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哲学者の見る多重人格:現代編2 

・・・・”16.心と身体”の(3)

スティーヴン・ブロード『一人称多数....多重人格と心の哲学』

根底に存在する単一の自己という観念を、デネットが心の底から否定したのに対し、ブロードは、そうした実体の必然性を固く信じていた。」


「多重人格の存在そのものが、形而上学的魂だとか、必然的に統一された自己だとか、超越的なエゴといった観念とは、矛盾するに違いない(ように見える)。」

「しかし、ブロードの議論は逆である。彼は、多重人格という現象そのものが、その多重性の下での統一を要求しているのだ、と主張する。(中略)ブロードは、超越的なエゴが存在するに違いないという結論を下す。」



「ブロードは、根底にある自己というものが存在すると考えているが、この観念を示すもっとも明白なモデルは否定する。」

「発見されるのを待っている
真の個人、つまりずっと前から存在していて、治療の中で明らかにされる、真の個人というものが存在とする考え(をブロードは否定する)

「初期のアメリカの記録者たち(中略)は、
本当の人格について、何らかの理念を持っていたようである。どの交代人格が、真のミス・ビーチャムなのか?彼女を育てよ、そして彼女が発見されたならば、それ以外のものには出て行くように命じよ

「これを踏まえてブロードは、分裂を起こして矯正を必要としているような、
本来の個人というものがあるはずだ、と論じている。」
(アト注)つまり”本当の人格”が隠れているのではなく、”本来の個人”が損なわれているのだという考え。


「真の自己ではなく、あらゆる自己の中心となる核が存在するというブロードの主張は、一人の人間が持つ複数の交代人格は、共通した基本的技能を持っているという観察から始まっている。それらは歩いたり、道路を横断したり、靴紐を結ぶことができる。それぞれの状態のときに、多大な再学習を要するようなまれな多重人格者ですら、普通の技能はほぼすべて保持している。」

「とすれば、交代人格どうしの持つ共通の技術に説明をつけ、共在意識を持った交代人格が相互に影響し合うことを可能にする、
基質のようなものが存在するに違いない。」


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