です(笑)。狗雑種最高

まあ別に頭デッカチな人でなくても、逆に思いっ切り素直に読んでも似たような反応は出て来得るはずですが。

狗雑種(侠客行) (「移転逗留記2」 さん)

何が好きかって、あの恐ろしいほど物事をプラスに考える思考です。馬鹿といってしまえばそれまでだけど、私はあれは馬鹿じゃあないと思います。
そう・・・、才能!(中略)
どんどんいろんなことに巻き込まれて散々な目に会いますが最後に「阿黄」に会えて、その犬を皆に紹介する件、あまりの馬鹿っぷりに涙が出ます
あ、馬鹿じゃないとか書いたのに馬鹿って書いちゃった・・・。


やっぱりテンション高いですね(笑)。褒めるとなるとどうしてもそうなる作品。
阿黄との再会の場面は確かに最高でした。あと僕は同じく再会した謝煙客に、「僕のいない間ちゃんとご飯食べてました?」と真っ先に問いかける場面も好きです。ある意味同じなんですね狗雑種にとっては、やせ犬阿黄も武林の恐怖の的謝煙客も(笑)。偉大だ。

とにかく中途半端に意味を求めないのが吉。心ではなく脳で読め。読む前に飛べ!(?)


ただし明らかな難点もあります。

「侠客行」を読んだぞ・・・。 (「桃花島でまったり」 さん)

怖れていた事態が起こったのよ。
金庸先生お得意の、あれが…。
(中略)
事の真相は永遠に闇の中となりましたとサ(完)。


結末が”結ばれ”てないんですね。形として。『雪山飛狐』と違ってさしたる謎があるようにも見えないんですが、どうにもここらへんは病気ですねこの先生は。(笑)
要するにベタに照れてしまうんでしょうけど、この作品については喩えどんなベタな結末でも、狗雑種なら笑って受け止めてくれたはずなので、尚更残念です。ま、慣れもあってさほど僕は気にならなかったですが。


しかしどう書こうかな本編。
「とにかく面白い!」で終わりにしてしまいたいところですが、そういうわけにも。(笑)


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