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11.人格の二重化(1) 

・・・・多重人格の症例史パート1。


二重人格者”フェリーダ・X”

「ウジェーヌ・アザムが、古典的なフランスの二重人格者フェリーダ・Xについて初めて語ったのは、『一八七五年の春の、記憶の“奇怪さ”についての会話』の中でのことだった。」


「アザムはフェリーダの障害を表すのに、考え得るほぼすべての名称を試していた。彼女についての論文のタイトルだけ拾っても、次のようになる。
『異常神経症、人生の二重化』(1876年1月14日)
  『周期的健忘、または人生の二分化』(同5月6日)
  『周期的健忘、または人生の二重化』(同5月20日)
  『二重意識』(同8月23日)
  『人格の二分化』(同9月6日)
一八七九年三月八日になると、“二重人格“なる名称も現れる。」
「なお、この表現で二重化されるのが、もはや、意識という受動的なものではない点に注意して欲しい。二重化されるのは、”人生”や“人格”といった、人間の魂の能動的な部分なのである。」


”フェリーダ・X”の症状

「一八四三年生まれの彼女は、幼いころから裁縫の仕事をしていた。家庭は貧しく、船員の父親は溺死した。」
「アザムが十五歳の彼女に会ったとき、彼女は正常な状態の時は知的で、悲しげで、むっつりしていた。」
「正常な状態のとき、彼女は洗練さには欠けていた。」


「彼女は、極度のヒステリーだった。」
「彼女の身体の多くの部位は無感覚になっていた。彼女の視野は狭まっていた。ほとんど無感情になった後、彼女は痙攣を起こしたが、完全に意識を失うわけではなかった。」


「(承前)次に彼女は、目覚めたような様子を見せると、”第二状態”に入った。これが数時間続くと、彼女はまたも短いトランスを起こし、元の状態に戻った。」
「これは五日から六日に一度起きた。」
「彼女が正常な状態になって目覚めると、彼女はこれまでの出来事についても、第二状態のときに覚えたことも、何一つ記憶がなかった。」


第二状態のときには、彼女は身の回りの人々に挨拶し、微笑み、陽気さを振りまいた。」
「彼女には恋人がいた。彼女は第二状態のときに妊娠したのだが、この状態のときには妊娠したことを喜んでいた。しかし第一状態のときには、不作法な隣人がそのことを言い立てるまで、妊娠自体を否定した。」(結局出産→結婚)


”フェリーダ・X”の後半生

「一八七五年までには、彼女は三ヶ月ほどの時間を第二状態、つまり元気な状態で過ごすのが普通になっていて、徐々に、この状態が彼女の正常な状態に変わりつつあった。」
「年を取るにつれて、そうした元の状態はほぼ姿を消していたのかもしれないが、それもまた耐えきれないものとなった。その状態(第一状態)に入ったとき、彼女は絶望に陥った。そうした状態(第二状態)にいたときの数ヶ月間に何がおきたのかまったく分からないため、人に会うのを避けていた。」


「不幸にも、次第に支配的になっていたいわゆる第二状態は、もはや、陽気な状態ではなくなっていた。彼女はむっつりとして、さまざまな(ヒステリー風の)身体症状を持つようになった。」
「またあるときには、自分の夫に愛人がいて、それは彼女が第一状態のときに親しくしている女性であると、彼女は確信するようになった。」
「彼女は第二状態のときに首を吊ろうとしたが、失敗した。彼女は助けられ、第二状態のまま目覚めた。」


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