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『碧血剣』総評 

の、再読改訂版。


碧血剣〈1〉復讐の金蛇剣 碧血剣〈1〉復讐の金蛇剣
岡崎 由美、金 庸 他 (1997/04)
徳間書店

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『書剣』での”禊(みそぎ)”終了後の、真のデビュー作?!

正直前回デビュー作『書剣恩仇録』についてこんなこと(旧派武侠のラスト作)あんなこと(プレ武侠小説)を書いていた時点では、いいのかまた思い付きでそんなこと書いて、後で恥かかないかと心細い思いをしていたんですが、『碧血剣』を再読してみてその直観に間違いはなかった、少なくとも自分内では印象に一貫性はある、修正の必要はないとちょっと安心しました。

その一方で『射英雄伝』について書いた「『書剣恩仇録』でのデビュー時から、素直に延長していけばある程度書かれることが予測できるタイプの作品」という評価については、多少修正の必要があるというかあまりにも何の気なしに書き過ぎたなというそういう反省があります。
要するに『射』の集大成性、最大公約数性を強調するための記述だったわけですが、スタイル的には、作品の系譜的にはむしろこちらの第2作『碧血剣』の延長戦上にあるというのが素直な読みだと思います。文体的にも、馬鹿正直タイプの少年主人公の成長・冒険ストーリーという意味でも、また明らかに黄蓉の前身である男装好きの爆裂ファザコン小悪魔美少女夏青青の存在を見ても。

そう言えば『碧血』も『射』もどちらも「商報」系の掲載ですね。『碧血剣』が読者に好評だったので、似たようなのを一つということで、主人公の性格に”合わせ鏡”を付け加えて、脇役も豪華にして政治性の中身にも捻りを加えてと、パワーアップ版の”同工異曲”が『射』であると、そんな連載時の流れがあったのかも知れないなと想像しますが。

ともかく”プレ武侠”『書剣恩仇録』と”ポスト武侠”『鹿鼎記』に挟まれた、言わば金庸の「本体」の作品群の始点に位置する実質的なデビュー作、これが僕の推奨する(笑)『碧血剣』の位置付けです。


楽しきかな金庸

楽しい。とにかく楽しい。
ぶっちゃけあまり好きな方の作品ではない『書剣恩仇録』や『射英雄伝』と格闘を続ける内に少し忘れかけていた、金庸の楽しさ、自分がどんなに金庸が好きかということを思い出させてもらいました。

それが何かということですが、やれ鋭い歴史認識だ尋常でない豊かな教養だ、伝統中国小説の再発見者にして近代武侠小説の文学的地位の確立者だと金庸に捧げられる賛辞は数々ありますが、結局のところ僕が魅了されるのはそれら全てを背景にして尚、・・・・いやもっとはっきり言えば踏み台にして、ありゃ?何?と常に予想を裏切って突如飛び出すあっけらかんとした軽味、馬鹿馬鹿しさ、悪ふざけ、その跳躍力の途轍もなさ、無責任な楽しさなのですね。なーんてね、とか言われてる感じです。ちゃんちゃんという。

それらが所謂”作品的価値”かと言われると俄かには答え難いんですが(笑)、逆にそこらへんを見ないと意外と金庸は古臭かったりお子様向けだったり、現実にそういう評価があるようにそういう面も多いわけです。金庸が馬鹿だとは誰も思わないでしょうが、金庸作品があえて読むに値しないという評価は十分ありうると思います。
人類の叡智、中国四千年の知恵(笑)を振り絞っての悪ふざけ。大人だから分かる稚気の価値、頭のいい人にしか出来ない馬鹿。根底には「真面目になってもしょうがないよ」という”無常観””達観”があるんでしょうけどね。

構築主義的な作家ではあるのだけれど、本当に面白いのは壊れる瞬間、乱心する瞬間という変な人。


『碧血剣』の軽味

『碧血剣』自体について言えば、特徴的なのは自由さ、自然さ、そこから来る全般的な軽やかさというものが挙げられると思います。
それは一つは

・緊張のデビュー作『書剣恩仇録』で長年たまっていたものをとりあえず吐き出して日の光に当てて、整理整頓や再認識をひと通りすまし、かつその成果が世間に受け入れられた

という解放感と自信、それで得た自由。そしてもう一つは

・とはいえ初期(第2作)であるので、まずはオーソドックスに自分が書きたいと思う理想的・典型的な武侠小説の実現に素直に邁進している

という自然さ。

後者は特に、後の『侠客行』や『鹿鼎記』のような、”趣向”として意図的に「軽さ」を追求しているものとの比較において明らかだと思います。


・・・・一瞬『書剣恩仇録』への評価との差別化が分かり難く感じるかもしれませんが、簡単に言えば『書剣恩仇録』は”無雑作””無作為”『碧血剣』は”無邪気”ということです。態度として”無邪気”であるだけで、作品の構成的に未整理、無雑作なわけではない。むしろリラックスして分かり易く書けている。
ちなみに僕が第一稿で行なった「ビートルズで言えば割とあっさり出来ちゃったサージェント・ペパーズ」

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド
ザ・ビートルズ (1998/03/11)
東芝EMI

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という比喩は、元々『書剣』=早過ぎた『ホワイトアルバム』に引っ掛けて言っただけで大した意味はなかった(笑)んですが、(ビートルズが)「ひととおり世間に受け入れられた後の、闊達で無邪気な創造性の爆発」という意味でなら、一応比喩としてまだ生かせるかなと。

各論へつづく)


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