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8.記憶の真実(1) 

・・・・いわゆる「虐待の記憶」、及びそれに主な根拠を置く「多重人格」(障害)という現象の信用性を脅かす諸問題。

”悪魔的儀式虐待”(SRA=Satanic Ritual Abuse)の告発/問題

端緒

「一九八二年、儀式と悪魔に関する性的幼児虐待の問題が勃発すると、異常な告発が各地に広がり始めた。」
「多重人格を治療する開業医たちのもとに、悪魔的なカルト教団による虐待を主張する被害者たちが押し寄せると、医師たちは自分の耳を疑った。」


「そこ(学会の未刊行の口頭発表)には、カルト教団が密かに創造した交代人格についての話が、かなりあった。そうした人格はセラピーの妨害をするようプログラムされている。また、患者を薬品で治療するときには、正しい交代人格がそれを服用することを確認しなければならない。カルト教団が誘導した交代人格が、薬を飲ませないよう盗んでしまうからである。」


「一九八九年、彼(ジョージ・ガナウェイ:後掲)のクリニックの患者の半数近くと、北米在住の非常に多くの患者が『人肉嗜食の宴や、少女時代に、儀式の生き贄用の赤ん坊を生む母体として何度も使われたというような、長期間にわたる経験の詳しい記憶を、なまなましく報告した』と、彼は書いている。」


展開・影響

「多重人格は、幼児虐待についての意識を高める運動の風土で栄え、その運動が主張する病因学によって正統化されてきた。悪意に満ちた虐待が存在するとの主張が次第に信用されていくにつれて、多重人格運動はその正当性を認められた気分になった。」


「幼児虐待運動の中に儀式虐待という分派が発生するにつれて、患者たちは次第にカルト教団の恐るべき物語を思い出すようになったのだ。セラピストたちが本能的にその話を信じようとしたのは、衝撃的な事実の暴露を信じることが、過去においては正しい戦略だったからである。しかし語(話?)はどんどん荒唐無稽なものになっていった。」


アト注:歴史のある時点までは『幼児虐待』という概念そのものがSRA同様到底信じ難い話であり、しかしそれを事実として受け入れるという決断をアメリカ社会・医学界はやり遂げたばかりであった。

「運動は二極化し、分裂の脅威にさらされた。おおむね大衆主義的な側にいる一方の側が、『われわれは子供を信じるように命令した!だから、交代人格を信じなければならない!』と叫ぶと、他方が、『やめろ....この話は空想だ!』と反撃する。」
「多重人格運動の分裂は、その人の地位の差におおむね一致した。懐疑派に精神科医が多かったのに対して、圧倒的多数を占め、とかく声を大にして主張しがちな一般人は、信じる側に属していた。」


「この議論の表層には、宗教上の違いが存在することが多かった。信じる側は、自らを保守的キリスト教徒、つまりファンダメンタリストのプロテスタントと称する傾向にあり、一方、懐疑的な側は世俗的な態度を取る傾向にあった。」


「ISSMP&Dは、クラフトを長とする特別調査委員会を編成して、カルト虐待を信じる者たちとカルト虐待に懐疑的な者たちとの間の調停を目指した。クラフトは、調停は不可能だと判断したのかもしれない。とにかく、彼は作業部会の会合を招集もせずに辞任した。」


「ガナウェイは、これとほぼ同様の発言をしている。彼は悪魔的虐待の記憶を無批判に受け入れることは、多重人格の信用性を危うくするのみならず、“幼児虐待の研究一般を危機にさらす“、と考えている。」


以下、<虚偽記憶症候群財団>の項につづく。


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