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’06レッズの”2” 

誰のせいでもなく(笑)書くタイミングを逃しつつあるので、急ぎでまとめてみます。
ともかくも’07チームの始動前に。


「がっちりしたシンプルな骨組」と「南米系のテクニシャン」(2/16)

この段階ではまだ「相補性」という、言わば通常のチーム作りの手法の範囲の観点で見ていたわけですね。(それも別に嘘ではないですが)

「硬く熱いレッズ」と「軟らかくスカしたレッズ」(4/12)

ここでは更に進んで「二重性」「並存」「交替」というような、よりリスキーで複雑な構造を見て取っています。それゆえのポテンシャル、可動性。
(補足)
似てますが同時期にこんなことも考えていました。
『Jで一番気の強い選手たち』(都築、闘莉王、鈴木啓太、長谷部)と
『Jで一番巧い選手たち』(小野、三都主、ポンテ、ワシントン)の集まり。
そりゃ強いわと。


・・・・以上を最も中心的な二重性として置きつつ、その周辺。

「テキトー」と「懐の深さ」(3/20)

二重性が持たらす柔軟性。単一原理でないタフさ。

「縦へのベクトル」と「パス回しの感覚」(3/31)

戦術/技術レベルで見た二重性。


「勝者のメンタリティ」と「勝手さ」(11/23)

ある意味最も’06レッズの稀有なところ。偶発的な偉大性。

「個人レベルでの意外性」と「チームレベルでの意外性」の二段構え(12/3)

同上。狙って作れるチームじゃない。

「体質としての柔軟性」と「チーム作りの不徹底性」の混在(12/3)

その”狙ってなさ”の表現。
謎の名監督、「仕切れる天然ボケ」(笑)ギド・ブッフバルト。


「都築正GKのレッズ」と「山岸正GKのレッズ」(Before/After 4/29)

多分にイメージ的、象徴的なものですが。
でも’06レッズが序盤の目に見える娯楽性を出し惜しみ(?)するようになったのは、ちょうどこの正GKの不慮の交替劇と時期的に重なっているように思うんですよね。
天高く舞い上がる(そしてちょいちょい戻って来ない)都築と、どっしり地に腰を据えて動かない山岸と。
いわゆる”キックの精度”(の差)が具体的にどれだけ影響しているのかは微妙ですけど。無くはない、くらいか。


おまけ

「現実のJ2」と「夢のJ1」(2/16)

僕的立ち位置。(笑)


「出国前小野」と「帰国後小野」のそれぞれの時代のサッカーの違い(3/23)

旧オジェック時代?エメ/達2トップ的な電撃カウンターサッカーと、”ゆったりしたダイレクトパスの交換によるパスサッカー”のあんまりなギャップ。


「人為」と「天国」(3/27)

まあなんつうか。有限と無限。


・・・・後半に続きます。ちなみに一回も名前を出したことはありませんが、堀之内のプレーにもいたく感動しておりました。いい意味で、最高の意味での”優等生”。真面目で賢くて何が悪い。

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