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13.トラウマ 

・・・・「心的外傷」という意味での“トラウマ”概念

起源

「かつて『トラウマ』とは外科医が使う単語で、身体への外傷、それもほとんど戦争の負傷について使われていた。」


「トラウマが身体に関わる言葉から心に関わる言葉へと飛躍したのは、ちょうど一世紀前、まさに多重人格がフランスに現れ(中略)た時代の話なのである。」
「フロイトが一八三九年から一八九七年まで主張していた理論の中で、トラウマは既に心理化されていた。トラウマとは誘惑であり、肉体的な傷跡や外傷は残さないものの、その結果が完全に心理的なものになる出来事だった。」


「心理的トラウマという観念はフロイトの独創ではない。脳の損傷という話から、ヒステリー症状の原因であり失われた記憶を取り戻すことによって救われる。心理的トラウマという観念に通じる、一本の観念の連鎖を見出すことはごく簡単である。」


1.脳の負傷は、健忘や麻痺などの障害を引き起こす。(事実)
2.しかし頭へのショックは、肉体的トラウマがなくても健忘を発生させ得る。(事実)
3.肉体的トラウマが存在しないのであるから、2の場合の”原因”は最終的には肉体的ショックそのものではなくてそれによる『ショックの観念』『ショックの記憶』と考えられる。(推論)
4.ヒステリーはしばしば健忘を伴う。(事実)
5.
『ショックの観念』『ショックの記憶』が健忘の原因となり得るのなら、それはまたヒステリー性健忘の原因ともなり得るはずである。(推論)
6.言いかえれば(ショックの)『観念』や『記憶』はヒステリーを発生させ得る。(論理的帰結)
7.肉体的ショックが健忘を発生させたとき、患者が肉体的ショックのことを覚えていないことはよくあることだ。(事実)
8.同様にヒステリー患者は、ヒステリーを生み出した心理的ショックのことを覚えていないのかもしれない。(類推)
9.そうであるなら心理的ショックについての失われた記憶を回復させれば、症状は消滅するはずである。(論理的帰結)



例証

鉄道脊髄症(19世紀、鉄道の普及によって広まった鉄道事故の後遺症)

「しかし、何か別のことが起きていた。事故の直後、無傷のまま歩いて帰れたものの、数日後になって、背中にひどい痛みを感じるようになったという不平をもらす乗客が現れた。」
「鉄道脊髄症の被害者には外傷、すなわち、はっきりしたトラウマはなかった。この点に関して、彼らはヒステリー患者(が示す身体的障害)に似ていた。」


『麻痺、痙攣、その他感覚異常といった(中略)障害は、(中略)観念と感情の両方が(鉄道事故による心理的ショックで)病的状態にあることが原因かもしれない』(ラッセル・レイノルズ)


戦争神経症

「戦闘の結果として発生した心的外傷後ストレス障害は、命名自体は新しいが、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、二千年以上前にその障害らしきものを史書に書き残している。」


「イギリスのシェル・ショックと、ドイツの外傷神経症は、一九一四年から一九一八年まで続いた第一次大戦で大量に発生したが、もちろん、こうした影響は、昔からよく知られていたのである。」


「フランスの統計学者たちは、一八七〇年から一八七一年の普仏戦争の心理的影響に関する報告を用意した。一八七四年に出されたリュニエの『戦争痴呆症の精神病発現への影響に関して』では、何らかの戦争中の出来事が原因で長期間の苦悩を経験した三八六人の民間人が紹介されている。」
「戦争痴呆症の内容には、たいていの場合、被害者が恐怖におびえるか、自分を恐れさせることをやってはいるものの、字義通りの肉体的被害は含まれていない。」



意味

「長い間、存在論に支配されていた魂の霊的苦悩とは、誘惑に負けたわれわれ自身の罪の結果ではなく、外部からわれわれを実際に誘惑した他人によって引き起こされた、隠された心理的苦痛であると見なされるようになった」
「トラウマ(の心理化)は、この大変革の回転軸の役目を果たしたのである。」

(アト)
かなり強引にまとめてみると、
(1)19世紀の鉄道事故の研究に端を発して、外的ショック体験が健忘や麻痺などの原因不明の後遺症・身体障害を引き起こすことに注目が集まった。
(2)それらの症状の直接の原因は、外的ショックそのものではなくてそれに伴う内的・心理的ショックの方だと考えられる。
(3)(2)のような心理化された外傷としての「トラウマ」という概念が誕生。
(4)”原因不明の健忘及び身体症状”という類似から、神経症・精神障害としての「ヒステリー」も同様に考えられる。
(5)(器質性や心因性でなく)外的現実的ショック体験を契機として、ヒステリーを筆頭とする精神障害が起こり得るという認識が精神医学の世界で共有されて行った。
(6)その場合の”原因”もまた「トラウマ=心的外傷」であり、今日ではほぼこの意味でのみ用いられる。

・・・・なおフロイトは冒頭の「誘惑→トラウマ→神経症」という道筋(いわゆる”誘惑理論”)を最終的には放棄しているが、それは逆に「トラウマ」概念の完全な確立によるものである。つまりいかにある体験が苦痛として心理化されるのかが問題であるのだから、元の体験自体は(例えば)”誘惑”のような直接的にショッキングなものである必要はなく、極端に言えば患者の思い違いでも記憶違いでも何でもいいわけである。


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<真理への意志> 

あなたはフロイト派?それともジャネ派?


僕自身は明らかにフロイト派ですね。あくなき<真理への意志>の持ち主。当面の現実との適合性や、直接的な実用性への関心はあまりない。適宜、という感じ。委細面談応相談。ちなみに僕の普段の用語法としては、<知への愛>と言った方がしっくり来ます。

たださすがに19世紀の啓蒙知識人フロイトとではそもそもの<真理>という概念・感覚の保持の仕方が違うので、結果的な作業や見かけの印象は結構違うと思いますが。
具体的に言うとフロイトがやっているような『特定化』というようなアプローチはとらない、そういうアプローチで真理に至れるとは思っていない。むしろ間違いの元だと思っている。便宜的な特定化は勿論しますが、それはいつでも迷いなく叩き壊す/捨て去る準備前提。
・・・・「考える」というのは無限に続く自己否定の過程です。一日200回くらいは死んで、そのたびまた甦りましょう。(笑)

それとフロイトが<真理への意志>と言う場合(言っているのはイアン・ハッキングですが)、それでもって何かを把握して他人にアピールしたり「人類」や「科学」に貢献したりする、そのことが大きな目的として中心にあるというニュアンスが感じられますが、<知への愛>というギリシャ的な用語法(フィロ=知、ソフィア=愛、つまりは”哲学”)で僕が意味しているのはもっと自己目的的な感覚ですね。
知/認識自体に価値があり、目的性があり、どうもその為に人間/人類は存在しているようにすら思える時もある、というような。

まああんまり説明する気はないですが、何らかそういうものを持っていない人とは僕は友達になれないようです。男でも女でも。


ちなみにフロイトの態度というのは、パッと見グロテスクで狂信的に見えるかもしれませんが、実は現代の「知」の感覚の基本はむしろジャネのよりこっちだみたいなところもあると思います。つまり(精神)医療の現場で言えば、例の『インフォームド・コンテント』というやつです。とにかく「本当のこと」を、「一人一人が」知るべきであるという。
実際にこの概念が日本で広がり始めた当時、精神鑑定の第一人者的存在として有名だった筑波の小田晋などは「騙す事も含めて治療だ」と反発したりしていた記憶があります。ジャネ的?いやむしろ伝統的。

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「真理への意志」 

・・・・”13.トラウマ”の補足。
フロイトとジャネ、二人の理論家/治療者の”知”のタイプの違い。


フロイト

「フロイトが唱えたヒステリーや、不安神経症や、神経衰弱の病因とは、これらのタイプの病気の間にはっきりした区別を描き出し、それぞれに対して特定の原因を提供することを意図したものだった。彼の病因論は非常に優れたものではあるが、何も見えない暗闇へ飛び込むような無謀な部分を含んでいる。」
(恐怖症の原因は)『性生活の異常にある。関連する性的機能の虐待の形態を特定することすら可能である』と、彼は言う。」


(幼児虐待の現実を軽視したとフロイトを批判した)マスンの説が見落としているのは、理論家であり、科学者であり、あらゆるものに適用可能な壮大な統一理論を欲したフロイトの姿なのである。そのような意図を持っていたフロイトは、彼が住む社会で発生した性的虐待には興味がなかった。(中略)彼が関心を持ったのは、<真理>と、その随伴者である<因果論>であり、単なる真相だとか、幼児そのものではなかったのである。」


「(フロイトは)多くの熱心な理論家同様、もしかしたら、自分の理論に好都合な証拠を捏造したこともあったかもしれない。フロイトは、<真理>、それも事物の深層に存在する<真理>に、価値を見いだし、これに情熱的な献身を捧げた。(中略)激しく感じられていた目的は、いかなる手段をとっても<真理>に到達する、ということだった。」



ジャネ

「ジャネには、そうした<真理への意志>はなかった。彼は高潔な(正直な/率直な)人間で、(中略)膨張した<真理>観を持っていなかった。」


「彼は、トラウマは実際には起こらなかったと患者に信じ込ませ、それによって、トラウマが引き起こした神経症を治療した。可能な限り、彼は暗示と催眠術を用いてこれを行っていた。」
「ジャネは患者に嘘をつき、その嘘を信じ込ませることで患者を治療した。」
「ジャネにとって、<抽象的真理>は重要ではなく、また患者が自分についての真実を知ることも重要ではなかった。彼は医者であり、何よりも優れた癒し手(ヒーラー)だった。」



フロイトとジャネ

「フロイトはジャネとはまさに対極にあった。フロイトの患者は、真実と向き合わねばならなかった....フロイト自身と同じく。」


「当時の状態を考えてみると、理論に忠実であろうとするあまり、再三再四、フロイトが自分自身を偽っていたのは間違いない。(中略)フロイトは、患者たちに自分についての(中略)あまりに奇怪なために、非常に熱心な理論家以外はとても提案できないような事柄を、信じ込ませていた」


「ジャネは患者をだましたが、フロイトは自分自身をだまして(現実から目を背けて)いたのだ。」



ハッキング(著者)

「患者が自己認識を持つことは、重要なのだろうか?ジャネにならって患者に催眠術をかけて自己を欺かせてはどうだろうか?」


「自己認識自体は重要だと私は考えているが、それと同時に発生する問題は複雑である。私自身の見解については、本書の最終章で述べることにしよう。」



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14.記憶の科学 

・・・・記憶に関する観念の変遷。「自我/魂」と「意識」と「記憶」。

命題

1.記憶の科学は十九世紀後半に登場した新しいものであり、それと共に、新種の真偽判断、新種の事実、新種の知の対象が現れた。
2.それまでは個人の
(社会的)アイデンティティの基準として見なされていた記憶がを解明する科学的手がかりとなったために、記憶の中にある事実を見いだすために記憶を調べることを通して、霊による魂の支配は排除された。そして、記憶についての知識が、霊の役割を果たすようになった。
3.背後には
「記憶の中には発見されねばならない事実が存在する」という観念の台頭がある。
4.その結果、これまでは
道徳と霊という観点で行われていた論争が、事実に関する知識のレベルで行われるようになった。



例証(命題1についての)

1879年7月12日、パリ<生物学協会>でのドラネ博士の発言。

「劣等民族の人々は、優等民族の人々よりも記憶がよい。」
「成人女性は、成人男性よりも記憶がよい。」
「青少年の方が、成人よりも記憶がよい。」
「知性に劣る者の方が、知性に選れた物よりも記憶がい。」
「地方人の方が、パリ市民よりも記憶がよい。」

・・・・記憶は劣等性を客観的に示すとされていた。

”記憶術”

「プラトンから(中世最盛期を経て近世)啓蒙思想に至るまで、記憶術以上に熱心に研究され、尊重されたものは他にない。」
「後世、本は最後の拠り所とすべき客観的権威になったが、当時はそうではなく、記憶術の添え物にすぎなかった。」

(特徴)
・記憶術は、騎士道と同じく、少数の人のためのもので、(雄弁家や学者などの)最高位の職業についた人だけが利用するものだった。
・記憶術は“技芸“である。つまり、記憶の方法を知ることであって、記憶が何かを知ることではない。
・記憶術は外向的なものだった。記憶術の要点は、望みの事実、物事、文章を瞬時に想記することを実現するものであり、自分自身の経験についてのものではない。


”記憶の科学”の誕生と多(二)重人格 ?リボの研究(主に命題2,4について)

[前提]

『最初に、”自我”を、意識状態から区別される実体と見なす概念を捨てることにしよう。(中略)私は、意識のある人を、複合物、つまり非常に複雑な状態の結果と見なすような、同時代人の意見に賛成する。』(リボ『実証心理学論文』1881年)


「”自我”は、自分自身に対して現れるものであるため、その瞬間の意識状態の集合になっている。いわば、その瞬間における視野のようなものなのかもしれない。」(ハッキング)
『それぞれの瞬間、絶えず更新され続ける現在においてのこの”自我”は、おおむね記憶によって育てられる。』(リボ)
『要するに、”自我”は二通りに考えることができる。実際の形態から考えると、それは意識の状態の総和である。他方、過去との連続性の点から考えると、それは記憶によって形成されるものである。』


[本論]

「リボが取った戦略は、という宗教的・哲学的観念を攻撃するのではなく、代用品を提供するというものだった。」
「単一的な”自我”を研究する代わりに、記憶を研究すべきなのだ、と。」


「”ニ分化”の症例を示すフェリーダとそれに続く者たちは、人間がただ一つの、超越的で、形而上的もしくは霊的な、自己や自我によって構成されているのではないということを示すのに、申し分のないもののように思えた。」
「これらの人々は、二つの人格を持ち、健忘による欠損部分を別にすれば、それぞれの人格が、連続した正常な記憶の鎖によって結びつけられている。」
注・つまり彼らの”正常”も”異常”も、要するに記憶の問題である。


・・・・命題3については次章で。

「現代の感受性の一面が、信じられないようなことの中で目をくらませている。すなわち、忘れ去られていたことこそ、われわれの性格や人格や魂を形成しているものだ、という観念である。」




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記憶3部作 

14.記憶の科学15.記憶の政治学(1)(2)、一気にアップ。疲れた。
・・・・多重人格ノート更新。苦しいところはこれで越えたかな。

14.記憶の科学

「自我」と「意識」と「記憶」の三角関係。
実はかなり『多重人格』という現象の核心部分に近い話だと思いますが、この書き方だとどうかな。こういう話に慣れていない人、このテの言葉を繊細に使い分ける習慣・意図のない人にはちょっととっつき難いかも。
”例証”部分は興味深いんじゃないかと。なるほど記憶についての基本的な考え方は変遷している。

15.記憶の政治学

言いたいこと、結論には特に抵抗はないんですが、ハッキングの説明の手順には正直悩まされました。未だに論理展開がピンと来ない。『政治学』というくくりに必然性はあるのか。
検索で色々見てると、いち多重人格論を越えて「哲学者」イアン・ハッキングの中心的なモチーフとして繰り返し登場して一定の評価を得ているタイプの話らしいですが、それだけに説明がジャストではないのかも。
ともかく「記憶の科学が魂の科学の代用品として登場した」とハッキングが主張していることだけ抑えておけば。

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15.記憶政治学(1) 

・・・・「記憶」をめぐる権力闘争。

記憶の政治学

「記憶の政治学という話は、比喩ではない。<虚偽記憶症候群財団>と、様々な記憶回復セラピーのグループの間の対立は、まさに政治的なものである。」(第8章参照)


「記憶の政治学には、個人的なもの共同的なものという、二種類のものが存在する。」

「人類学的見地から考えて、
ホロコーストのような集団記憶を、集団のアイデンティティと差異を堅固なものにする方法の一つとみなすことに不都合はないだろう。その見方からすると、ホロコーストの記憶の政治学は、昔からある、人間の営みの一例になっている。」


「これとは対照的に、個人の記憶の政治学は比較的新しい。」

「個人記憶の政治学は、そうした
(十九世紀に現れた様々な記憶の)科学がなかったならば、現れることなどなかったのだ」



ジュディス・ハーマン『心的外傷と回復』

『過去一世紀以上の間に三回、特定の形態の心理的トラウマの特定の形態が、大衆の意識に浮上した。そのたびごとにそうしたトラウマの調査が、政治運動と結びついて盛んになった』


「彼女の挙げた三例とは、ヒステリーと、シェル・ショック、そして性的家庭内暴力である。」

「ハーマンが挙げた三つの政治運動(
フランス共和性反戦運動、そしてフェミニズム)は、西欧とアメリカの歴史における、顕著な出来事である。」
「実際、彼女は、その研究は、恐らく誇張と思われる運動の
『中から成長した』と言っている。」


「私の説は、内容的にはハーマンの主張と完全に一致するものであるが、調査の方向は逆になっている。」
「私の疑問はこうだ。なぜ記憶の問題は、これらハーマンの三つの事例すべてにとって、中心的問題になったのか?これら三つは、一世紀以上も前に登場した、新しい記憶の科学に深く根差した記憶の政治学を、
大いに利用したのだ
(注)ハーマンは政治学(運動)が科学を発達させたといい、ハッキングは政治学の方が科学の成果を利用して成長したと言っている。



個人記憶の政治学の深層

「ある種の知識が存在し得ることは、当然とされる。個人にまつわる事実についての主張、つまり、悪徳と美徳についてのより大きな見方と結びついた、個々の患者やセラピストについての主張が、延々論じられている。」

「これら競合する主張の根底には、記憶についての事実、つまり、その上で位置を決めるべき真偽判断が存在するという知識
(が存在する。)
・・・・
14.の”命題3”


「科学と政治学は互いに作用し合うものではあるが、政治学を可能にするのは、根底に存在する深層知識....記憶と忘却には、何らかの真実が存在するという知識なのである。」
・・・・かいつまんで言えば、個人の記憶に重要性が(暗に)認められたからこそ権力闘争が起きるのであり、それは記憶の科学誕生以降の新しい現象だということ。



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15.記憶政治学(2) 

・・・・要するになぜ記憶は重要なのか。(重要になったのか)

「記憶の政治学とは、何よりもまず、秘密に関する政治学、つまり、奇妙なフラッシュバックがありさえすれば、何か記念碑的なものに変わり得るような忘れられた出来事に関する政治学なのである。」・・・・記憶の意味付け。


「記憶政治学は何の政治学なのか?(中略)私は、人間の魂の政治学という呼び方が相応しいと思う。」



”魂”の政治学

「魂という観念(中略)は、全人類の普遍的な観念にはなり得ない。(中略)私が、自分のヨーロッパ文化から受け継いできた、歴史的に位置づけられた魂についての考え方のようなものは、他民族には存在しない。」
「結構なことだ。他民族は記憶政治学も、多重人格障害も持ってないのだから。」

(アト注)
いきなり核心的な発言だが、要するに”記憶”とそれに根差した”人格/魂”についての西欧特有の考え方が、”多重人格”という同じく特有の病気を生んでいるという主張。


「魂についてのヨーロッパ的な観念は、圧迫感を与えるもので、恐らくは父権的制度の重要な部分であろうとの主張が、何度もなされてきた。」

「魂とは、社会秩序を内面化し、社会の持続に必要な善行と蛮行を自らの中に取り入れる手段だった。(中略)それが、魂という観念の、意図せざる機能だ。」

「西洋社会が分解し始めたまさにそのとき、様々な示威運動
(ハーマンが列挙したような)の中で巻き起こったのは、魂をよみがえらせる大きな論議であり、(中略)魂の科学的な代用品としての、記憶に関する論議が行われるようになったのだ。」



「心理学」と「魂」

「心理学は魂に何を行なったのか?恐らく、心理学は、魂の科学になるという義務を果たす代わりに、実験可能な対象を発明したのだ。」・・・・(実験心理学)(定量分析)


「実験心理学は、初期においては生理学(解剖学)の実験室にならって自己形成を始めたのかもしれないが、その後、統計的な科学(生物学)になったのである。現代的な実験心理学への移行の準備を行なったのは、エビングハウスの記憶実験室だった。」

”解剖学的”から”生物学的”への移行が行なわれたのは、まさに記憶の実験の中だったのだ。」・・・・代用的魂の科学としての生物学的心理学は、記憶を舞台に発達した。



「伝記」・・・・個人記憶による物語

「個人は生物学によってではなく、思い出された伝記によって構成されている。過去の記録をとることが始まった昔から、『人生』は(中略)語られ続けてきた。」
「伝記のイメージはあらゆるところに存在する。(中略)国家はその歴史と同一視される。種は進化の対象となる。魂は、人生を通り抜ける巡礼である。一つの惑星がガイアとみなされる。」


「_すべての人が伝記を持つ、言い換えれば、社会の最底辺にいる人でさえ、伝記を持つのだという(現代的な)発想は、どこから出てきたのだろうか?」

「十九世紀の英国で、トマス・ブリントは、犯罪者の伝記を作って身元確認をすれば、社会は最終的に自衛可能になるということを、さまざまに語っている。」

医学的な症例史(中略)の目的の一つは、(中略)『慰めと分類』であった。しかし、同時に、患者の人生の物語を提供する目的もあった。」
・・・・まとめて、魂の記憶化の例。



結論

「記憶の科学は、科学が公然と語ることができない事柄についての、公開討論との場として働くことができた。魂の科学は存在し得なかった。そこで、記憶の科学が現れたのである。」

「われわれは、近親姦が悪であるかどうかについて、もはや述べることができない。そんなことをすれば、主観的価値観についての話題になるだろう。そうした話をする代わりに、われわれは科学へと移行して、誰が近親姦を思い出すかを尋ねる。」

「記憶についてなら、客観的な科学的な知識は存在し得る....あるいは、そのように、われわれは教え込まれてきたのだ。」



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宇宙の彼方アレキサンダーへ?! 

”イスケンデルは、彼(か)の英雄アレクサンダーのトルコ語読みであった。”

・・・・夢枕獏『シナン』下巻174ページより。(参考

シナン (下) シナン (下)
夢枕 獏 (2004/11/08)
中央公論新社

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そういうことだったんですか、松本零士先生。
ヤマトは銀河を又にかけたロングマーチ(長征)を敢行したのですね。
アニメの画面上の説明としては、アレクサンダーの「東征」ならぬ「西征」というイメージでしたが。宇宙に東西があるかどうかは別にして。

ヤマトは征服こそしなかったけれど、確かにガミラスと地球二つの文明は闘争を通じた融合を果たしてある種の”ヘレニズム”、新文化を醸成して、それがその後のシリーズの繰り返しの動乱を取りまとめる紐帯にはなっていました。


史上最大のモスク建造者の話、『シナン』も面白いです。
夢枕獏の宗教や神の話は好きですね。『涅槃の王』シリーズラストの、ブッダの覚醒のシーンは思わず説得されました。

涅槃の王〈巻ノ結〉神獣変化・覚者降臨編 涅槃の王〈巻ノ結〉神獣変化・覚者降臨編
夢枕 獏 (1996/04)
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