スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

山形?浦和(’09) 

か、か、勝っちゃったぞ。

J1第16節 浦和 ○3?2● 山形(NDソフト)

3点とも、全くと言っていいほど予感の無かったところからの得点でした。こういう試合の後、チームがどうなるのか。


内容はそれほど悪いとは思わないですし、実際勝ったわけですが、その悪くない/良い部分と実際の得点、試合展開に余り関連性が感じられないのが、”奇妙な試合”という印象の源。
失点の方は・・・・残りの”悪い”部分と、ちゃんと関連していたかな。(笑)

メンバー落ち&2トップ復帰で、案の定というか何というか、ボールの回りの軽快さとかは前の試合には及ばなかったですが、一方で(好調な)「2トップが引っ張る」という部分、それによる安定感というこっちのやり方の狙いそのものは、それなりに形になっていたようにも思います。
”良かった”とは言い難いですけど、ポンテも直輝も欠いて中盤&パス回しのクオリティ不足は予想された中で、トップの存在感に頼りながらの”吊り下げ型”に、チームの輪郭を最低限維持するという、ナビスコの経験も生かした一種のリスクコントロールは、なされていた類かなと。
・・・・ちなみに普段は”持ち上がり型”ですね、中盤と密集を始点に、そこから前方に展開していく。

問題があったのはやはり両SB個人のところの堅固さと、にも関わらずいつにも増してふわふわしていたDFラインの統一感、それから、失点後の試合運びか。
両SBは人不足でしょうがないっちゃしょうがないんですけど、単に「穴埋め」として使うには峻希の起用は余りにも”攻撃”のメッセージが強過ぎて、そういうつもりでないのなら他の方法を・・・・と言っても堀之内か濱田をセンターで使って、阿部を右に回すとか、それくらいしかないか。
まあほんとにまずかったのは永田の方で、サイドバックとしてのトータルのプレーイメージの方はある意味完成されていて安心感はあるんですが、その”イメージ”の実行上で(笑)いくら何でも細かいミスが多過ぎて、低レベルの比較ですが(笑)峻希に比べれば出場機会を積んでかつそもそも本職であるわけですから、出来ればこの試合こそは、若いながらも「さすが」と言わせてくれるようなプレーが欲しかったところ。一つチャンスを逃したと、そう自覚すべき。

トゥーリオがこの試合、ほとんど終始一貫してやたら攻撃参加の意思が強かった/強過ぎたのは、攻撃のクオリティ不足を補おうという善意なのか単に勝手にやっていたのか、それとも実はチームとしてのこの試合の位置付けに、”攻撃”のメッセージ性がそもそも強かったのか。
いずれにしても結果としてはかなりまずくて、特にさんざん山形の攻勢にさらされて「ついに」という感じで取られた同点ゴールの後も、”スクランブル”というニュアンスすら感じさせずに当たり前のように上がって行くのには、思わず「やめてくれ・・・・」血の叫びを洩らしかけましたが(笑)、それで決勝点入っちゃうんだから何とも言えない。

高原がもう、トゥーリオが上がって来るのは既成事実として、待ってましたニヤリという感じてあの変なボールを落ち着いて合わせたのは、さすがとしか言いようがないですが。
逆にドイツでやってた時のような、シンプルな前がかりのプレーで感覚的に合わせやすいのかもなとか、まあこれはほとんど当てずっぽ。


まあしかし、ちょっと統一感が無かったですかねこの試合は。意思疎通というか、意思そのものというか。

前半ダルダルながら一応形を作って攻めていた時も、後半選手交代&システム変更で勝ち越して、こちらはかなりイケイケで攻めていた時も、それ自体はそれでいいと思うんですが、しかしその後のそれぞれの状態、先制して敵が落ち着いてハメに来ている状態となかなか追加点が取れずに攻め疲れ気味になった時も、全く同じペースで大して実効性の無い”前がかり”を繰り返してしまったのは、どうも誰も試合をコントロールしていないか、あるいは(特にSBのところの)リスクの評価が間違っているか、同じことですが不安を感じている人のSOSが上手く伝わっていないというか、そういう感じでした。

細かく言うと前半については、”フィンケのパスサッカー”の、看板だけで何となく実質を勘違いしているようなところが少しあったかなと。決意の無いリスクというか。
後半については、実際のところ勝ち越してからしばらくはいい状態が続いて、イケイケになるのは仕方ないところはあったと思うので、結局追加点を取れなかったことが敵の盛り返しに慌てさせられた原因だと、当たり前ですがそういうことか。
個別には要するにクロスを簡単に入れさせ過ぎたことが、試合を通してピンチを招いていたわけで、”サイド”の問題になってしまうわけですけど。

ともかくこの日の内容を見ると、当分は4?2?3?1を基本としていくしかないというのは、明らかなようですね。トップ下は必要。
”ベストメンバー”はポンテ真ん中の、左直輝右高原か、ここに至っては。
無難過ぎるし個力に頼ってる感は無くはないですが、実際にそのメンバーがそれぞれに「実績」を積んで来ているわけですから、まあそんなに不自然でも横着でも。
高原が単に”好調”というだけではなく、「SH」としてのプレーそのものに、適応性を見せて来ているのが、決め手かな。


それにしても2点目(高原にとっては1点目)の点の取り方は、非常に高原らしいというか、懐かしい(笑)感覚がありました。
ボカ移籍→帰国後覚醒してJ得点王以後の流れでは、高原は”スピード””パワー”を基本とする選手のイメージが強いと思うんですが、元々はある意味、”遅さ”に特徴のある選手だったんですよね。速くはない、でも間合いと冷静さと姿勢の安定感で、何となく密集をすり抜けて気が付くと楽に得点しているような、そんな印象の選手。
例のナイジェリアWユースでのプレーを評して、あるサカダイの記者(名前忘れた)が「トルクの効いた低速ドリブル」と、褒め言葉として(笑)書いていたのを見て笑ったのをよく覚えています。その後ボカでの苦労体験から筋トレに励んで、Jでは”ねじ伏せる”ようなプレーで得点王を取って、ドイツに羽ばたいて行ったわけですが。

その過程自体には必然性はあったと思いますが、”魅力”という意味では正直僕にはだいぶ目減りした選手になっていたのも事実。実際そのままでは通じず(ドイツでは”ねじ伏せ”られず)or逆にドリブラーとしてウィング扱いされたりしながら、ある意味筋力に頼らない、点で合わせるプレーで再び地位を確立して行ったわけですが。
レッズに来てからは、いったい”どの”高原を期待したらいいんだろうとよく分からないところも密かにあったりしたんですが、今はちょうど全ての合成というか、ウィング的でありつつストライカーでもあって、キレで振り切りつつでもそんなに張り切らずに間合いのズルさも思い出してという、なかなかいい感じ。

まあ多少、Jリーグに適応してそれなりにプレーしているというところは、あるんでしょうけどね。
レッズにとっては、普通にかなり使い易い選手に、驚くべき短期間に変化したと、事実としてはそうなわけですが。
高原個人にとって、国際試合レベルも睨んで単に”成熟”という以上の意味を持つ変化なのか、それはこれからですね。正直まだよく分かりません。評価の修正で手一杯。


大物外国人FW補強の、費用を節約させてくれる存在に、なってくれたら万々歳ですけど。(笑)
まああんまり頼っちゃ駄目ですけどね、特に今年は。
高原の好調の一方で、チームの方は、どうもモヤモヤ。

・・・・そうか、直接言われてたのか、フィンケ。>高原・エジミウソン問題
ちょっとしつこい気もしますが、口出しされて結構イライラしてたということですかね。(笑)


スポンサーサイト

浦和?広島(’09)、ナビスコ準々決勝浦和?清水 

なんやかんやと勝つ。

J1第17節 浦和 ○2?1● 広島(埼玉)
ナビスコ杯準々決勝第1戦 浦和 ○2?1● 清水(埼玉)


それ以上のことは、よく分からなくなって来ました。(笑)


色んなチームが七転八倒する中、コンスタントに(?)故障者も出る中、勝ってるのは立派ですよね。
取れ”そうな”勝ち点はだいたい取ってる、それは凄いこと。
ただそれだけに、分かり難くなっている部分も。
試合毎の少なからぬアップ&ダウンを、要するにどう見たらいいのか。チームは本当に、「発展途上」なのか。

ポンテの在不在、好不調。同じく山田直のそれ。運動量。不安定なサイドバックの当たり外れ。
それから結局、細貝の在不在、使われ方。トゥーリオの気分。(笑)
大きな左右要因としては、おおかたこれくらいのものがあって、それらが試合毎に出たり入ったりする、それを記述すれば、一応各試合の描写自体は可能なんでしょうけど。
ただ”チーム”という(本当にあるのかどうかは分からないけれど)包括的なレベルや、「成長」や「発展」、「進歩」(や「完成」)のような観念的な観点から、現状何が言おうと思えば言えるのか。
単なる当たり外れや個別要因以外に、言うべきことが何かあるのか。

逆に条件に恵まれて上手く行く時は存外まんまと(?)上手く行くので、特に高原の覚醒以降は、もうほとんどチームは完成しているのではないかと、そう見えることも無くは無い。
後は補強や現有戦力の成長・フィットで、パーツのレベルが上がってかつ出来れば固定に近いメンツで一定期間出来れば、それで一応、チーム作りとして出来ることは終わりなのではないか。
仮にフィンケが3年4年も(orそれ以上)やることになれば、”生き物”としてのチームが蒙らざるを得ない変化はこの先様々あるでしょうが、それはどのチームでも同じ。・・・・フィンケが”コンセプト”の達成以上の仕事を、やり続けたいタイプの人なのかそれともまた新しい宣教の地に向かいたいタイプの人なのか、それは分かりませんが。

とりあえず、これは上手く行った方の試合も含めてですが、所謂”密集”があからさまに目に移ることが無くなって来たのは、成熟したということなのか初心が忘れられて戦術の輪郭が曖昧になって来たということなのか。
”フィニッシュへ至る形”については、結局のところこれはほとんどあらゆるチームの攻撃と同じで、具体的な担い手の特徴に依存する、そのようにカスタマイズされて行くのは仕方無いと、多分そういうことだと思いますが。

この2戦ならそれは例えば、原口のサイドを切り裂く動きからの折り返しの展開。
何か非常に、オランダ的な”ウィング”の匂いが漂うそれ。体格も含めた基本的な運動能力が高い、バランス・総合力に優れたアタッカーが、あえてするスピード勝負のダイナミズム。
勿論”サイド中心”のチーム戦術にも合致してはいるんですが、それ以上に、なるほど、これが「原口の」プレーなのかと、そういう納得感があります。(違ったりして)
非常に安定感のある切り返しの仕方をしますね。理に適ったというか。ボディバランスとボールの持ち方の、基本的な良さということなのかな?

エジミウソンも高原も、要するに「自分の」プレーをやっているというそういう安心感はあって、だからもうほぼ完成してるんじゃないかと、そう思ってしまうわけですが。
前の方から安定し出すというのも、カウンターや放り込みのチームでもないのに珍しい感じがしますが、逆に後ろの方は単純に、人の/人の質の問題が大きいように見えて、そこはだから、人をどうにかするしか。時間か金か。


見るのが遅れた広島戦は、評判だと広島が圧倒的だったとかそういう話でしたが、見てみると単に浦和の出来が酷過ぎただけに感じましたが。
ていうか僕が広島サポだったら、あんな負け方ブチ切れものだと思うんですけど、毎試合見てると慣れるものなのか。(笑)
「攻撃的」という以上に、単に、わざわざ(笑)「守備が疎か」なように見えました。
それとやっぱり、色々やってるようで、最終的に印象に残るのは「佐藤寿人の抜け出し」なんですよね。全体的にも、むしろ長いボールの組み立ての上手さの方が、興味は惹かれましたし。
まあ広島とは、浦和がガンバ戦くらいの状態の時に、もう一度真っ向からやってみたいと、そんな気はしますね。
”封じられた”ということなのかな。あんまりそうは見えなかったけど。単にこちらの前へ出る力が弱かった、準備が出来ていなかったと、そういう感じ。

清水戦は、原口を筆頭として、タイトルがかりの試合の常で分かり易く浦和攻撃陣の動きが良かったのと、清水の守備陣の抵抗力が弱かったのと。
当て推量で言うと、清水が前の試合のガンバ戦で、リアクションで快勝してしまったのが、毒になったところがあったのかなと。確かに清水は守備の強いチームですし、健太監督も守備を中心とする基礎組織の整備に長所のある監督ですけど、ただそれはある意味結果論で、決して守備的だったり狡さが持ち味のチームというわけでもないので。ホーム&アウェーの打算も含めて、ちょっと、腰が引け過ぎたかなと。それがチームバランスを崩していたかなと。
後は広島戦にはいなかった細貝がいた。
あちらでは岡崎はいただけなかったですね。チャンスも少なかったですけど、ボールを持った時の判断が消極的過ぎた、迷いが感じられた。こういう守勢の試合こそ、頑張らなければいけないキャラでしょうし。まだまだ。
レッズの方では、エスクデロが珍しく良かったというか、個人的積極性がちゃんとチームのピースとして嵌っていて、なんならこの試合に限っては。別にポンテ入れなくても良かったかもという、そういう感じ。もうリードしてましたし。
正直あんまり好きではないんですけどね、この選手、レッズの中では。積極的に見たい選手ではないというか。面白みがね。逆にそこが、使われるポイントなんだろうとは、思うんですが。
トゥーリオがなぜPKを蹴ったのかは謎(笑)。社長命令か?ちなみに(PK奪取した)前の試合もそうですけど、高原は蹴らないと決めてるんですかね、プレースキックは蹴るくせに。


こんなとこ。すぐまた試合ですね。
何とかまた、見て来たような嘘をつけるように、頑張ります。(笑)
しかしエジミウソンのシュートは、枠行くようになったなあ、むしろ入ってないやつの方に、いいシュートが目立つ気すらしますが。


大分?浦和(’09)、浦和?名古屋(’09) 

”苦手”チームとの2連戦。

J1第18節 浦和 ●0?1○ 大分(九石ドーム)
J1第19節 浦和 ●0?3○ 名古屋(埼玉)


に、きっちり2連敗。・・・・と、結果としてはそうなりました。


実際にはむしろめぐり合わせ、大分は監督交代で、名古屋はケネディ加入でそれぞれリフレッシュしていたところに、ちょうどぶつかってしまっていい迷惑と、そっちの方が実態に近いと思いますが。
昨季の”躍進”2チームが、知らないところで(笑)勝手に落ちて勝手に上がって、よりによって浦和と当たる時に、今季一番に近い状態で、臨んで来たという。

・・・・というのはまあ勿論、結局は泣き言で、そうした些細なアンラッキーでも十分に重荷になってしまう、こちらの状態に問題があるのは、明らかですが。
大分の堅守速攻に、名古屋の電柱放り込みに、それぞれ注文にはめられて”パスサッカー”が持ち味を出せなかった、それはそれで事実なんですが、それを言うことに虚しさを感じる、こちら側の抵抗力の弱さ。

大分戦はまだいい。ナビスコ挟みの日程と九石ドームのピッチという悪条件に苦しめられたポゼッションのチームが、開き直ったカウンターのチームに足元を掬われる、当たり前過ぎて哀しい結果ですが、”哀しい”分同情の余地はあるというか、次は頑張れよと言って、一応終わりに出来るというか。
しかしその”次”の名古屋戦、きっちり一週間空いたホーム戦の、挽回を期すはずの試合での、この何も無さはどうしたことか。前回列挙してみた様々な「左右要因」の内、山田直こそいないけれどポンテはいて、細貝もちゃんといるべきセンターにいて、サイドバックも片方は少なくともベテランが固めて、ベストではないけれど見かけ上は十分準備が整った状態でスタートした、試合の。

そう、「整っ」てはいたんですよね、十分に。恐らくはフィンケとしても、この試合についてはうん、後はやるだけと、それなりの目算はあって、臨んだのではないかと思います。そして多分、チームとしても。
しかし、動かない。足が、というより、チームが。「整っ」たことで見えて来たのは、むしろ今このチームが、形だけ一応整ってはいても、それ以上のものが何も無い、どこに向かうベクトルも、共有し得ていないという、その事実ではないかと。
むしろ心配の種がある方が気が紛れると、そこまでは言いませんが。(笑)

この、チームの「不動」「無風」ぶりが、あらゆる想定を越えたものであったのは、”強行”出場のはずの直輝を、あんな前半の半端な時間に、ただ残り時間が長いだけでなく、先発でも後半の勝負所でもない、気持ちの持って生き方の難しい、ある意味一番負担の大きい、”お願い”要素の濃いタイミングで入れる決断をした、フィンケの慌てぶりによく表れていると思います。
フィンケだってそんなことは、本来ならしたくなかったはず。それだけあの時間帯までのチームに、可能性を感じられなかったという、そういうことで。・・・・正直やめてくれと、倉敷川勝の放送席は、言いたげな雰囲気でしたが(笑)。僕も同感。そんな価値無いよ、この試合。


ただね、「悪い」とまでは、言い切れないんですよ。全然駄目とか、崩壊しているとか。
後半頭などの良い時間帯にはそれなりにちゃんとしていましたし、次の試合あたりでいきなり模範的な内容で快勝しても、そんなに僕は驚きません。

だから「内容」というよりは「ベクトル」やその統一感の問題で、それが状況や風向きでどう出るか、つまりはチームには(内容的)「発展」の余地はほとんど無くて、少なくとも現有戦力の範囲ではほぼ完成しているんじゃないかと、そう前回も言ったわけですが。
・・・・ちょっと分かり難いですね。「ベクトル」ということで何を言いたいかというと、一つは勿論、その試合内のモチベーションやノリや勝負時の集中の仕方ですが、より広くはそれこそ「発展」の問題、つまり自分たちは今どの段階にいて、何に注意してどれくらいの勢いでやらなくてはいけないのか。初期なのか中期なのか後期なのか。完成度は何割くらいと考えるべきなのか。

漠然と「まだまだ」ということは、良い意味悪い意味含めて皆が言うわけですけど、そういう原則論は原則論として、要するにどうなのかということを見定めながら戦うのが、むしろ主体的な戦いなわけで。そうした状況認識を共有して、戦わなくてはいけないというか。
食い違っている、のならまだいいんですけど、見当を失っているように、見えるんですね。それぞれに個人的向上心は持っているわけでしょうし、あえて言えば、僕も度々言及するように(笑)、”クラブW杯で欧州(or南米)代表を倒す”という、究極的な目標自体は「共有」されてるわけでしょうけど、それだけではね。

上手く行く時は上手く行くし、行かない時は行かないし、勝ち点はそこそこ取れてるし、でもそれ以上ではないし、結局どういう自己認識で戦えばいいんだろうという。もっと頑張る、より頑張るという以上の、どういう基準が、今自分たちに課せられているんだろうと。
あるいはその”もっと”と、フィンケが与えて来る(来た)カリキュラムとの、具体的な関係はどうなっているのか。そこらへんあたりが何か、見失われているように見えるんですね。


中だるみ、というより、中ぶらりんかな。
はっきり言えば、恐らく今フィンケは、モチベーターとして機能出来ていなんだと思います。
クオリティへのいい意味での強迫観念の喚起も出来ず、目の前の勝利やその為の現実的課題のクリアへ選手を駆り立てるわけでもなく。単に長い学校生活の、途中というだけで。(笑)
はいはい真面目に勉強はしますよ。テストによっては、より頑張るしいい点取る時もありますよ。・・・・で、ところで何の為でしたっけという、そういう状態?

新たに生徒の興味を引くカリキュラムを提示するか、「本番」へ向けて戦闘態勢を作り上げるか、あるいは”既知”のように見えるカリキュラムの奥の意味を、再び生徒に発見させるか。


改めてWikiを見ると、何とまあこの人、フライブルクで16年もやってるんですね、そこまでとは知らんかった。
毎年選手を入れ替えて、手を変え品を変え常勝を目指すマンUのファーガソンならともかく、中堅・弱小クラブでのこの気の長さというのは、ある意味自己満足型というか、”正しい”サッカーを”続ける”ことに、基本的に満足を見出せてしまうタイプなのではないかと、想像されますが。

分かりませんけどね(笑)、七転八倒、その時々の試行錯誤が、気が付いたらたまたま16年になっただけで、この人なりに無限の発展や大成功を、激しく求めていたのかも知れませんが。(笑)

しかしどうもある時期以降、監督の”落ち着き”が、選手に伝染というか浸透というか、した結果の今の状態と、そう見えるところが少なからずあります。
とにかく何と言うか、今レッズは書き難いです。(笑)
書き甲斐がというか。見当を失ってるのは、僕自身か。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。