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浄瑠璃坂の仇討ち/高橋義夫 

浄瑠璃坂の仇討ち 浄瑠璃坂の仇討ち
高橋 義夫 (1998/07)
文藝春秋

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相変わらずこつこつ読んでます・・・・あ、前回と同じ書き出しだ。
実に何というか「こつこつ」読むのが似合う人で(笑)。
年齢(’45年生まれ)の割りに妙に軽やかだ、風通しがいいということを最初に書きましたが、その後色々読む中でだいたい正体が見えて来たような気がします。
要するに学者肌なところがあるんですね。相当に理知的というか。その学者的な論理性や問題意識自体の持つ普遍性が、年齢の壁を越えさせている。1+1が2であることに年齢は関係無いというわけで。

かといって別に京極みたいに難しいことが書いてあるわけでは全然無いです。至って普通の時代小説といえばそう。義理も人情も丁寧に過不足無く描かれている。
ただまあ、生臭い感情や大げさなクライマックスに対する忌避感・苦手意識みたいなものはあると思います。そこらへんが学者っぽいというのと、僕の肌に合うというのと。

読んでいる時は知らなかったんですが、後に赤穂浪士たちも参考にしたという実在の仇討ち事件を元にしたこの作品も、終始淡々としているところや妙に剣術のディテールが細かいところなど、正に高橋義夫さんらしい作品。ただよく読むと微妙に大作仕様というか、事件の裾野をきっちり広げて縦糸横糸を丁寧に張り巡らし、山あり谷あり展開の起伏にも工夫の跡が見られ、結構リキ入ってるなあなんか新境地にでも挑戦してるんだろうかというそういう印象もあります。いや、別に長くはないんですけど。

にもかかわらずまたはそれゆえに驚かされるのが話のクライマックス及び結末の静かさで、仇討ち自体は史実通りに決行されるのですがその中で当然ハイライトとして登場するだろうと誰もが予想する、ネタバレになるので詳しくは書きませんが恐らくは大部分が作者の創作だろう複数の因縁・宿命の対決が、いずれも華々しい悲劇として行き付くところまでは行かずにニアミス程度で微妙なところで回避されて収束するんですね。十分に作風に慣れていた僕でもかなり意表を衝かれました。

ググっても大した書評が出て来なかったので分からないんですが、これ一般の読者にはどう受け止められるんでしょう。物足りないと思われるんでしょうかやっぱり。僕は際どいところで上手く成立している、なかなか見事な手腕だなと思いましたが。

最初の「剣仙伝奇」でも『主人公の積年の恨みが遍歴の果てに浄化していく描写が好き』と僕は書いてますが、こういうアンチ・クライマックスというかストレートな恩讐の激突の回避というのは、かなりの程度この人の性分でもあるし、問題意識のありかでもあるんだろうと思います。
問題意識というのはつまり、少し文脈は違いますが例えば僕が「遠すぎた橋」について書いた”悲壮美の回避”みたいなことですけど。みんな少し落ち着けよと、ムキになってもいいことないよ。さぞかし気持ちはいいだろうけど、そう簡単にエスカレートする激情に身を委ねてしまうのはどうだろうと。・・・・こう言葉にしてしまうと馬鹿みたいですが(笑)。

少なくともフィクションを創って提供する立場の人間として、盛り上がりを自己増殖的に目的化するのはイカンと、本当の「解決」とは何かもう少し考えてみようと、そういう問題意識は持っているのだと思います。受け取る人によってはただのきれいごと、学者もどきのたわ言でしかないのかもしれませんが。
いやあ、良かったなあと思いましたけどね僕は。みんな悪い奴じゃないんだから喧嘩はやめようよ。人死にが出りゃあいいってもんじゃないよと。甘いですかね(笑)。

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はじめに 

記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム 記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム
イアン ハッキング (1998/04)
早川書房

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原題は”REWRITING THE SOUL”で、直訳すると「魂を書きかえる」。
それがどうしてこういう邦題になったかというと、『記憶は絶えず書きかえられるものである』→『多重人格をめぐる議論では、事実上記憶が古来からの”魂”という概念の代用品の位置に置かれている』→『よって記憶を書きかえることは魂を書きかえることである』という著者の論を逆にたどったか、または単に「魂を書きかえる」という語感の過激さに日和ったのか。
とにかくそういう本です。

著者イアン・ハッキングは基本的に哲学者・物理学者で、いわゆる心理学・精神医学の専門家ではありません。その点多少理屈っぽいというか難解な傾向もありますが、未だにコントラヴァーシャル(論争的)でそれぞれの立場からの感情的な言及の多い多重人格という危ういジャンルの概説書としては、逆に良い距離感だなとも思います。1章1章丁寧に、なるべく”お勉強”にもなるように要約・抜粋していくつもりですので、よろしくお付き合いを。

なお著者の最終的な主張は
「記憶ごときが魂の代用品にはなり得ない、だから多重人格者たちよ、記憶の混乱など(そしてそれにこだわる医者の戯れ言など)気にせずに生きたいように生きなさい。大事なのは“本当の“自分ではなくそうありたい自分だ」
とまるで冒頭の前提を覆すようなもののように思います。
どうしてそうなるのか、僕も1回読んだだけでは良く分からなかったので(笑)、これからここでまとめながらじっくり考えていく予定です。

(目次)
1.それは本当か
2.それはどのようなものか?
3.運動
4.幼児虐待
5.ジェンダー
6.原因
7.測定
8.記憶の真実
9.分裂病
10.記憶以前
11.人格の二重化
12.最初の多重人格
13.トラウマ
14.記憶の科学
15.記憶政治学
16.心と身体
17.過去の不確定性
18.虚偽意識



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1.それは本当か?(1) 

(1)DSM??以前

多重人格の「流行」


「一九八二年のこと、精神科医の間では『多重人格の流行』が語られていた。
多重人格がアメリカ精神医学会(APA)の公式診断基準に載ったのは一九八〇年のことにすぎない。」

「これより十年前、一九七二年の段階では、多重人格は単なる好奇心の対象にすぎなかった。その気になれば、西洋医学史に記録されたすべての多重人格をリストアップすることも可能だった。」
「ところが十年後に当たる一九九二年、北米のある程度以上の規模の町ならどこでも、何百という治療中の多重人格者がいるようになった。」


診断基準の変遷

DSM??(1980) ・・・・初の公式化。
 A 患者の内部に二つ以上の異なる
人格が存在し、ある特定の時点にはそれらのうち一つが優勢となる。
 B どの特定の時点においても、優勢となった人格が患者の行動を決定する。
 C 個々の人格は複雑で統合されており、特有の行動様式や社会的つながりをもっている。

DSM???R(1987) ・・・・改訂版。
 上の”C”条項を削除。認定の条件を緩める。

フランク・パットナムの基準 ・・・・多重人格擁護派の権威。DSM??より厳しい基準を主張。
(1)二つの交代人格状態の間のスイッチが目撃されねばならない。
(2)交代人格状態の独自性と安定性の程度を査定する為には、少なくとも三つの異なる機会に、一定の交代人格にあわねばならない。
(3)患者が
健忘を起こしていることを、健忘の行動を目撃するか、患者の報告によって確かめねばならない。

多重人格というものは本当に存在するのか


「率直に言って、この疑問に対しては、多重人格は存在する、と答えるしかない。一九八〇年の(DSM??の)基準を満たす患者は存在した。1987年の(DSM???Rの)基準ならもっと多くの患者が満たしていた。患者の中には、パットナムのさらに厳格な基準を満たすものもいる。」
「多重人格とはなにか、また、どのようにそれを定義するかということには多くの疑問が存在するが、単純な結論としては、そうした障害が存在するとしか言えないのだ。」


(留保・注意点)
1.「医原性」(医者と患者の共犯関係による詐称・誇張)の問題

 ・主流な治療法自体が、多重性を強調・認定することを基本戦略としている。
 ・ブーム化により、専門性の低い自称多重人格の「臨床家」が溢れかえった。
 ・そうした「臨床家」たちの活動区域と症例の報告区域が重なっている。
 ・催眠術との明確な親和性、野合的関係。
 ・いわゆる『虚偽記憶症候群』の問題。(後述)

・・・・しかし全てを考え合わせても、多重人格そのものが医原性のものだとは言えない。
2.社会的状況の産物だという見方
 ・多重人格という障害の確立は、その原因としての幼児虐待の”発見”に大きく依拠している。
 ・幼児虐待とその認知は、「家族」や「父権性」や「暴力」など、特にフェミニズムとの関係において優れて社会的問題である。
 ・多重人格の症例の大部分は女性であり、また多重人格のセラピストは同時にフェミニストであることが多い。

・・・・社会的状況の産物であるということは認める。が、
「あるタイプの精神疾患が、特定の歴史的または地理的な文脈の中でのみ表れるという事実があったとしても、それだけでは、それがでっち上げであるとか、人為的なものであるとか、あるいはいかなる意味合いであれ、本当でないということにはならない」(ハッキンソン)。


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イアン・ハッキング「記憶を書きかえる」 

記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム 記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム
イアン ハッキング (1998/04)
早川書房

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多重人格ノート再開しました。
だいぶ間が空きましたが、ちょうど概説的な本なので初めての人も忘れちゃった人もどうぞ。

今回は1章1章やっていく予定ですが、いきなり第1章で苦戦しているのでとりあえずさわりだけ。出来次第あげていくという感じで。

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1.それは本当か?(2) 

(2)DSM??以後

DSM??(1994)における診断基準の変更

 A 2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される同一性または人格状態の存在。
 B これらの同一性または人格状態のか少なくとも2つが、反復的に患者の行動を統制する。
 C 重要な個人的情報の
想起が不能であり、普通の物忘れでは説明できないほど強い。
 D この障害は、物質または一般的身体疾患の直接的な生理学的作用によるものではない。



「多重人格障害」(Multiple Personality Disorder)から
「解離性同一性障害」(
Dissociative Identity Disorder)への名称変更

・・・・完全な(交代)”人格”が実在するという見方の否定、または定義の慎重化・限定化。「人格の分裂」ではなくて「統合/正常な形成の失敗」であるという見方への移行。

1984年 フィリップ・クーンズの警告

「人格のそれぞれがまったく分離しており、総体であり_、自立的であるとみなすのは間違いである。他の人格のことは人格状態、他我、人格断片と述べるのが一番よいかもしれない」
1992年 フランク・パットナムの告白
「交代人格および交代人格が何を表しているかということについては、ほとんど知られていない」
1993年 デイヴィッド・スピーゲル(DSM??の責任者)
「これはアイデンテイティ、記憶、意識の統合に関するさまざまな見地の統合の失敗である。問題は複数の人格を持つということではなく、一つの人格すら持てないということなのだ


”実在”(existance)と”存在”(presance)


・・・・日本語版ではどちらも「存在」となっているが、英語ではDSM??が”existance”、DSM??が”presance”と使い分けられている。

同上 スピーゲル
「実在という言葉を使ってしまうと、十二人の人が本当にいることを強く印象づけてしまう感じがする。われわれが本当に言いたいのは、彼らがそんな経験をしたということだけなのに」

イアン・ハッキング
「”存在”は分裂病患者の特徴である妄想を表すのに使われる単語である。この定義の変更は意図的なものだった。多重人格の交代人格は妄想への類似を深めたのだ。


定義への「健忘」項目の追加
(上の”C”)


・・・・”幼児虐待”とそれによる”記憶の抑圧・混乱”が原因であるという考えを暗に肯定している。

「この病気に関わるのが複数の人格であろうと一つの人格にすらなっていないものであろうと、解離であろうと不統合であろうと、この障害は児童期のトラウマへの反応とされている。(中略)
多重人格の治療法は、記憶の本質についての知識を増すことによって、困難に陥ったを理解することが可能になるという仮定に基づいている。」


「私(ハッキング)が知りたいのは、なぜ記憶こそが魂への鍵であるということが、多重人格を認める側と、それに批判的な側の両方から当然とみなされるようになったかということなのである。」



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2.それはどのようなものか? 

・・・・多重人格者のプロトタイプ

*”プロトタイプ”

原義は「試作品」。ここでは主に「典型」や「標本」、「最大公約数的イメージ」の意味。
『1.それは本当か?』で紹介した、今だ諸説分かれる”定義”の問題を補完、展開する為の具体的記述。(ただし個々のイメージや解釈の妥当性や一般性については、この章では判断されない。)


時間喪失と健忘

「まず初めに、多くの多重人格者は、激しい抑鬱に苦しんで助けを求めてやってきた。だが不幸にも、抑鬱を伴う病気の数は非常に多い。診断名をはっきり特定するための手がかりとして役立つ徴候は、時間を失うことだ

「(前略)このように近時記憶の中に空白部分があるのは、中心となる人格が交代人格に取って代わられてしまい、その交代人格についてホスト人格は記憶がないからである」

「時間については間接的な手がかりもある。患者から生活史を聞き取った後、普通、臨床家はその話が十分つじつまの合うものでないことに気づく。患者は自分の過去について、いつ何が起きたのかを思い出すことができないか、または自分の人生に起きたはずの出来事がつながらずに混乱している。多分、その理由は、未知の交代人格たちが時々支配的になるために、彼らがいつ、何をしたか、本人には分からないからだ。」

患者の生活歴のある一年だけが他の部分と著しく異なる場合、その期間は交代人格が支配的になっていたのではないかという疑いが起きる。スティーヴという患者の成績表を検討したとする。彼はずっと優等生だったが、中学一年生の年だけすべての科目がDになった。唯一の例外は家政科で_、この科目はAだった。二年生になると、彼はまたしてもAばかりの優等生に戻った。この理由は、中学一年生の時、スティーヴの中にある女性の交代人格が現れたからかもしれない。」

悪夢・フラッシュバック・幻覚
「遠い昔の厄介な出来事らしきものの記憶がぼんやりと現れたり、過去、それも子供の頃の鮮明でぞっとするようなイメージについて、猛烈で統制不能なフラッシュバックが起きたりする」

「眠りに落ちる前の意識がもうろうとする時間や、目覚める直前の眠りが浅くなった時に、夢でも空想でもない恐ろしい幻覚を体験する患者もいる」(”入眠幻覚”と”出眠幻覚”)

中毒・オブセッション(強迫)・性癖
「多くの多重人格者はアルコール依存症歴や薬物中毒歴を持つ。」

「例えば、多くの無食欲症患者がセラピーに抵抗するの、交代人格がホスト人格に食べるなと命令する一方で、別な人格が多食を働きかけるためだと解釈することができる。」

「彼女は、外側からの声や神の声ではなく、自分の頭の内部からの声(注:他の人格たちの話す声のこと)が聞こえると言うかもしれない。」

「乱れた性的関係は、例外的な事例どころか基本的事例とみなされる。」

交代人格たち
「DSM??によると、個々の人格はほとんどの場合まったく一致せず、しばしば正反対のもののように見えるという意味の説明がある。表面に現れている人格が保守的で用心深く内気であれば、交代人格の一つは、元気があり軽薄で粗野な場合が多い。」

「昔の二重意識と違って、現代では人格が二つしかないような多重人格者などまずいない。十を越える交代人格はごく普通で、サンプルによっては一人あたり二十五人格が平均ということもある。」

「多重人格者の中には、自分のことを“われわれ”と呼びたがる者も現れてきた。」
「交代人格の中には他の交代人格のことを知って、実際に知り合いになり、話をしたり何らかの活動に一緒に加わることもある。」(”共在意識”)

「交代人格には意地悪なものや、残酷なものがあり、中には、自分が憎む他の交代人格を殺すために自殺してやると脅迫するような邪悪なものもいる」

「邪悪な交代人格とバランスを取るかのように、手助けをしてくれる交代人格がいるため、臨床家の中には、この人格を探して、セラピーの助手になるよう勧めるものもいる。」

「セラピーを受けているほぼすべての多重人格者は、子供の交代人格を持っている。」

「一個人の持つ交代人格は年齢が違うだけでなく、人種、性的傾向、さらに性別さえことなる場合がある。」
「人格が交代すると、筆跡も変わる。」
「多重人格者の中には、自分がやりたくないことや出来ないことを、交代人格を使ってする者もいる。」


「多重人格は順応者としての面を多く持つ・・・・彼らは『狂気』とはかけ離れており、交代人格のいくつかは正常な人間の異なるタイプなのである。」
「実際のところ、交代人格は、感情の範囲が少々狭い以外は、われわれと異なる点など何もない。」


「多重人格と診断された人の多くはサービス産業で働いている」

「多重人格者は信じられないくらい暗示を受けやすく、簡単に催眠術にかかる。」



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3.運動(1) 

多重人格”運動”

「心理学的「運動」が一般によく知られるようになったのは、狂気が医学の対象となり、精神分析が出現してからのことである。ジークムント・フロイトが基礎を作り、支配した精神分析運動を知らない者はいない。」

「大まかに十年単位で考えると、多重人格運動は六〇年代に芽生え、七〇年代に表舞台に現れ、八〇年代に成熟し、九〇年代には新しい環境に適応しつつある。」

「多重人格運動の中核をなす必然的な要素は、魅惑と嫌悪と怒りと恐怖が入り交じった、幼児虐待に対するアメリカ人の強迫観念だ。」



プレ”運動”

(1)19世紀の小説

『ジキルとハイド』『二重人格』(ドストエフスキー)『赦免された罪人の回想と告白』など。

・・・・医学というよりむしろ小説が、二重人格という観念をヨーロッパの意識に定着させたのである。


(2)『イヴの3つの顔』 ・・・・”多重人格伝記”の代表。映画化もされたベストセラー。

*クリス・コナー・サイズモアという女性患者を治療した二人の精神科医による。1954年

「しかし『イヴ』が現在の多重人格運動を始めたわけではなかった。(中略)多重人格が離陸するためには、それを説明し定着させるだけの大きな文化的枠組が必要だった。『イヴ』が登場したのは、幼児虐待がアメリカ人の強迫観念になる前のことだった。」
「『イヴ』が、最近の多重人格とかけ離れた存在になっているのには、特別な理由がある。担当医はわずか三つの人格しか引き出せなかった。」

「彼女は次の本『わたしはイヴ』で医師たちを罵倒し、彼らを裏切った。彼女は自分の中に、二十以上の人格と、隠されていた虐待の歴史を見つけ出した。彼女は運動に参加したというよりは、一九七〇年代に現れた新しい多重人格の姿の完璧な見本の役目を果たした。」
「イヴが最初にかかっていた精神科医たちは、後に、多重人格運動を非難するようになった。」



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3.運動(2) 

”運動”前夜

(1)コーネリア・ウィルパー

『シビル ?失われた私』 ・・・・ウィルパーの患者シビルの治療過程を小説化したもの。1973年。

「ウィルパーの本は、積極的に子供のときのトラウマを発見した点で、多重人格に新境地を切り開いた。シビルが多重人格になった原因は、シビルの母親が加えた倒錯的で執念深い、性的な傾向をもった暴力にあることを、彼女はつきとめた。」
「世間一般に広まりつつあった幼児虐待と倒錯した家庭内の性行為の間のつながりは、母親がシビルを虐待したという話に完璧に当てはまった。」

「シビルは、多重人格者としてみなされるもののプロトタイプになった。彼女は理知的な若い女性で将来を嘱望される職についていたが、かなりの期間の時間の喪失を経験していた。彼女には遁走のエピソードもあった。」
「シビルは十六の人格を持っていた。子供の交代人格もあった。男の交代人格も二つあった。いくつかの交代人格は他の人格のことを知っていた。人格は互いに議論し、戦い、助け合おうとしたり、他を破壊しようとしていた。」
「ただ一点、シビルが後の多重人格のプロトタイプとは違っていた点がある。彼女は母親に虐待されたのであって、父親や、その他の男性に虐待されたのではないという点である。」


(2)アンリ・エレンベルガー

『無意識の発見』

・・・・フロイト以前の無意識についての考えと後の力動精神医学(精神分析系)との関係をまとめた大著。1980年。

ピエール・ジャネ『解離』(dissociation)概念の復活

「エレンベルガーは19世紀の多重人格の歴史の大半を明らかにした。彼が復活させたのは、この主題に関する最大の理論家にして、“解離”という単語を現在使われているような精神医学上の意味で使った最初の人物???ピエール・ジャネである。」

「エレンベルガーは多重人格運動とは無関係だった。しかし、彼の本が出版されたことで、多重人格は、かつて精神医学の思考対象の重要な一部だったことが明白になった。この本は、精神分析家が葬り去った、精神分析とは違う心のモデルが存在していたことを教えた。この本は多重人格を正当化した。」

筆者注:多重人格と”解離”概念、それに対立する精神分析との理論的問題については別項で語られます。

(3)ラルフ・アリソン

『“私”が私でない人たち』 ・・・・1980年。

「ラルフ・アリソンは独自のモデルを創造した。(中略)彼は<自己>を理解するためには、神智学が最良のモデルを提供すると主張した。」
「彼は、『自分の<内部の自己>としっかり接触することが、精神的、霊的な健康への鍵である、多重人格の患者が提供しているのは、神経症患者としてではなく、創造的な態度で問題を解決しつつ、ありのままの世界の中で生き延び、そして成長していくのに絶対に必要な、自分の内なる部分との接点を失った人々の、驚くべき実例なのである』と書いている。」

「彼の<内部の自己助力者>(インナー・セルフ・ヘルパー,ISH)という概念は、少なくとも初期の間は、主流の精神科医の一部によって慎重に受け入れられた。」
「アリソンが考えていたのは、<内部の自己>(インナー・セルフ)、つまり常に自分の中に存在している<自己>からやってくる助力者(ヘルパー)だった。」

パットナムは自分の教科書の中で<内的自己助力者>(インターナル・セルフヘルパー)を利用する問題を論じているが、彼は神智学的背景は落としている。<内部の>(インナー)から<内的>(インターナル)への切り替え自体がこのことを示しているのかもしれない。」
「そしてわれわれは<“内部の自己”からの協力者>という意味から、<内的な“自己を助けるもの“>という意味へと移行する。」

デイヴィッド・コール(注・ビリー・ミリガンの担当医として有名な精神科医)は次のように言っている。『セラピストはISHと”生き馬の目を抜くような取引”をすることを恐れてはいけない。ISHは常に人格たちを保護しようとして、提供されたセラピーによってその人格たちが最上の待遇を得られるように気を配るからだ・・・・ISHが自分の手札を一度に全部さらすことなどまずない。』」



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3.運動(3) 

”運動”の勃興と展開

「先に私は、ある運動が成功するには、偶然と必然と制度が必要であると述べた。アリソンとエレンベルガーとウイルパーは、夜空にまったく偶然に現れた流れ星だった。」
「一九六〇年代の終わりになると、幼児虐待がアメリカの政治的・社会的論議の重要な題材として成熟し、まもなく急進的フェミニズムの中心的な論題になっていった。それと同時に、制度が、一握りの孤立した活動家の手から多重人格を受け継ぐことになる。」

年表
1975 オハイオ州アセンズで多重人格に関するシンポジウム開催
1979 アリソン『多重人格の覚え書き』配布。
1980 DSM??発行。(初の公式化)
1982 『タイム』誌が特集を組み、多重人格の社会現象化を予言。
1983 「多重人格及び解離研究国際協会」創設。第一回年次総会。
1987 DSM???R発行。(認定基準の緩和)
1988 『解離???解離性障害における進展』発刊。(初の本格的学術誌)


多重人格運動の現代的課題

・健康保険

「精神医学的障害は二つのタイプに分かれる???その時代に手に入る医薬品がタイプと、そうでないタイプである。医薬品がどれほど高価だとしても、長期間にわたる心理療法よりは安いため、保険業者は医薬品による治療の方を好む。」
「そう遠くない将来、解離性同一性障害に対して、さまざまな薬品が使われることもあるかもしれないが、特効薬の存在を信じる人などいないだろう。したがって、薬品を使わない解離性障害への治療への保険適用範囲をできるだけ拡大することが、多重人格の医学部門の、最重要課題になるだろう。」


・大衆化と専門性

「スピーゲルはこの障害の名称を変えようと苦闘し、クラフトは多重人格のサブカルチャー化を激しく批判した。」

「パットナムは多重人格運動の大衆主義的基盤について、『北米のMPD文献に質的な散らばりがあるということは、この症候群に向けられたセラピストの視点にばらつきがあることを反映している』と、深刻な懸念を表明した。」
「彼はセラピストの訓練方法にも不安を覚えた。そうした訓練の多くは、金を払えば誰でも資格を取れるような安易なやり方をしていた。」

「この(運動の)最終的な所有者は誰か?訓練期間で何年も経験を積み、高度な資質を身につけた臨床家か?それとも、多重人格者たちの文化を歓迎し、交代人格の開拓に精を出す患者とセラピストたちの大衆主義的な同盟か?運動は完璧に分裂する可能性が出て来た。」



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4.幼児虐待 

概念の発明

「幼児虐待の概念とは、それについて考えたり、その実例に注目したり、その経験を思い出しさえすれば、誰もが理解できるというような明確な概念ではない」

「新しい意識が目覚めなければ、それが、”幼児虐待として”経験されたり、思い出されたりすることはない。それには新しい記述が発明されなければならず、そこから古い行動を見る新しい方法が現れる」


『子供への残酷な行為』

「一八〇〇年以降の工業化に移行しつつあった社会に話を限定すれば、子供に対して行なわれた恐ろしい行為についての証拠をいくらでも挙げることができる」

「この言葉(『幼児虐待』)(一九六〇年代に)一般化する以前は、『子供への残酷な行為』という言い方が普通だった。」


『子供への残酷な行為』と『幼児虐待』の違い

*階級

:19世紀


「その(反奴隷運動の)中に子供の労働時間についての激しい主張が含まれていたため、概念的には子供と奴隷制度は結びつけられていた。」
「どの支援運動であろうと、熱心に活動していたのは、同じ社会階級に属する、多くの場合は同じ人物だった。」
「それは労働者階級や犯罪者階級、そして革命への恐怖だったのである。」


:現代

「幼児虐待は多かれ少なかれ、あらゆる社会階級の中で一定の割合で発生すると予想された。」
「現代の幼児虐待運動の背後にある強い力は、アメリカの家庭の崩壊に対する恐怖、つまり内的な恐怖であり、屈折した貧者の恐怖ではないのである。」


*悪

:19世紀

「子供への残酷な行為は多くの残酷な行為の一つに過ぎず、それが特に悪いこととされる根拠としては、無垢な子供が苦しみ、そうした子供が大人になってから犯罪者階級に入り、国家に対する危険分子になるという理由くらいしかなかった。」


:現代
「現代の幼児虐待は究極の悪である。」


*性

:19世紀

「ヴィクトリア朝の時代でも、幼児や未成年者に対する性的虐待はそう珍しいことではなく、多くの事件が法廷に持ち込まれている。しかし、こうした悪事が、子供に対する残酷な行為と結びつけて考えられたことはなかった。(アト注:単なる性的不品行と捉えられていた)


:現代

「一九六一年、被虐待児症候群がアメリカ医学界で発表されたとき(中略)行動主義的なフェミニストたちは、すぐに性的虐待を強調した。」
「家庭内の性的虐待が幼児虐待の本質とみなされるにつれ、虐待は言外に近親姦の意味を持つようになった。近親姦は非常に多くの社会で、特異な恐怖の感情をもたらす。」


*医学化

:19世紀

「子供への残酷な行為が、ヴィクトリア朝時代の医学的、心理学的、さらには社会統計学的な研究の中に真剣に組み込まれた形跡はない。」
「娘を叩いたり強姦したりするような男は獣と呼ばれることはあっても、そうした類の者を助け、治療し、世話してくれる専門家はいなかった。」
「(放置や虐待をする)母親が、社会から切り離されねばならないとしたら、それは彼女が子供を傷付けたからであって、『幼児虐待をする者』として分類されたからではなかった。」


:現代

「一九六〇年代初頭、医者は、子供への虐待や放置を政治的な論題にした。虐待者は病んでいると宣言したのだ。
「この観点からすると、『幼児虐待をする者』や『虐待を受ける子供』といった種類の人間が存在することになり、科学的知識の対象となり得る。」
「最近の多重人格は“知識の対象としての“幼児虐待の上に立脚している。」



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4.幼児虐待(つづき) 

幼児虐待の科学性

(1)いわゆる“虐待の連鎖“について ・・・・「虐待をする親は自分も子供の時に親から虐待を受けている」

「後者(虐待の連鎖という概念)は事実上、臨床家と社会福祉事業に従事する人たちの大多数が信じる根本原理となり、一般人にとっても常識となった。」

「それにもかかわらず、幼児虐待が『受け継がれてゆく』という問題を扱った専門的な文献は少なかった。」

「そこで、証拠を要求する嫌疑論者に対抗して結集した肯定論者たちは、二つの理由から自らの立場を固めた。」
「第一に、その主張が正しく聞こえること、すなわち、この主張は、子供の時の経験が大人を形成するという二十世紀の信仰(次項参照)と適合するからである。」
「第二に、虐待を行なう親が、自分は子供のときに虐待を受けたと断言するだろうというのは、いまや既成事実となっている。つまり、そのように言えば虐待行動に説明がつき、したがって、その罪も軽くなるからである。」


(2)幼児虐待の発達への影響について

「性的な反応がねじれるだけでなく、あらゆる愛情の反応が歪んだ。虐待を受けたのは乳幼児の身体ではなく、人生そのものだった。これこそまさに多重人格を扱う臨床家たちが暴き始めたことだ。」

「幼児虐待の悪影響についての知識は、驚くほど貧弱な状態にある。」
「フィンクラーとその仲間は一九九三年に「一九八五年以来・・・・性的に虐待された子供に特に焦点を当てた研究は爆発的に増えた」との見解を示した。しかし、そうした研究の結果は満足のゆくものではない。『自尊心の動揺と子供の生来の素質や傷つきやすさの役割は、十分に確証されていない』からだ。」

「性的虐待の研究にせよ、肉体的虐待の研究にせよ、こうした研究はすべて社会的階級に無関心にことが多い。」
「虐待で生命を落とす子供が、貧者であることは明らかである。米国では小さな子供を抱えた貧しい家庭が利用できる公的基金は、一九八〇年代に毎年実質的に削減されてきたのだが、その一方で毎年毎年、ますます多くの幼児虐待の恐怖が語られつづけたのである。」
「一九九〇年、大統領の諮問委員会が、幼児虐待の問題は『国家の急務』であると発表した。(中略)しかし、この委員会は、汚物、危険、尿臭の漂うホール、壊れたエレベーター、割られたガラス、食物プログラムの短縮、銃器といった不愉快な話題のことは省略していた。」

「幼児期の虐待が成人期に機能障害を引き起こすという主張は、知識というより信仰に近い。(中略)統計的な関連が確認できるときでさえも、それは想像以上に地域的なもののように思えるのである。つまり、ニュージーランドにおける長期的研究によると、成人女性の精神医学上の問題と虐待の関連性は、貧困に比べると低いことが分かっている。」


新しい道徳・人間観

「幼児虐待と抑圧された幼児虐待の記憶は、大人へ成長するときに大きな影響を与えると考えられている。私が関心を持っているのは、そうした命題が正しいか誤っているかということよりも、そうした仮定に導かれて人々が自らの過去を新たに書き直すに至る過程なのである。」

「個人は自分の行動をそれぞれ違った風に説明し、自分自身についても違った風に感じる。過去を記述し直すとき、われわれは皆、新しい人間になる。」



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5.ジェンダー 

”多重人格障害と診断された患者の、十人中九人までが女性である”
・・・・という「通説」についての理由づけ。


第一の説明

「潜在的多重人格者の男性は暴力的で、医師よりは警察の世話になることが多い。
「(男性の場合)暴力行動は、例えそれが悪意に満ちた交代人格の仕業だとしても、社会的に許容される(”異常”だとはされない)度合いがあまりに強い。」

「女性の多重人格者の怒りは自分に向けられるため、一般的には他人に対する障害事件を起こすよりは、自傷行動を取るのが普通である。」


第二の説明

解離性の行動は、女が好む苦痛の言語なのである。それは逃避の手段にすらなる。」
「交代人格のいくつかは、女性が持ちたいと思ってはいるものの持つことを許されていない、言い換えれば、社会的に容認されていない人格の一面を表現している。(例:因習に囚われない活発な生き方や、同性愛または男性主導の異性愛の拒否。)

「一方、男性は別のやり方で苦痛を表現することを選んだ。酒と暴力である。」


第三の説明

「この種の虐待(幼児/性的虐待)では、少年よりも、圧倒的に少女の方が犠牲になりやすいと考えられる。」


第四の説明

「悩みを抱えた北米の女性は、例え社会の権力機構に拒否反応を示すような女性であっても、セラピーや臨床の場面になると、似たような苦しみを持つ男性の場合よりは、(多重人格と診断したがる)セラピストの期待に沿うように協力することが多い。」


フェミニズム・政治性
・・・・特に上の「第四の説明」に関連した、女性の多重人格者群に潜在する一種の敗北主義に対する批判。

*マーゴ・リヴェイラ(臨床心理学者、フェミニスト)

「彼女は、トラウマや女性に対する暴力を、基本的出発点として捉えているが、多重人格については、他の臨床家たち以上に、隠喩(≒方便。筆者注)的に受けとめているようである」

「彼女は虐待についての詳細な記憶を、疑問視する。彼女のセラピーは『トラウマ経験の歴史を戦略的に書き直す』ことによって、解離状態にならない対処の技術を身につけさせることを、一つの目標にしている。」


*ルース・リーズ(フェミニスト)

「(虐待経験そのものに女性患者の多さの原因を求める考え方は)『女を純粋に受動的な犠牲者とみなすような政治的に退化した固定的な考えを、援護する結果をもたらす視点』であり、『あらゆる行動面での可能性を持つ、女性という主体を、事実上否定するものだ』というのが、リーズの主張である。」

「彼女が言おうとしているのは、女性が多重人格者の多数を占めているのは、臨床家と患者の間に密かな協力関係が築かれることに原因があるのではないかということである。」「第四の説明」
「彼女が問題にしているのは、患者の味方になると称する理論の自己満足性なのである。そして、そのような理論や、実践や、その根底にある仮説が、受動的な犠牲者という患者の自己像を肥大させたのではないかと推定している。」



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5.ジェンダー(つづき) 

性的アンビヴァレンスと戦略
・・・・上の「第二の説明」の展開と延長。

*性的アンビヴァレンス

「これまで多くの報告がなされてきたように、ほぼすべての女性患者が、ホスト人格とみなされる人格よりも、はるかに活気に満ちた第二人格を持っている。その人格を説明するのに、『快活な』とか『茶目っ気のある』とか『みだらな』といった言葉や、さらに報告についての規制が緩むと『性関係が乱れた』という言葉が使われる。」

「『シビル』が出てからというもの、性転換を起こしたような交代人格があふれ出した。」
「一九八〇年ごろに交代人格の範囲が著しく様式化されると、多重人格者の中に、一人以上の迫害者の交代人格と、一人以上の保護者の交代人格が必ず見つかるようになった。女たちは、強く、たくましく、信頼できそうな男の保護者という交代人格を発達させた

「男の交代人格は、圧迫された女性が権力を手に入れるための手段になり得る。十九世紀であれば、快活だとか、茶目っ気があるとか、みだらだとされた交代人格が、二十世紀末においては、男になる可能性がある。
「マイケル・ケニーの『アンセル・ボーンの情熱』は十九世紀のアメリカ人の女性多重人格者たちが、プロテスタントの義務と服従という限界を逃れる目的で多重性を利用したことを論じている。」
「異性の役割を身につけることによって、人は社会から強制されたジェンダー、特に、強制された異性愛主義というものを打破するのかもしれない。」


*戦略(参照:マーゴ・リヴェイラの論)

「最初はセラピーを受ける多重人格者は病んでいた。つまり、意識的に異性の役割を選んだわけではない。」
「しかし、次第にこうした人々が、自分には自由に選択肢を選ぶ力が備わっていることを理解し、統合をめざすよりは、自分がなりたい人間になろうとすると仮定してみよう。」
「この場合、一度は病理的なジェンダーとされたものが、別の人間になるための意図的に選択された手段になる。」

「われわれは、女性患者が根底にある『真の』自己を発見すると考えるのではなく、彼女が自分のアイデンティティを選択し、創造し、構築する自由に向かって突き進んだのだ、と考えるべきである。決定論的なゲームの捨て駒になる代わりに、彼女は自立した人間になったのだ。」



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