スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ポール・ジョンソン「近代の誕生」より その3 

近代の誕生(3) 民衆の時代へ 近代の誕生(3) 民衆の時代へ
ポール・ジョンソン (1995/03)
株式会社共同通信社

この商品の詳細を見る

今回の共通テーマは原住民、黒人、差別、迫害といったそこらへん。

・南アフリカの人種隔離政策は、南アフリカや支配国イギリスが野蛮で暴虐的だから起きたわけではなく、むしろ良心的な面があったからこそ起きた。

「アメリカの温帯では、インディアンが実質的には完全に制圧された。したがってあとに入った白人は、インディアンの土地をすべてその手に収め、二十世紀の子孫たちは良心の呵責などまったく感じることなく、その遺産を享受している。ところが南アフリカでは、植民省の理想主義がもたらした種々の規制のおかげで、黒人は絶滅を免れたばかりではなく、人口が拡大するゆとりがあった。」



ちなみに植民省を動かしたのは現代で言う人権思想的なものを先駆的に奉じていたイギリスのキリスト教会の活動だそうですが、とにかくこうして植民の際に原住民を”思いやった”結果、後に人種隔離という「対策」を講じる必要が出て来てしまったということ。アメリカ大陸のインディアン/インディオの場合、完膚なきまでに叩き潰してしまったので問題の規模が極小になって落ち着いた。

・・・・まあいやなことを言うようですが、復讐の連鎖を断ち切ること、是非は別として「結果としての平和」をダイレクトに希求するなら、物理的に敵を絶滅させるのが一番合理的なのは確かなので。モンゴルや織田信長の”残虐性”の歴史的効果なども思い合わせつつ。
つまりJリーグも僕のような輩に容赦すべきではないのかもしれない(?)。テレビも含めたいっさいの観戦中止の措置を発動すべきかも。いや、受け入れますけど僕は。身の程は知っています。


・制度的社会経済的圧制と、「偏見」「差別感情」とはまた別のものである。

「彼(トクヴィル)がとまどいをおぼえたのは、黒人がほとんど見られない地域でも同じくらい根強い偏見が認められることだった。」

「アダムズ(第2代アメリカ大統領)はロシアに滞在したとき、農奴の男女が日常的に鞭で打たれて殺されているような国の国民でも、アメリカの人種的偏見にショックを受けていることを知った。」




・(アメリカ)南部で綿花栽培が盛んだったのではなく、綿花栽培という新産業の共通性による結び付きが、「南部」という地域を誕生させた。

「南部の奴隷制は時代遅れな制度で、ロシアの農奴制と同じく過去の遺物だと見る考えは間違っている。それは産業革命から、高度な技術から、数億の消費者をかかえる大衆市場の要求を満たそうとする商業精神から生まれたもので、まさに新しい近代社会の一部だったといってよい。だからこそ根絶するのがあれほど難しかったのである。」

「したがって今日われわれが理解している、奴隷制擁護という大目的で結ばれた地理上の存在としての『南部』を生み出したのは、十九世紀初頭の世界的な木綿ブームだったといえるだろう。」



具体的にはアラバマ、ミシシッピ、ルイジアナの綿花栽培が盛んな”新”南部と、元はタバコの生産地で、後に新南部の労働力としての黒人奴隷の「生産」(つまり生殖)に専念する”旧”南部との経済的連結の総体。
一項目目と繋げて言えば、こうした「生産」活動による黒人人口の絶対的増大が、インディアンをめぐっては起きなかったような根本的人種問題をアメリカに引き起こしたとそういうことになります。

サイトトップへ

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。