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リンク『金魚雑記』 

全然忘れてはいませんが、更新の順番待ち(気が多いもんで)で放置気味のこのブログをブックマークして下さっているブログを解析で発見しました。

『金魚雑記』さん
http://jinyuhutong.blog57.fc2.com/
ありがとうございます。

しかしブログの説明文を読むと”「神雕侠侶」について考察するブログ”とのことなので、影響を排除するために僕の方が書き終わるまでは中心部分は読めませんね。(笑)
次の次の次か。まだ先だな。

語りますよお?僕も。「神雕侠侶」は。一番好き、ないしは一番思い入れありますから。
ていうか客観的に見て一番の問題作なんじゃないかと思いますけどね。異色作というか。

・・・・しかしつらつらと『金魚雑記』さんのようなブログやそこの掲示板なんかを見ると、結構ディープなシーンが既に形成されている気配を感じてびびります。俺なんかが能書き垂れていいのかなと。
多くは僕の見ていない映像版をきっかけとしてたりもするみたいですけどね、2chの海外テレビ版のスレッド数なんかを見ても。

まあ僕は僕で、半端にリサーチなんかせずに蛮勇を奮っていくという今まで通りの方針で行くつもりですが。多分その方が面白いものが書ける可能性も高いでしょう。
ではまた。近い内に。


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コメント

じゃあ戻しましょうか(笑)

僕もなにげに楊過のパーソナリティがよく出てる、ダジャレ(笑)にしちゃ悪くないHNになったなと悦に入ってたんですが、もう一つのfc2ブログのクッキーのまま何となく投稿してしまったのでまあいいかと。
それもこれも放置して立ち上げ当時の勢いを失速させたのが悪いんですね。(笑)
ならばついでに珍しく”プロフィール”欄もちゃんと書こうかな。

>PSの射雕

まだ前半でだらだらしてますが、いかにも話の種にならどうぞという感じです。(笑)
軽くクソゲーですけど、なんかかわいらしいし(中国製で)物珍しいので、暇があるなら全然やっていいと思いますよ。攻略本も攻略サイトもないみたいですけど。クーシュ(空手)デッ(奪)パシン(白刃)!(と聞こえる)

>ストーリーだけ抜き出してもあまり意味はない

まあ基本的には「お約束」や「類型」の組み合わせなわけですよね。で、あえて分かってそれをやっている金庸の、それらを処理する”演出家”としての手腕も含めての総体としての金庸作品なので、言わば”あらすじ”だけ引っ張って面白さ・・・・はともかくとしてならではの凄さが伝わるんだろうとかというそういう疑問ですね。
それとあの屁理屈だらけの(笑)武術描写は文字で読んでナンボだろうという。

>「学」にならざるを得ない

金庸自身の作品の作り方が、論文的というか研究計画的というか、非常に構築的であまり感覚に頼って流れで書いたりはしてないと思うんですよね。まあ日々の厳しい締め切りに追われて(笑)金庸なりにはしてるんでしょうけど、元々の脳味噌の出来方が普通の人とはちょっと違いますから。
言うなれば「さあバラして下さい、解体して下さい」という作りになってるので、とりあえず最初はこっちもそういうキチキチとした作業をこなさざるを得ないという。

キャラ萌え(笑)は勿論しますが、ただ金庸のキャラってあくまで”キャラ”で、それほど生きている人間かのように妄想を働かせにくいと思うんですが。上の話から引っ張れば、「建築物の部品」であるという規格性の方を先に意識するというか。
しかしその中で『神雕』だけは・・・・と、多分続きます。(笑)


まあさわりだけでも一回書くと頭の整理になるので、適当に語る分には、はい。

いいこと言うなあ。。。

こんばんは~。管理人さんのレスを読んでますますツボにはまってしまったんで、しばらく通いつめようかと思います(笑)

PSってことは、なんか懐かしい感じの画面のゲーム射雕ですよね。やったことないけど、どんなもんなんでしょ。面白い??

>金庸作品というのはああいうものとして恐ろしく完成されているというか、「文字」「言葉」以外の何物でもないというか、いずれにしてもストーリーだけ抜き出してもあまり意味はないもののように思いますね。

いいこと言うなあ~~。
そうそう、台詞や情景描写一つとっても、金庸の人間観察の鋭さや古典的教養が感じられて奥深いんですよね。(アトさんの言わんとしてることと違うかな?そうだとしたら、私はアホなんで許してやって下さい)

>同様に作品自体は一点の曇りもない娯楽作品ですが、あれについて語るとなるとどうしても「学」にならざるを得ないところがあるんじゃないかと、個人的には。

この部分、詳しくお聞きしたいなあ。とはいえここで語っていただくのも勿体無いので、ぜひ記事の中で語っていただきたいところですが。
金庸もある意味「キャラ萌え」要素は強いと思うんですが、よりオタク的な探究心をそそる部分があるので「学問」になりうるのかな、と思ってました。

神雕侠侶についても、いろいろと語りたいことはありますが、それはアトさんの感想町と言うことで。

ところでHN変えちゃったんですか?前のも好きだったのになあ~~^^

いや、何一つ悪くはないですよ(笑)

どうも初めまして、アトです。
映像版については、金庸先生ご本人がまとめて一刀両断されてる感じなので(笑)、当分はいいかなと。とりあえず今はPSの『射英雄伝』をシコシコやっているところです。

勿論映像版には映像版の楽しみはあるでしょうが、金庸作品というのはああいうものとして恐ろしく完成されているというか、「文字」「言葉」以外の何物でもないというか、いずれにしてもストーリーだけ抜き出してもあまり意味はないもののように思いますね。”金庸”のマジックハンドあってこそというか。
見たら見たらで楽しめるものは確実に見つかるだろうとは思いますか。

同様に作品自体は一点の曇りもない娯楽作品ですが、あれについて語るとなるとどうしても「学」にならざるを得ないところがあるんじゃないかと、個人的には。例えば古龍ならキャラ萌え(笑)で突き進んでも全然問題ないと思いますが。
その中で『神雕侠侶』は、色々な行きがかりでうっかり(?)作品自体が「学」に傾いたというか文学になってしまったというか、そういう鬼っ子のような作品で、一種独特の迫力があると思います・・・・と、予告編はこれくらいにして。(笑)

多分『神雕』まで書き上げたら、ゆっくり遊びに行かせていただくと思います。
現在は妄想の純粋培養中ということで(笑)。大きく育てよ?

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