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そうか、シンジと三都主がいたか 

留守録しておいたゼロックスの録画を観戦。

言うほど使いやすくないよ?ていうか悔しいのでぶっちゃけ失敗を願ってる部分が無いとは言えなかったワシントンinレッズでしたが・・・・。
うーん、こりゃどうも面白くもない結果になりそうで。

気付いたのは今年の浦和には小野シンジと三都主という、今のJリーグには珍しい、ブラジル的南米的なとことん柔らかく足元に出す、かついい意味でメッセージの強くない受け手の裁量の余裕が大きいパスを出す選手が二人もいるということで。
これか?これが欲しかったのかい?ワシントン。

だから大活躍するというわけでは必ずしもないというか、基本的にどこのチームだろうとJリーグのチームが”他ならぬワシントン”を必要とすることはまずないだろうとも思うのですが、ともかく特に問題が発生する気配は無く。・・・・あ、相馬が出て来た時が問題か。(笑)

ていうかね、今の浦和というのはそんな堅苦しいチームではないんですよね。過去に強いチームは沢山ありましたが、その多くは”N?BOX”磐田を筆頭とする一つの原理/やり方を厳しく追求してそれであるレベルを突破するというタイプのもので。
その点今の浦和は巨大戦力を背景にもっと緩くて総合的で、その中で選手が安心して遊ぶことが出来るようなそういう構造の強さを身につけつつある。つまり・・・・「讀賣ヴェルディ川崎」ですね?正に。嫌でしょうけど。それ以来みたいなタイプのチーム。凄いメジャー感。

まあがっちりしたシンプルな骨組に南米系のテクニシャンが程よく散りばめられているという意味では、近年のバイエルン的、ともっと当たり障りの無い言い方をしてもいいかもしれません。
ともかく”ビッグクラブ”誕生、おめでとう。こうなるとむしろサポの熱狂性が、逆に「全国区」になることを妨げるかもしれないなという感じですが。一時の磐田とは逆に。なりたければですが。


しかし例年思いますが、スーパーカップってこれ以上は無いイベント試合で、当該チームのファン以外にも楽しめます。”カップ”とは言うものの、どう見てもこの1試合で何かを争えるわけがないのが明らかなのと、そして勿論リーグ開幕を先触れするワクワク感と。

と同時に、初めてJ2所属チームのファンとして見るスーパーカップは、浦和のゴージャス感と相俟って何やらキラキラ眩しい夢舞台で(笑)。ほとんど外国のリーグを見ているような感すらありましたが。
この先いつヴェルディがJ1に上がれるのか正直今年も含めて見当がつかないですが、うーん悪くないかも知れないですね、「現実のJ2」と「夢のJ1」という立ち位置も。のんびり楽しむという意味では。

どうもあまりに深い利害関係があると不平不満や逆に強迫観念的な礼賛ばかりが先に立ってしまいますが、少し距離を取るとJリーグ/J1の良さというのがシンプルに見えて来る気が。今年僕はJリーグを好きになるのかも知れない。(もしくは「イヤな目」時代のやまかんさんの気持ちが分かって来るか(笑))

結局一握りの勝者以外は常に敗者なわけで、それなりの心の準備は必要なのかも。J2はJ1昇格の踏み台としてだけ存在しているわけではない。なんだかんだ認めていなかった「強豪でないヴェルディ」というものを急速に受け入れつつある自分を感じています。・・・・でも勝てよ?

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広島?浦和 

広島?浦和(●1?4○)

・立ち上がりの悪い浦和と完成度の低い広島とでソロソロとやってる内に、アクシデント2発(ジニーニョ退場&小村チョンボ)で早々に試合が決まってしまってあらららという。
・ジニーニョのレッドは親切に(?)解釈すると、引っ掛けたプレーよりもその後で蹴りに行ったように見えるのが理由かと。
・中盤でまずきれいにラインを作ってその後機を見てブレイクに行くという、今季の形は一応見えた感じの広島。
・ただそのライン/ブレイクのどちらに比重がかかってるのか、つまりバランスを取ることが目的なのかブレイクの為の予備動作なのか、そこらへんのニュアンスが半々という感じでまだよく分からない。
・同様にそのラインブレイクが、きっちり戦術的合意で行なわれてるのか戸田らの自主判断で行なわれているのか、それも見てて良く分からない。どちらかというと後者っぽく感じるけど。
・ともかく止まった状態から動かすには少し広島の個力はパンチにかける気がするけどどうか。今後ともお手並み拝見。
・浦和は割りとテキトーだけど今のところそれがむしろ懐の深さみたいな出方をしてて、底が知れない。誰かが何とかするという感じ。
・ワシントンはめでたく”おまけ”の地位を得て快適そう。
・相馬は最低。絵に描いたような空回り。逸るのは分かるけど真横にスライディングタックルするなバカ、傷害未遂で刑事告訴するぞ。
・赤と紫って派出でいい。


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浦和?C大阪 

誰か浦和を止めてくれ。
違うな。誰か浦和を止める奴はいなかったのか、具体的には小野とワシントンの加入を。(J’s Goal

単に戦力が分厚くなったという以上の意味合いを持つ人事だったと思いますね、実に得難い巡り合わせの。
・小野の加入によって三都主が普通にいい選手に見えた来た。
・小野と三都主が揃ったことによってワシントンが”難しい選手”じゃなくなった。(既述)
・元々いい選手ではあったが浦和に似つかわしくない(?)高級感で微妙に浮いていたポンテが、小野の加入でピタッと収まった。
・・・・要するに無闇にかき集めていたように見えて、妙に辻褄が合ってしまったという感じ。

もっと簡単にあるいは具体的に言うと、「似たようなテンポの足元の柔らかさが自慢の選手が期せずして集ってしまった」ということで、その結果”ゆったりしたダイレクトパスの交換によるパスサッカー”という、えらく高級感の漂うものが自然に実現してしまって。それほどはっきり『戦術』ではないと思うんですけど。(笑)

いやあ、しかしなかなか壮観でした。そうそう見られるレベルのものではないというのと、多分李さんが目指したのは大雑把に言うとこんな感じのものだったんだろうなというのがあって、二重に感慨深かったです。
まあかなり即興的なので、「王者」時代のヴェルディと李ヴェルディの中間くらいですかね、ニュアンスとしては。話の種に見とくといいと思います。

完成度としてはそれほど高くないというか、はっきり言ってこれといって攻撃の形は見えない、ひたすらボールが動くだけでいつシュート/ゴールが生まれるのか見当もつかないようなところもありますが、とりあえず回してればその内相手が力尽きて紛れが出て来るのも時間の問題というか、今のところそんな感じで結果的に圧勝してますけど。そこらへんの受け身さも李ヴェルディ的。

繰り返しますがここまで趣味的なものが当初から意図されていたとはとても思えなくて、能動的なブレイクがお馴染みトゥーリオの突進くらいしか見当たらない(それはそれで逆にずっパマり)現状にブッフバルトはさぞかしイライラしているだろうなとは思いますが、ここは一つ抑えてもらって(笑)この路線を究めてもらいたいと思います。しょせん他人事ですし。

・・・・いや、でもホント揃えようとしてもなかなか揃わない都合のいい組み合わせですよ。小野がいつまでいるのか田中達也がいつ復帰するか、それによってまたガラッと変わってしまう可能性も大きいですし、しばらくは楽しませてもらいたいです。相馬とか出さないでいいから。(笑)

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浦和についての雑感 

しかしあれだな、李さんが丹精込めて作り上げたチームよりも適当に寄せ集めたチームの方が瞬間クオリティが高いように見えるのは結局最後(もしくは最初)は個人能力だということかな、現実は残酷だということかな。優勝はブラジルだということかな。
まあ小野は凄いということでもあるか。そりゃ李さんも欲しがるさ。


というわけで巨大戦力の浦和ですが、マリなりジュビなり(その他一時的に燃え上がったチームたち)が掻き集めていた時に比べてそんなにガツガツしてないというか、大らかな感じがして個人的にはさほど目障りではないのですよね。

それは一つには元来このチームは物持ちの良さに特徴があるという印象があって(笑)、つまり財政状況の詳しい変遷は知らないんですが昔から割りと人の出入りにはピリピリしていないというか家族的というか、当座役に立とうが立つまいがとりあえず置いておく、来る者拒まず去る者追わず的な振る舞いが結果的に見えて、その余裕が近年の金満雄飛路線の中で今の幸福な編成を束の間生み出したみたいなそういう感じがします。
褒めてるのかけなしてるのかよく分かりませんが。(笑)

例えば初年度から3年で2点くらいしか取ってないのに、気が付けばいつもレギュラー格のFWとして出ていた堀孝史とか。
あるいはこれも初年度に僕が目を付けたただし大学出の有望新人DFで、最近見ないなあどっか消えたのかなと思ってたらオジェック体制(’96年頃)になってから何事もなかったかのように主力選手として復活して来た西野努とか。

かの山田暢之だって、あんな見るからに大層な素質を持った選手がこれだけ長い間はっきりしない存在感でい続ければ、普通は心機一転で一回はどこかに出るものだと思うんですけど。ただただい続ける、モノになるまで、または役に立つ時の為に。(笑)
多分例の桜井様をタダ同然でウチがゲット出来た件も、そういう浦和の大らかな(?)人事体質と無関係じゃないと思います。


近年はすっかり移籍市場独り勝ちの憎まれ役に定着してますが、そういう風に元々殿様なのと、実はそんなに正直スカウテイングが上手い/戦略的なチームにも見えなくて、エジムンドを筆頭に効率の悪いことも沢山している。それこそ以前の在籍時の小野だって、人気に惹かれて入ってはみたものの、若い小野自身の影響力の限界もあって結局は宝の持ち腐れのまま何となく円満に海外に送り出してちゃんちゃんというよく分からない存在に見えました。

だから本当に豪腕化したのはJリーグ実績のある有力選手(+α)を金に糸目をつけずにピンポイントで獲得出来るようになったここ数年ということになっているのかも知れませんが、ともかくそうした無駄も含めてあるいは無駄を恐れず、集めるんだ、抱えるんだという包容力がなんか他のチームの「積極補強」とは違う厚味・余裕を感じさせるんですよね。”ビッグクラブ”の名に相応しいというか。(笑)

だから現在の「余裕」を絵に描いたようなスタイルはその象徴的帰結だろう、一種の”ご褒美”だろうとつい運命論的思考に走ってしまいそうになるんですが。


しかし小野シンジはびっくりしてるんじゃないですかね、行く前と帰った後でのサッカーの体質の変化に(笑)。さてはエメルソンの脱走も実は天啓だったか。(ほら運命論)

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Fマリ?浦和戦 

J2に落ちて良かった・・・・なんてあちこちから物が飛んできそうなことを口走りたくなる(笑)ほど楽しい試合でした。
つまりこの試合を利害やジェラシーと無縁の気楽な立場で見ることのできた喜びということですが。(J’s Goal

キリキリ緊迫しつつしかし強豪どうし互いに落ち着きを保って、無闇にテンションを上げて綻びが生まれることも無かった前半。
しかしその終了間際の浦和の先制点をきっかけに、時間の経過と共に徐々に明らかになって来た両者の現在のスケールの差そのままに、あらゆる局面で優位に立った浦和が夢のサッカーで押しまくってあの岡田マリノスを完全に『折って』しまった後半。

惜しむらくはロスタイムのFマリ大島の”追撃”ゴールで、「驚異的な負け試合」ならそれらしく額面通り沈黙していればいいものを、まったく余計なことを。せっかくとめどなく涌き出ていた僕の脳内麻薬の流れが一瞬途切れてしまったではないか。(笑)

ちょいちょい書いているように僕は岡ちゃんを尊敬しているので、別にFマリをそれほど憎んでいたりとかそういうことはないわけです。
ただこの試合に関してはもう一方的に浦和目線で、レッド・ビッグ・ウェーブにノリノリで、行けえやれえ押し潰せえ皆殺しだあと血に酔って喜びまくってました(笑)。・・・・その割りには点入らなかっですが、まあいいです。

勿論岡田マリノスも並々ならぬいい選手の集まったよく訓練されたいいチームです。ただそれはあくまで「人為」のレベルで、言ってみればいちJリーグを勝ち抜く為の効率性というような日常的な地平に自ずと縛り付けられたものなので。
それに対してある種の天啓と幸運に象られた今年の浦和は今正に「天国への階段」を昇りつつあるチームなので、戦いの場が地や人の局面に落ち着いている段階ならともかく、いったん天の局面が顔を覗かせ始めるともう到底人為で対抗出来るような存在ではなくなってしまうのです。


・・・・すいません、飛ばし過ぎました(笑)。僕は血は冷たいですが神経は過敏なので、こう見えて興奮しやすいのです。いったん回路が開かれると脳内麻薬の分泌が止まらなくなるタチなのです。(バレてるか)

いやしかし実際不思議なくらいに圧倒的な勝負でしたね。途中からマリノスの選手たちは技術・戦術以前に”気”を挫かれて、何が起きてるんだろうという不安げな顔でほとんどいいところを出すことが出来ませんでした。
岡田監督は主に攻撃面での何も出来なさを嘆いていましたが、それは守備でも同じでそれほど決定的に崩されてもいないのに、確実に隙を見付けられて狙いのあるパスをばしばし通されてしまっていました。あれは正に「力の差」と言うべき風景で。ワシントンへの対応なんかも、今更分ってるだろうに馬鹿正直にやられ過ぎです。

個別に要因を挙げることは出来るでしょうが、それ以上にやはり僕は上で”スケール”と言ったもの、想定している水準の違いによる動員出来るダイナミズムの大きさの差みたいなものを強く感じてしまいました。
そこらへん名うての現実主義者であると同時に鋭敏な感受性も併せ持った岡ちゃんが感じないはずはなく、会見での陰惨なまでの敗北感漂う表情がすべてを物語っていたと思いますね。

これを受けてどうするのか。「浦和以外に勝てばいい」と割り切るのか、それとも何らか対抗出来るものを自分のチームに醸成することを目指すのか。・・・・実は一番の心配は、次当たるまでに浦和が別ものになっていないかどうかということだったりしますが(笑)。ほんと諸行無常にも程があるんだからサッカーのチームって。天高く舞い上がれ、そして燃え尽きるまで戻って来るな。

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ナビスコ:浦和?FC東京 

ナビスコ:浦和?FC東京2?0

・こちらは逆に(原文ママ)浦和の基盤の強固さを感じさせる試合。
・単に「層が厚い」というだけでなく、メンバーが6人も入れ替わっても揺らがない、むしろかえってクリアに見えた共通感覚の浸透性が。
・Fマリ戦の脳内麻薬に支配される前の時間帯(笑)にも感じてたことですが、強力な前へのベクトルを伴いつつダイレクトでポンポン回すパスの感覚が、チームレベルで保持されているのが感じられました。
・小野とワシントンは本質的にはその上に被せたデコレートで、だから必要があれはFマリ戦のようないきなりのスピードアップも出来るという。
・....単に鈴木啓太が凄いという可能性もありますが。
・バックパスの強弱一つにも次への展開の意図を感じる、優れたリーダーになっているようで。いつの間にか。
・トゥーリオもリーダー。小野はコンダクター?長谷部は斬り込み隊長。ポンテは頼れる兄貴。おまけに重鎮(笑)ワシントンと賑やかな限りですが、それで別に混乱はしていないという。(あ、監督もいた。)

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福岡?浦和 

福岡●0?1○浦和(博多の森)

ジーコ・ジャパンにラモス・ヴェルディ、それに’06レッズを加えた『曖昧ご三家』が今年上半期の僕のサッカー観戦修行のテーマのようです。
純粋主義・理念主義、あるいは当たって砕けろ主義に傾き過ぎた感のある僕のサッカー観の洗い直しというか。

とは言えレッズのは別に原理的に曖昧なわけではなく、巨大戦力の多士済々が、期せずして生ぜしめている曖昧さという面が強いと思いますが。
具体的にはトゥーリオ・鈴木啓太・長谷部らによる”固く熱い”レッズと、小野・ポンテ・シトンらによる”軟らかくスカした”レッズ、2つのチームが融合も衝突もせずに何となく共存し、時と場所により色々な出方をするという。

ポジション柄「堅く献身的なディフェンス」と「柔らかく華麗なオフェンス」という役割分担だと予定調和的な見方も普通に可能だとは思うんですが、なんか違う。
ちなみに監督(ブッフバルト)はどちらかといえば明らかに”固く熱い”側に重心を置いていて、ただ”軟らかくスカした”側にも十分な権利を認めて、それが公共の福祉に反しない限りは(笑)気持ち良く泳がせるに吝かではないというそういう力関係。

この試合は公共の福祉の侵害が目に余った結果ついにモラトリアムが破られて、小野→ポンテ→ワシントンと次々にブッタ切られてテンションがアップして行き、最後はそれまで意識して抑え気味にプレーしていたトゥーリオの満を持しての主役交代、ドカンとヘッド一発で勝利をもぎ取ってチャンチャンという、僕的にはそういうある意味分かりやすい試合。

しかし笑いました。勝つのかよ!エゲツねえなという。何だったんたそれまでのは。
忠実に健闘してマイペースに引きずり込むことに成功していた福岡には気の毒な試合結果でしたが、不運だったのは浦和レッズは2チームいたということで。1チームが相手ならやり切れたかもしれないものを。残念でした。(笑)

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我がセカンドチームの近況 

言い切っていいのか?いいな、カテゴリー違うし。

・・・・勿論’06レッズの話です。突然失礼。(笑)
ちなみに甲府は割りと早々に飽きてしまいました。別に文句があるわけではないですが、なんか立派過ぎてつまらない。これは手本であるライカールトバルサにも言えることですが。
これがファーストチームならまた違う見方になるんでしょうけどね。


さて今回の焦点は小野問題。
終了したばかりの完敗(0?2)ジェフ戦に関しては、何せ大黒柱いやむしろ大前提である鈴木啓太が不在だったのでこれをもって中盤の構成がどうとは言い難いんですが・・・・。

結論としては僕は小野ボランチ反対です。これは一貫して。
理由は以下。
・啓太&長谷部のベースを崩すべきではない。
・小野がボランチに入ると縦へのベクトルが弱くなる。
・そもそも小野をチームの根幹部分に組み入れようとするのが間違い、もしくはリスキー。
・三都主ともども、当たるも八卦の遊撃隊と考えるべき。
・例え「機能」しなくても、小野が高めの位置でウロチョロしてるだけで相手には十分な&独特な脅威を与えている。
・今のところチーム状態が不安定な為に目立っていないが、長谷部2列目だといずれワシントンに「本物の」ポストプレーをせよという余計な負荷がかかる。(ヴェルディの二の舞になる)

まとめて言うと二重性が現在の浦和の強味であって、”融合”や”機能”には必ずしもこだわる必要はないというかねてからの主張の繰り返しになりますが、もっとはっきり言うと「小野ボランチじゃ浦和が普通のチームになってしまう」(それじゃつまらん)というセカンドチームならではの無責任な期待感が透けて見えます。

ただ、ていうか、小野に関してだけは石塚さん真面目過ぎるような気がします(笑)。初心を思い出して下さい。
・・・・しかしW杯中断がありがたいチーム状態ですな。一回整理せんと。

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ナビスコ:浦和?FC東京(2nd) 

割りと久々の浦和の試合。いいコにしてたかい?我が愛人。
ベストメンバーから坪井、鈴木啓太、三都主、小野、ポンテと5人(都築もいれれば6人、傷心の長谷部も入れれば7人)抜けの半消化試合で、今季の中では最低に近い内容でのスコアレスドロー。

・・・・ではあるのだけど、昇格仕立てチームならともかくFC東京という中堅クラブを相手に格上感が小揺るぎもしないのはある意味凄い。何なんだろうこの”強豪””王者”オーラというものは。いったん共同幻想/物語化されると、いくつも根拠が失われても容易には変更を受け付けない。いい意味でも悪い意味でも。

ただしどんな内容・悪条件とはいえ、勝ち切らなかったのは注意信号ですよね。睨みが利いている内にいいかげん中身を固めないと、あるいは見えない服を縫ってしまわないと、バレるよ王様は裸だって。(笑)
まあしばらくはお休みですが。そうかあ、タイプ的には確かに永井はポンテを目指すというのはありだなあ。ブツブツ。

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浦和?FC東京戦に癒される 

J1第17節 浦和○4?0●FC東京(埼スタ)

とにかくシュートのレベルが高けえ!
1点目 小野
腿トラップで浮かせたボールを左足で得意のボレー一閃。
難度の高さもさることながら、その全ての過程を既に”成った”ものとして淡々とやり切る小野の自分の技術への確信の強さに痺れる。
2点目 三都主
シュートコースを探しながら中に切れ込んで、お前それ一体これまで10何年間もどこに隠してたんだという、突然の磐石の自信での正確極まりない右足のロングシュート。インベーダーゲームの名手のように(古過ぎ)、最後の瞬間まで冷静に前方の障害物の位置関係をちゃんと確認していたのが印象的。
3点目 三都主
だからそれ一体(以下略)。田中達也のヘッドでの落としにゴール前飛び込んだ三都主がこれまたヘッドで押し込んだんですが、そのスペースへ入り込む感覚、及び倒れ込みながらの(3点目同様)シュートコースの最後まで注意を切らさない見定めの冷静さ、本職のストライカーでもここまで出来る日本人がどれだけいるか。
4点目 田中達也
長谷部の丁寧な対角線のラストパス(これも地味に秀逸)に、キーパーの飛び出しを見切ってのこれしかないタイミングとここしかないコースへの、インサイドでの軽打(これ重要)でニアを抜く。屈指のドリブラーであることは言うまでもないですが、シューター/ストライカーとしても同じくらいの稀少度の才能、または技術・修練の持ち主だと思います。

入りこそしなかったですが、FCの梶山も繰り返し「回転しつつ曲がって落ちるスピードボール」とでも言うべきよく分からない魔球ミドルを、しかも当たり前の顔して蹴ってました。こいつはマジに天才か。ねじくれ加減が石塚を彷彿とさせます。(笑)
是非とも反町U?21のあのシステムの中で開花するのを見たいですね。ガーロは駄目そうだし。

惜しむらくは前半の小野のバックヒール(?)でのダイレクト・リターンを、ほぼごっつぁん状態の長谷部が決め切れなかったこと。「アクロバティックだけどエゴの臭いがしない」という、小野ならではの正に”エンジェルパス”でしたが。
悔しがってたなあ、小野。とりあえず土下座しとけ長谷部。小野とお客さんと、それからサッカーの神様に。


W杯終わって良かったですよ。やっと’06レッズの試合が見れる。
しかしFCはつまんない普通のチームになっちゃいましたね。あのナビスコ決勝での名マッチアップは遠い昔。”ブラジル人監督”が悪いのか、”それなりに上手く行っていたものを頭だけで考えた勝手な希望で根こそぎ変える”という愚行のせいか。
気分としては当分の間新規のブラジル人監督は入国の時点で差し止めておいて欲しいくらいですが。当たり探す手間無駄だって。勿論ブラジル人”選手”の方は引き続き歓迎します。

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森勇介すげえ 

J1 第28節 浦和△2?2△川崎F(埼玉)

対面してるのは三都主だったから、抜けるのは当たり前と言えば当たり前なんですが、抜き方がえげつない。

よく「個人で打開」とは言いますが、そうは言っても実際にはまず全体の流れがあって攻撃の組み立てがあって、その中での駒として当てがわれた役割を遂行するというそういう連続性や義務感を身にまといながらでの「突破」なり「勝負」であるわけですよね。
でも森勇介のそれはなんか違って、勿論そういう要素が無いわけはないんですが、それ以上に”森ワールド”というか、ボールが渡った時点から初めて開幕する独自の”劇場”が存在して、そこではそれまでの流れやら組み立てやらの余韻や時間性はどこかに消えてしまって、ただただ森勇介の森勇介による森勇介のための(?)特権的なドリブルショーが無時間的に演じられる。本当に「個人」なんですよね。

とにかく厚かましさが半端じゃなくて、具体的には特に一発で抜けなかった時の『仕掛け直し』が全くもって悠揚迫らぬマイペースで、対面する相手もチームメイトの存在もまとめて無視している感じで、それで思惑どおりに抜き切られた日にゃやられた方にはほとんどレイプされたようなとんでもない屈辱感が残るんじゃないでしょうか。いつもは彼なりの厚かましさが売りの三都主ですが(笑)、2度3度とそれをやられた姿は余りに哀れを誘って、早めに相馬に代えてやったブッフバルトの慈悲(?)には僕からも感謝の気持ちを捧げたいと思います。

・・・・相馬と言えば彼も一般には「強引」で「わがまま」な突破への固執が特徴なわけですが、実際にはあれはむしろ真面目さ、役割や”あるべきプレー”のイメージへの過剰な忠実さによるのであって、”マイペース”というのとは少し違うと思うんですよね。


話戻して森勇介。
李さんに引っ張られてヴェルディの右サイドに置かれていた当時は、攻守ともにとにかくわけが分からない、脈絡が見えない、恐ろしく何にも出来ない選手で、なんでサッカー選手やってんだろうくらいな感じでしたが。その後の仙台・京都という移籍先でもプレーは多少マシになりつつも、今度は突然爆発して暴れ出す稀代のカードコレクターとして鳴らし、例の『警告の多さを理由に解雇される』というJリーグ史に残る壮挙を成し遂げたわけですが。
とにかく名前を見かけるたびに、「まだ現役やらしてもらってるんだあ」というのがまずもっての率直な感想というそういう選手で。

それがここ川崎Fに来ての本格化。”実用化”と言った方がいいかな。(笑)
恐らく時々いる「訳の分からない」日本人選手の中には、一定の確率でこういう言わば”超”日本人的な強靭なエゴ、甲斐性を持った貴重な選手が潜んでいるんでしょうねえ。開花することは稀ですが。上の”マイペース”だって見方を変えれば一種プレーへの責任感とも言えるわけで、日本人には欠けがちなタイプの。田原豊とか元気かな。町田は立ち直れないのかな。

あまり並べたくはないですが(笑)、李頭脳改革以前の石塚だって要するに「訳の分からない」選手だったですよね。
李さんと言うのはいわゆる”桐蔭組”的なポリバレントで分別臭い選手と、こうした森や石塚、桜井、キムヒョンソク、手を延ばして中澤あたりも含めた”スペシャルな”選手の組み合わせが上手かった、それをよく心掛けていたそういう監督だったなと思います。結果的に実用化以前の森勇介を引き受けさせられたヴェルディとしてはエラい迷惑だったわけですが(笑)。まあ不発の時もあると。
オシムも見習って欲しいと、最近の話の流れとしてはそうなりそうですけど。


まあいい試合、面白い試合でした。特に4つの得点シーンにこめられた狡智や機転が。
1点目の浦和ワシントンの体を預けてシュートの間合いを作って軽くプッシュしてコースを狙う得意のプレー、2点目抜け出した川崎マギヌンのキーパーと接触する直前に少しだけ持ち出してPKを誘った狡いという以上に巧いプレー、4点目スルーパスを出した浦和山田も決めたポンテも、どちらも通常のJ水準より一段細かくプレータイミングを把握して少しずつ時間をずらして成功率を高めていました。
3点目は問題の森のぶち抜きクロスにボランチ憲剛が迷わず追い抜いて飛び込むフロンタ定番のプレーですね。

全体として見ると浦和も川崎Fも絶頂時のクオリティではない、微妙にルーズな試合だったと思いますが、要所要所の頑張りと機転で締めるという成熟した、何かセリエAでも見ているような感じの試合でした。定期的に浦和の試合はJを越えてくれるので、見逃せないんですよね。


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シトン in レッズ 

J1第32節 浦和レッズ○3?0●ヴァンフォーレ甲府(埼スタ)
 得点者:ワシントン(後半1分)、山田(後半19分)、ワシントン(後半23分)


ここ数試合、「審判へやたら苛立ちを示すようになる」「シャカリ気になってかえってシュート精度が落ちる」と去年後半のヴェルディでの時とウリ二つのような悪い症状を見せていて、どうも根底には肉体的精神的スタミナの問題があるようだし、満更ヴェルディだけが悪かったわけでもないんだなと僕に意地悪な悦びを味あわせてくれていた”浦和の”シトンさんでしたが。(笑)

今日も前半からパッとせず、ついには2回連続PK外し(しかも両方ともガッチリキャッチされるという屈辱的なもの)という大失態をやらかして、これはいよいよ瀕死かと思いきや。

どっこいそこはヴェルディとレッズの違いですね。ピッチに立っている限り嫌でもチャンスボールは出て来るし、何よりもワシントン一人瀕死でもあちこちでそれぞれにそれぞれの選手がちゃんとキャラを立てて勝手にゲームを進行させてくれるので、ヴェルディの時のように自分一人の世界にはまりこむ無駄な暇もなく、何だかんだとその内の2つをどかんどかんと決めて結果今日もやったぞワシントン、さすがだぞ最強ストライカーというそんな感じで大団円。
まあ甲府も緩かったしね。

正直”意地を見せた”というより”帳尻を合わせた”というニュアンスの方を遥かに大きく感じますが。レッズの復元力・・・・というより「半自動的な反攻力」(僕命名)がなかったら、取り返しのつかない失態には違いなかったはずですが。
悪い流れの中でも何気ないパス回しが一つ一つチクチクと攻撃的で、何だかんだと相手を休ませないんですよね。キツいよ、あれは。

”頼りになるけど頼りにならない”というシトンの微妙な感じはもうレッズ・ファンにも伝わってしまっていると思いますが(笑)、まあしかし、守られてますよね。幸せですよね。よかったねシトンさん。


色々いるけどどこにも特に重心がかかっていない。勝者のメンタリティはあるけど、”タスク”をこなしてるというよりはそれぞれが勝手にやりたいことをやって、それが全体として上手く補い合っているという、不思議な構造のチームですよね今年のレッズは。
監督、トゥーリオと強力な「リーダー」はいるんだけど、じゃあそのリーダーシップの元に結集しているのかというといやそれも別にという。仲良いんでしょうかね(笑)、不思議。

讀賣ヴェルディ川崎は、意外と「”一枚岩”のモロさ」みたいなものがありましたが。単一原理の浅さというか。
今なんかは単一原理でかつ一枚岩でもないから、悲しいもんですが。

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レッズは最後までレッズ 

J1第34節 浦和レッズ○3?2●ガンバ大阪(埼玉スタジアム)


得意技”気が付くとポンテ””泣きっ面にワシントン”のコンボで、追いすがるガンバを危なげなく突き放して予定通りリーグ優勝決定。
いや・・・・ここんとこの流れそのままに決して万全の戦いではなかったですし、1点先制された時は少しだけドキドキしましたが、”ありあまる実力を必要最低限だけ発揮する”というのも、今季のレッズの立派な仕様ですから。(笑)

初優勝(あんまりそんな気がしませんが)おめでとうございます。期間限定サポの僕も、あえてテレ玉で(ここ重要)しっかり応援させていただきました。
・・・・実際演出なのか音響機器の予算の差なのか(笑)、NHK版よりも各段に歓声が生っぽくて断然こっちの方が良かったです。今季はさんざんお世話になって、苦手だった上野晃アナの喋りのジジ臭さも、気が付くとすっかり気にならなくなってしまったなあ。


しかしかえすがえすもポンテは卑怯。そのポンテでこの試合を決めるレッズも卑怯。そこにワシントンが漏れなくついてくるのは勿論言語道断。

とにかく基本的に今季のレッズは卑怯でしたね。(笑)
よく、ある強いチームを「どこからでも点が取れる」とか「代わる代わる(ヒーローが)出て来る」とかいう誉め方をしますが、レッズのそれはそれだけにとどまらない。現象としては確かにそういうことなんですが、それがチーム結束してとか組織としてとか、あるいは総合力としてとかそういう言い方で済ましてしまうと何か違う気がする。

つきり何かというとチームの足し算としてだけではなくて、個々の選手のレベルで既に「どこからでも」「代わる代わる」が成立しているんですよね。足し算の足し算、もしくは足し算+かけ算の二重の厚味になっている。
どっかの前代表監督や現緑チームの監督などとは違って、ブッフバルトはガンガンに統率して立派な規律をチームに与えているんですが、にも関わらず個々の選手の自発性や柔軟性、それらから来る意外性は全面的に光り輝いている。

ポンテの変態性と小野の天才性、三都主の人間ルーレット性、山田暢の怪奇性と闘莉王の暴虐性、それに永井の小悪魔性(笑)。ワシントンも物凄く確実なのに物凄く当てにならないし、ニュアンスはそれぞれ違いますがとにかく分からない連中の集まり。
鈴木啓太や長谷部の真面目さが、コントラストでかえってこれもアクセントになってしまう時があるくらい。それぞれがそれぞれに寝たり起きたり、爆発したり消えたりを繰り返す。

いったい今誰が寝てて誰が起きてるのか、誰をどう警戒していいのか誰か忘れてる奴はいないのか、試合中にメンバー表覗き込んで確認したくなるんじゃないでしょうかね。ほぼ毎試合見てても、しょっちゅう「ああそっかあんたもいたのね」ということがありましたから。しかもそれが決め手になったりする。どうやって捕まえろと。

勿論基本的にはヒット率が高め寄りで揃ってるから優勝出来たわけですが、かといって普通の強いチームのように足並み揃えて襲いかかって来る感覚やオートマティックなサポート/穴埋め関係が成立していたわけでも、またそういう圧がかかっていた感じでもなく、どこまで行っても割りと適当。
そこには体質の部分と純粋に不徹底の部分とが混在していたんだと思いますが、結果的には試合単位でもシーズン単位でも、その時その時チームが必要としている力を誰かがどこかから必ず運んで来るという、そういう底無しの柔軟性に繋がっていたと思います。(この試合ではポンテがそれを運んで来たわけですね)

・・・・で、実質ほとんどそれだけで1年乗り切ってしまった。卑怯。(笑)


「サッカー」「チーム」ということについてとりわけ色々なことを考えさせてくれる飽きないチームでしたが、それについて、『2006レッズの価値』についてはまた改めて。
とにかく1年間楽しませてもらいました。ジーコジャパンとラモスヴェルディに殺されかねなかった、僕のサッカーファンとしての魂を救ってくれてありがとう。

優勝おめでとう。ありがとう浦和レッズ。(そしてありがとう『/スラント』(笑))

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一夜明けて 

優勝決定後は早速こんなキナ臭い話題
 V置き土産に世界へ!三都主にプレミア3チームからオファー(サンスポ)
 ブッフバルト監督は闘莉王と帰国?(スポニチ)

が出て来て、僕に浮気をさせた同じチームが来年以降も存在出来るのかは怪しいところですが、それはそれで愛着が哀惜に、同情が愛情に変わって(?)案外後引く付き合いになるかもしれません。本妻が再び同じカテゴリーで戦う日はいつになるか見当もつきませんし。(笑)
まあほとんど意地と義務で書いてるヴェルディとは違って、今後も書きたくなった時に書く感じでしょうから気にしないで下さい。

しかし闘莉王はマズいだろ闘莉王は。

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2006浦和レッズ回顧(覚書) 

’06レッズJ公式戦戦績&僕のコメント

2/25  ゼロックスG大阪戦(A国立) ○3?1 『そうか、シンジと三都主がいたか』
3/4   第1節 G大阪戦(A万博) △1?1
3/11  第2節 磐田戦(H埼玉) ○3?1
3/18  第3節 広島戦(A広島) ○4?1 『浦和は割りとテキトーだけどそれが』
3/21  第4節 C大阪戦(H埼玉) ○3?0 『誰か浦和を止めてくれ』『浦和の包容力』
3/25  第5節 横浜FM戦(A日産) ○3?1 『「天国への階段」を昇りつつあるチーム』
3/29  ナビスコ第1節 FC東京戦(H駒場) ○2?0 『共通感覚の浸透性』
4/2   第6節 名古屋戦(H埼玉) △0?0
4/9   第7節 福岡戦(A博多の森) ○1?0
4/12  ナビスコ第2節 福岡戦(H駒場) ○3?1 『浦和レッズは2チームいた』
4/15  第8節 京都戦(H埼玉) ○3?0
4/22  第9節 清水戦(A静岡) ●1?2
4/26  ナビスコ第3節 福岡戦(A博多の森) ○3?1
4/29  第10節 大宮戦(H埼玉) ○2?0 都築故障発生→山岸へ
5/3   第11節 千葉戦(Aフクアリ)●0?2 『小野ボランチじゃ浦和が普通のチームに』
5/7   第12節 鹿島戦(H埼玉) ○4?0
5/14  ナビスコ第4節 横浜FM戦(A日産) ○2?1
5/17  ナビスコ第5節 FC東京戦(A味の素)△0?0
 『勝ち切らなかったのは注意信号』
5/21  ナビスコ第6節 横浜FM戦(H埼玉) ○4?2
6/3   ナビスコ準々決勝1 川崎戦(H駒場) ○4?3
6/7   ナビスコ準々決勝2 川崎戦(A等々力) ●1?2

(W杯休み)
7/19  第13節 新潟戦(A新潟) ●1?2 ワシントン離脱(中)田中達也復帰
7/22  第14節 川崎戦(A等々力) ○2?0
7/26  第15節 大分戦(H駒場) ○1?0
7/29  第16節 甲府戦(A小瀬) △1?1
8/12  第17節 FC東京戦(H埼玉) ○4?0 『癒される』 3-6-1から3-5-2へ
8/19  第18節 鹿島戦(Aカシマ) △2?2 ワシントン復帰
8/23  第19節 新潟戦(H埼玉) ○3?1
8/26  第20節 C大阪戦(A長居) ○2?1
8/30  第21節 大分戦(A九州石油) ●1?2
9/10  第22節 大宮戦(H埼玉) ○2?0
9/16  第23節 広島戦(H埼玉) ○2?1
9/23  第24節 清水戦(H埼玉) ○1?0
9/30  第25節 京都戦(A西京極) ○5?1
10/7  第26節 千葉戦(H埼玉) ○2?0
10/15 第27節 福岡戦(A駒馬) ○2?1
10/21 第28節 川崎戦(H埼玉) △2?2 『定期的に浦和の試合はJを越えてくれる』
10/28 第29節 磐田戦(Aヤマハ) ●2?3 田中達也スタメン落ち
11/11 第30節 横浜FM戦(H埼玉) ○1?0
11/18 第31節 名古屋戦(A豊田) ●0?1
11/23 第32節 甲府戦(H埼玉) ○3?0 『ヴェルディとレッズの違い』
11/26 第33節 FC東京戦(A味の素) △0?0
12/2  第34節 G大阪戦(H埼玉) ○3?2 『分からない連中の集まり』

この後考察。


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Re.浦和の正体 

『浦和の正体』(/スラント)より。

ああ、安直な手を。
でも昨日せっかく丁寧な予備作業を始めてみたのに、言おうと思ってたことのあらかたを辻斬りのように書き捨てて出鼻をくじいてくれた石塚さんが悪いんです。(笑)
まあかえってまとまっていいかも知れない。


・規律のあるジーコ日本

石塚さんは謙遜して(?)冗談めかして書いてますが、これは本当のことです。
パブリックイメージには必ずしもないかもしれませんが、ギドレッズ(のある面)はジーコジャパンやラモスヴェルディとある意味では同タイプのチームです。「選手の個性の組み合わせ・総和によるサッカー」「個々の選手の技術やひらめきを最大限尊重した芸術的なサッカー」云々かんぬん。

・・・・似てるのは名前だけですけど(笑)。実態には天地の差がありますけど。同じ「夢」を謳っていても、片や金だけ集めてスッテンテンになって誰も責任をとらない詐欺商法で、片や分散投資でリスクを抑えつつ本業でも確実に利益を上げる投資事業の鑑で。どっちがどっちとは言いませんが。(言ってる)

真面目な話、僕がレッズにサッカーファンとしての魂を救ってもらったというのも一つにはそういうことです。「個性」や「技術」や「ひらめき」の重視が必ずジーコジャパンやラモスヴェルディに行き着くのなら、サッカーがジーコとオシムの二分法の中にしかないのなら、僕は寂しくて死んじゃいます。うさぎのように。クン。

図式や理念がのさばるのは運用や工夫やニュアンスがないがしろにされるからです。まず”ちゃんと”やるかどうかという問題があるはずです。
ジーコやラモスが駄目なのは手法以前に手腕の問題だと、このことを(別にそんな気はないでしょうが)身をもって証明してくれた、そしてジーコやラモスに窒息させられかけていた「夢」に呼吸をする時間・空間を作ってくれたギドレッズに僕は感謝しているとそういうことです。ちょっと大げさですけど。

具体的な違いなどについては後で。


・強迫観念の取り除かれたオシム日本

どういう強迫観念かというよりも、強迫観念(という精神の領域)そのもの、でしょうかね。取り除かれた、またはレッズの選手が免れていたのは。

あえて言えば本来の目的や機能を見失う危険のないくらいの、程々の規律を共有しているということ。「考え」るということで言うならば、どちらかというと「感じて走」っているように見えますねレッズの選手は。感じる余裕が残っているというか。しかし走ること自体は間違いなく、当然のこととして受け入れられている。例え諸事情で実践されない時にも(笑)。変な具合のチームの場合、受け入れてないのに走ってたりしますから、そこらへんはだいぶ健康的。

ここらへんの”程々”具合はやはり現状ギドの美点であり人徳なんでしょうが、いずれ限界にもなる可能性はあるでしょうね。あれだけ妙な選手たちを飲み込んで崩壊しなかったのも、また同時に「完成」もしなかったのもそういう体質のせいかと。ヨーロッパに戻ってもっと明確なものを要求されたりしたらどうなるのか、予測がつかない部分ではあります。出来れば基本は変わらずに成功して欲しいですけど。


・緩急とコントロール

星野伸之はともかく。(笑)

緩急つけろと言われてもなかなか意識してつけられるものでもないので。せいぜい時間稼ぎの小技を覚えるくらいで。
今年のレッズ、かつてのヴェルディやアントラーズ、それから思い出の中のプロ野球チームたち(笑)などを想起して結果論的に定義付けると、
・一定の厚味を持った人材の多様性(タイプやキャリアなど)
・原理/規律の確立と同時に裏腹の自由裁量の余地の大きさ
こうしたものをそのチームが備えた時に、自然に実現する能力のように思いますね。いずれにせよ一つの方向に走りたがる、またそれによって力を発揮もする日本人には少し苦手な注文。

で、そういう余裕のある構えならコントロールもつくと。お座なりですが。
「本気」はね、だって出す必要なかったもん。必要がなくても出させる力が正に「強迫観念」。
確かに自ら出すマニュピレイト性に多少問題はありましたが、必要な時は十中八九出てましたし、出てない試合に当たった方はまあご縁がなかったということで。


残りのレッズの二重性については別枠でまとめて書きたいと思います。
そういえば「本気」にも2種類あった気がするなあ、うん。

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’06レッズの”2” 

誰のせいでもなく(笑)書くタイミングを逃しつつあるので、急ぎでまとめてみます。
ともかくも’07チームの始動前に。


「がっちりしたシンプルな骨組」と「南米系のテクニシャン」(2/16)

この段階ではまだ「相補性」という、言わば通常のチーム作りの手法の範囲の観点で見ていたわけですね。(それも別に嘘ではないですが)

「硬く熱いレッズ」と「軟らかくスカしたレッズ」(4/12)

ここでは更に進んで「二重性」「並存」「交替」というような、よりリスキーで複雑な構造を見て取っています。それゆえのポテンシャル、可動性。
(補足)
似てますが同時期にこんなことも考えていました。
『Jで一番気の強い選手たち』(都築、闘莉王、鈴木啓太、長谷部)と
『Jで一番巧い選手たち』(小野、三都主、ポンテ、ワシントン)の集まり。
そりゃ強いわと。


・・・・以上を最も中心的な二重性として置きつつ、その周辺。

「テキトー」と「懐の深さ」(3/20)

二重性が持たらす柔軟性。単一原理でないタフさ。

「縦へのベクトル」と「パス回しの感覚」(3/31)

戦術/技術レベルで見た二重性。


「勝者のメンタリティ」と「勝手さ」(11/23)

ある意味最も’06レッズの稀有なところ。偶発的な偉大性。

「個人レベルでの意外性」と「チームレベルでの意外性」の二段構え(12/3)

同上。狙って作れるチームじゃない。

「体質としての柔軟性」と「チーム作りの不徹底性」の混在(12/3)

その”狙ってなさ”の表現。
謎の名監督、「仕切れる天然ボケ」(笑)ギド・ブッフバルト。


「都築正GKのレッズ」と「山岸正GKのレッズ」(Before/After 4/29)

多分にイメージ的、象徴的なものですが。
でも’06レッズが序盤の目に見える娯楽性を出し惜しみ(?)するようになったのは、ちょうどこの正GKの不慮の交替劇と時期的に重なっているように思うんですよね。
天高く舞い上がる(そしてちょいちょい戻って来ない)都築と、どっしり地に腰を据えて動かない山岸と。
いわゆる”キックの精度”(の差)が具体的にどれだけ影響しているのかは微妙ですけど。無くはない、くらいか。


おまけ

「現実のJ2」と「夢のJ1」(2/16)

僕的立ち位置。(笑)


「出国前小野」と「帰国後小野」のそれぞれの時代のサッカーの違い(3/23)

旧オジェック時代?エメ/達2トップ的な電撃カウンターサッカーと、”ゆったりしたダイレクトパスの交換によるパスサッカー”のあんまりなギャップ。


「人為」と「天国」(3/27)

まあなんつうか。有限と無限。


・・・・後半に続きます。ちなみに一回も名前を出したことはありませんが、堀之内のプレーにもいたく感動しておりました。いい意味で、最高の意味での”優等生”。真面目で賢くて何が悪い。

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「現実」のレッズと「形而上」のレッズ 

ヴェルディのことを考えてると頭が豆腐になりそうなので、こっちの”宿題”を片付けちゃいます。(前編/『’06レッズの”2”』)

”形而上”のコントラストとしては「形而下」の方がいいのかもしれませんが、言い出しっぺの(笑)石塚さんの用語法(コメント欄)を尊重する形で。”現実”の方に(”現実”と”理想”のように)合わせるのは無理、ということはこれから書くことで分かると思います。
・・・・まあ”言い出しっぺ”とは言っても勝手に引き取って自説を展開するだけなんですが、合ってるかどうかはともかく、理解はしてもらえるだろうと信じてます。(笑)

一言で言えば、一人浮かれてる僕を尻目に(笑)、ある種世論として定着している、「’06レッズは強いだけで退屈」という言い方に対する一つの回答です。


現象だけ見ればレッズがゴージャス・パス・サッカーを前面に展開していたのはだいたい5月のGWくらいまでで、以後は堅い堅い守備と強靭な精神力、及びピンポイントの個人技でしぶとく確実に勝ち点を積み重ねていく、そういうある意味よくあるかわいくないチームだったわけです。(たまには爆発もしましたが。)

ただそうなってからも実は僕のレッズ像はほとんど変わらなくて、それはそういう目の前の1試合1試合の”退屈な”戦いと同時進行で、常に僕の頭の中(形而上)には”ゴージャス”レッズが存在し続けていたからです。
トチ狂ってる?深情け?現実逃避?いやいや。逃避するくらいなら素直に寝ますって僕は。

ポイントはその「形而上」と「現実」との関係、遊離の性格の問題で。
つまりあるサッカーチームの「現実」から目を逸らす時(おいおい)、その”逸らす”方向としては大きく分けて2つ、『過去』『未来』にあるだろうと思います。
昔は良かった、またはあの時ああしてればというのと。もう一つはこのチームがこうしてこうなると行く行くはこうなるはずだ、なって欲しいなみたいなのと。『追憶』『夢』というか。(詩人だなあ)

でもね、違うんですよレッズのは。非現実なんだけど現実なんです、過去でも未来でもなくて現在なんです。
どういうことかというとつまり
1.やろうと思えば(何かきっかけがあれば)、今目の前の”退屈な”チームがそのまま瞬時に”ゴージャス”ヴァージョンに変化(へんげ)出来る。#過去ではない
2.更に上はあるかも知れないとしても、序盤のレッズが一度は達成して見せたパス・サッカーのクオリティは、既にして脳を焼き尽くすレベルの十分に理想的な夢のサッカーだった。#未来の約束ではない

なんて言いますかねえ、’06レッズの「現実」と「形而上」は存在と非存在ではなくて、同時並行の二重存在、言わば中盤以降、常に僕は二重写しにレッズを見ていたというそんな感じで。ここらへんは継続的に見ていないとなかなか分からないところでしょうが。

まあ感触を忘れない程度には、以後もたまにその二重性は一致する瞬間(試合)がありましたしね。一方で終盤?天皇杯のレッズの崩れっぷりは、夢を見るのも困難なレベルのものでもあったわけですが。


要するに滅多に本気を出してなかった、と言ってしまうとあんまりなんですが。(笑)
ゴムボールねえ、なるほど。(書き足しました?)
多分石塚さんがコメント欄の時点で意味していたのは、「レッズを見ること」(現実)と「レッズについて考えること」(形而上)くらいのことだったんじゃないかなと想像しますが。

もう一つくらい書くか、それともいい加減茨の新シーズン(だよなあ)に頭を切り換えるか。どうしよう。


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