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8.記憶の真実(2) 

<虚偽記憶症候群財団>

誕生

「ガナウェイの意見は正しかった。セラピーで取り戻した記憶から多くの奇怪な出来事が出てくる(そして多くの信じられないような理論がそこへ入り込む)につれて、取り戻された記憶への疑惑が高まった。」
「多くのセラピストたちは、クライエントが幼少時に家族から受けた虐待を思い出すようになった後、それと立ち向かうことを勧めていた。(中略)告発された親たちの多くは、眼前の事態が信じられなかった。そうした親たちは、申し立てられた記憶は、セラピーの過程でつくられていった誤りにすぎず、エイリアンによる誘拐と同様に不審なものだと言った。」


「そこで、数ヶ月にわたる熱心な活動の後、一九九二年三月に<虚偽記憶症候群財団>がフィラデルフィアで設立された。」


多重人格運動との対決

「<虚偽記憶症候群財団>は、しばらくは多重人格について、論評を控えていたが、組織設立後数ヶ月もたたないうちに、多重人格運動の側では恐れを抱くようになった。」
「すべてを背後で操る<大金持ちの、大きな(そして罪深い)男>のうわさが持ち上がった。その<男>のことが明るみに出れば、財団は崩壊するだろう、と。」
「その後数ヶ月の内に、応急処置的な取り組みが行なわれたのは、主に訴訟への恐怖があったためだった。」


「虚偽記憶症候群財団は、<虚偽記憶症候群財団専門諮問委員会>を設置した。この委員会には多重人格に懐疑的な人々が直ちに集まった」
「財団の第一回年次大会は、一九九三年四月(中略)開かれた。招待された講師たちは、手厳しい批判を加えながら多重人格のことに言及した。」


「この(↑)発言を受けて、ISSMP&Dの元会長フィリップ・クーンズは、《虚偽記憶症候群財団通信》に丁重な文面の書簡を送り、それ以外の点では真摯に行なわれた学会において、このような発言がなされたことは遺憾だと述べた。」
「しかし、この手紙が財団の会報に載ったことと、パットナムが噂についての情報を求めたこと(割愛)を除けば、一年以上もの間、財団の会報が多重人格について触れることはまったくなかった。」
「しかしその後、激しい非難が起こった....偽りを鋭く指摘しながら。」


科学的・理論的観点

フランク・パットナム(多重人格運動の代表的な精神科医)

「十年近くに及ぶセンセーショナルな申し立てにもかかわらず、こうした(”悪魔的儀式虐待”の遍在という)主張を裏付けるような独立した証拠は、何一つ見つかっていない。」(1992)


英国の調査(1944)

「委員会は、悪魔的虐待の存在が強く主張されたものの、とにかく何の証拠も見つからなかった八十四件の事例を調査した。しかし、委員会の結論は、子供が受けた虐待は、もっとありきたりのやり方で行なわれていた場合がほとんどであるというものだった。」


折衷的な見解

「多重人格運動に加わっていたメンバーのうち、もっと多くの慎重な人々は、セラピーで引き出された奇怪な記憶は、厳密な意味で真実なのではなく、患者が、自分を虐待したのは家族に他ならないという無慈悲な現実から自分を守ろうとする手段だ、と述べた。つまり、虐待は本当だが、空想に覆い隠されているというのだ。」



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