スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『碧血剣』各論(2) 

碧血剣〈3〉北京落城 碧血剣〈3〉北京落城
岡崎 由美、金 庸 他 (1997/06)
徳間書店

この商品の詳細を見る

(1)より。


「歴史小説」としての『碧血剣』

ことほどさように実は色々起きているようで、史実の出来事以外にはこれといって特に何も起きていない『碧血剣』のストーリー。
戯れにこれ自体を史実だとしてみた場合、その性格づけとしては「李自成・呉三桂の乱 こぼれ話集」みたいなものになるのではないかと。”裏話”にも少々足りない気が。(笑)

以下は例の”武術描写”の件では、少々ネガティヴな引用の仕方をしてしまった現・新版”Kizurizm”のきつりさんの言。

物語のカタルシスを追求すれば史実に反してしまうが、歴史を変えることはできないのである。その枠組みでどれだけお話を作るかがやはり歴史小説の肝なのだと思うが、金庸氏はおそらくその難しさを理解してこれ以降の話はあまり史実とリンクさせないようにしたのではないか。(中略)現にこの作品以降、『鹿鼎記』まではあまり深くリンクはしていないように思えるし、あるいは主人公の目的に歴史を改変するようなものはなくなっているのである。

『武侠ノススメ』アーカイヴ


太字強調は僕。
おっしゃるとおりだと思いますね。金庸自身の言も引いてみると、こんなことを言っています。

私の小説の中に歴史的な題材を取り入れて、歴史小説を書くというのは、イギリスの作家のスコットとフランスの大デュマの影響をかなり強く受けています。(中略)基本的な歴史的事実に違反しなければ、ある程度までは自分の想像を入れることはできる

(『金庸は語る 中国武侠小説の魅力』 神奈川大学評論ブックレット)


挙げられた中では大デュマの『三銃士』くらいしかまともに読んでませんが。あれを参考にすると”史実を背景にした法螺話”ということで、バランス的には『碧血剣』とも重なる気がします。
だからどのみち「歴史小説」とは言っても、いわゆる司馬遼太郎的なそれではないわけでしょうけど。むしろ現代日本での普通の用語法で言えば”歴史伝奇小説”、史実を背景とするタイプの伝奇小説で。

私の小説は『水滸伝』の方に近いからね。『三国志演義』は比較的歴史性が強いです。歴史を語る部分が多い。

『きわめつき武侠小説指南』


決定打とも言える分かり易い対照ですが、さりとて(『碧血剣』が)「史実と虚構の緊張感が上手く演出されていない」という結論には変わりがない(笑)ですね。
(歴史)伝奇小説なら尚のこと、このバランスが命。狭義の歴史小説の場合、極端に言えば史実を順番に並べてそれに自分なりの意味付けと、それから定番の”目撃者としての虚構の一般人”の2,3人も付け加えれば(笑)それで一応作品として成り立つわけですけど。一方で優れた歴史伝奇小説になると、どれだけ途方もない馬鹿話に仕上がっても、でもなぜかそれこそが本当に起きたことに思えて仕方がなかったりします。

そういう緊張感はハナからないですね。あくまで「武侠小説」であって「伝奇小説」という意識で書いているわけではないと言えばそれまでですが。ていうか日本の(伝奇小説)が特殊なのかも。


「歴史小説」という強迫観念

再びきつりさん。上の引用の”(中略)”として隠した箇所です。

このあたり、歴史小説のほうが武侠小説より上と考えているふしがある氏としては挫折であったのではないかと推察されるのであるが。


次は僕が初読後の第一稿で書いたこと。ちょっと長い。

プロローグとエピローグ

『碧血剣』の全体の構成は大まかにこうなっています。

プロローグ(第一章?第二章途中)

ボルネオ島ブルネイ国(当時中国の勢力圏、一種の桃源郷的位置付け)からの訪問者張朝唐主従が、(子供時代の)袁承志一派の旗揚げ騒動に巻き込まれ、救われてブルネイに帰るまで。

本編(第二章?第二十章途中)

袁承志が成長して一人前になり、明末清初の大混乱の渦の中に飛び込み、苦闘する過程。

エピローグ(第二十章残り)

顛末の結果を見届けようと再び中国本土を訪れた張朝唐と再会した袁承志が、時を経ても何ら変わらぬ中国のありようとその中で悟った人の世の無常に胸を衝かれ、張朝唐の勧めに従い海外に新天地を求め中国を脱出するまで。


読んでみると分かりますが、さして長くもないこのストーリーにあえて付されたこのプロローグとエピローグは、感覚的には唐突または拍子抜け感の源になりかねず、内容的にもあってもなくても成立するようなそういうものだと思います。本編部分の、運命の子袁承志が名前の通り亡き父の志を承けて立ち上がり、奮闘し、やがて夢破れる話をちゃんと書けばそれで十分だと思います。ただでさえ、金蛇郎君の回想エピソードが大きな部分を占める二重構造になっているわけですし。

それでもそれらには一定の効果・意味はあって、つまり「本編」のみなら純度の高い、血湧き肉踊る奇想天外荒唐無稽な少年冒険ロマンになっているものを、プロローグとエピローグが視点を複層化することによって俄然「歴史小説」性が高まる、歴史や文明というものの意味を考察・反省したそういう小説ですよという体裁が整えられるということです。・・・・かなり急ごしらえではありますが。

ここらへんは照れなのか打算なのか、本編のノリノリの武侠ロマンだけではどうしても終わりに出来なかった、作家金庸のこの時期特有の何らか自意識的問題があるのだろうと思います。後代の読者からすれば余計なことを、ちゃんと書けてるんだからもっと自信を持てよという感じですが。


・・・・まあそういうことです。(笑)


まとめて言うと、きつりさんもおっしゃってるようにコンプレックスなのか何なのか、この時点での金庸は武侠小説を”ちゃんと”「歴史小説」にしなければという強迫観念が割りとはっきりあって、それでこんな風な細工もしてみるんだけどどうも上手くいかない。
それで徐々にそういうことは意識しなくなって、(別系統の『雪山飛狐』飛ばして)次の『射英雄伝』ではまだ意味深なタイトルをめぐる不透明なんかも残りますが、以後はもうかなり自由に書くようになって変なぎこちなさや史実と虚構の分立が目立つ散漫さなどが顔を覗かせることはなくなったと、そういう筋書き。

ラストです。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kinyo.blog66.fc2.com/tb.php/15-f314b7c1

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。