スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

15.記憶政治学(2) 

・・・・要するになぜ記憶は重要なのか。(重要になったのか)

「記憶の政治学とは、何よりもまず、秘密に関する政治学、つまり、奇妙なフラッシュバックがありさえすれば、何か記念碑的なものに変わり得るような忘れられた出来事に関する政治学なのである。」・・・・記憶の意味付け。


「記憶政治学は何の政治学なのか?(中略)私は、人間の魂の政治学という呼び方が相応しいと思う。」



”魂”の政治学

「魂という観念(中略)は、全人類の普遍的な観念にはなり得ない。(中略)私が、自分のヨーロッパ文化から受け継いできた、歴史的に位置づけられた魂についての考え方のようなものは、他民族には存在しない。」
「結構なことだ。他民族は記憶政治学も、多重人格障害も持ってないのだから。」

(アト注)
いきなり核心的な発言だが、要するに”記憶”とそれに根差した”人格/魂”についての西欧特有の考え方が、”多重人格”という同じく特有の病気を生んでいるという主張。


「魂についてのヨーロッパ的な観念は、圧迫感を与えるもので、恐らくは父権的制度の重要な部分であろうとの主張が、何度もなされてきた。」

「魂とは、社会秩序を内面化し、社会の持続に必要な善行と蛮行を自らの中に取り入れる手段だった。(中略)それが、魂という観念の、意図せざる機能だ。」

「西洋社会が分解し始めたまさにそのとき、様々な示威運動
(ハーマンが列挙したような)の中で巻き起こったのは、魂をよみがえらせる大きな論議であり、(中略)魂の科学的な代用品としての、記憶に関する論議が行われるようになったのだ。」



「心理学」と「魂」

「心理学は魂に何を行なったのか?恐らく、心理学は、魂の科学になるという義務を果たす代わりに、実験可能な対象を発明したのだ。」・・・・(実験心理学)(定量分析)


「実験心理学は、初期においては生理学(解剖学)の実験室にならって自己形成を始めたのかもしれないが、その後、統計的な科学(生物学)になったのである。現代的な実験心理学への移行の準備を行なったのは、エビングハウスの記憶実験室だった。」

”解剖学的”から”生物学的”への移行が行なわれたのは、まさに記憶の実験の中だったのだ。」・・・・代用的魂の科学としての生物学的心理学は、記憶を舞台に発達した。



「伝記」・・・・個人記憶による物語

「個人は生物学によってではなく、思い出された伝記によって構成されている。過去の記録をとることが始まった昔から、『人生』は(中略)語られ続けてきた。」
「伝記のイメージはあらゆるところに存在する。(中略)国家はその歴史と同一視される。種は進化の対象となる。魂は、人生を通り抜ける巡礼である。一つの惑星がガイアとみなされる。」


「_すべての人が伝記を持つ、言い換えれば、社会の最底辺にいる人でさえ、伝記を持つのだという(現代的な)発想は、どこから出てきたのだろうか?」

「十九世紀の英国で、トマス・ブリントは、犯罪者の伝記を作って身元確認をすれば、社会は最終的に自衛可能になるということを、さまざまに語っている。」

医学的な症例史(中略)の目的の一つは、(中略)『慰めと分類』であった。しかし、同時に、患者の人生の物語を提供する目的もあった。」
・・・・まとめて、魂の記憶化の例。



結論

「記憶の科学は、科学が公然と語ることができない事柄についての、公開討論との場として働くことができた。魂の科学は存在し得なかった。そこで、記憶の科学が現れたのである。」

「われわれは、近親姦が悪であるかどうかについて、もはや述べることができない。そんなことをすれば、主観的価値観についての話題になるだろう。そうした話をする代わりに、われわれは科学へと移行して、誰が近親姦を思い出すかを尋ねる。」

「記憶についてなら、客観的な科学的な知識は存在し得る....あるいは、そのように、われわれは教え込まれてきたのだ。」



サイトトップへ
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kinyo.blog66.fc2.com/tb.php/133-6f84e794

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。