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3.運動(2) 

”運動”前夜

(1)コーネリア・ウィルパー

『シビル ?失われた私』 ・・・・ウィルパーの患者シビルの治療過程を小説化したもの。1973年。

「ウィルパーの本は、積極的に子供のときのトラウマを発見した点で、多重人格に新境地を切り開いた。シビルが多重人格になった原因は、シビルの母親が加えた倒錯的で執念深い、性的な傾向をもった暴力にあることを、彼女はつきとめた。」
「世間一般に広まりつつあった幼児虐待と倒錯した家庭内の性行為の間のつながりは、母親がシビルを虐待したという話に完璧に当てはまった。」

「シビルは、多重人格者としてみなされるもののプロトタイプになった。彼女は理知的な若い女性で将来を嘱望される職についていたが、かなりの期間の時間の喪失を経験していた。彼女には遁走のエピソードもあった。」
「シビルは十六の人格を持っていた。子供の交代人格もあった。男の交代人格も二つあった。いくつかの交代人格は他の人格のことを知っていた。人格は互いに議論し、戦い、助け合おうとしたり、他を破壊しようとしていた。」
「ただ一点、シビルが後の多重人格のプロトタイプとは違っていた点がある。彼女は母親に虐待されたのであって、父親や、その他の男性に虐待されたのではないという点である。」


(2)アンリ・エレンベルガー

『無意識の発見』

・・・・フロイト以前の無意識についての考えと後の力動精神医学(精神分析系)との関係をまとめた大著。1980年。

ピエール・ジャネ『解離』(dissociation)概念の復活

「エレンベルガーは19世紀の多重人格の歴史の大半を明らかにした。彼が復活させたのは、この主題に関する最大の理論家にして、“解離”という単語を現在使われているような精神医学上の意味で使った最初の人物???ピエール・ジャネである。」

「エレンベルガーは多重人格運動とは無関係だった。しかし、彼の本が出版されたことで、多重人格は、かつて精神医学の思考対象の重要な一部だったことが明白になった。この本は、精神分析家が葬り去った、精神分析とは違う心のモデルが存在していたことを教えた。この本は多重人格を正当化した。」

筆者注:多重人格と”解離”概念、それに対立する精神分析との理論的問題については別項で語られます。

(3)ラルフ・アリソン

『“私”が私でない人たち』 ・・・・1980年。

「ラルフ・アリソンは独自のモデルを創造した。(中略)彼は<自己>を理解するためには、神智学が最良のモデルを提供すると主張した。」
「彼は、『自分の<内部の自己>としっかり接触することが、精神的、霊的な健康への鍵である、多重人格の患者が提供しているのは、神経症患者としてではなく、創造的な態度で問題を解決しつつ、ありのままの世界の中で生き延び、そして成長していくのに絶対に必要な、自分の内なる部分との接点を失った人々の、驚くべき実例なのである』と書いている。」

「彼の<内部の自己助力者>(インナー・セルフ・ヘルパー,ISH)という概念は、少なくとも初期の間は、主流の精神科医の一部によって慎重に受け入れられた。」
「アリソンが考えていたのは、<内部の自己>(インナー・セルフ)、つまり常に自分の中に存在している<自己>からやってくる助力者(ヘルパー)だった。」

パットナムは自分の教科書の中で<内的自己助力者>(インターナル・セルフヘルパー)を利用する問題を論じているが、彼は神智学的背景は落としている。<内部の>(インナー)から<内的>(インターナル)への切り替え自体がこのことを示しているのかもしれない。」
「そしてわれわれは<“内部の自己”からの協力者>という意味から、<内的な“自己を助けるもの“>という意味へと移行する。」

デイヴィッド・コール(注・ビリー・ミリガンの担当医として有名な精神科医)は次のように言っている。『セラピストはISHと”生き馬の目を抜くような取引”をすることを恐れてはいけない。ISHは常に人格たちを保護しようとして、提供されたセラピーによってその人格たちが最上の待遇を得られるように気を配るからだ・・・・ISHが自分の手札を一度に全部さらすことなどまずない。』」



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