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『射英雄伝』編にあたって 

ホームグラウンドとする汎用ブログでの軽い気持ちでの企画からの流れで、ここまで割りと当てもなく書いて来ましたが、金魚雑記さんとの出会い(笑)でどうやら自分の立ち位置、方向性が見えて来た気がするので、今後に向けての施政方針演説(?)的なものをいくつか。


1.僕はテクスト読みである(らしい)

自分的には自然に書いていただけでそれほど何かスタイル的な意識はなかったんですが、jin yuさんに言わせるとそうした安楽椅子探偵的な(?)面が際立ってるらしいので(笑)、そういう自意識で行くことにします。自分が何者かを決めるのは自分ではなくて他人である。(多分)

具体的には、既に読んでいる

(1)金庸の原典(翻訳版)
(2)標準的な参考書3冊
・『きわめつき武侠小説指南―金庸ワールドを読み解く』(徳間書店)
・『武侠小説の巨人 金庸の世界』(徳間書店)
・『金庸は語る 中国武侠小説の魅力』(神奈川大学評論ブックレット)

の自分なりの読みを元に、そのタコ坪の底から(笑)解釈と想像を極限化させて、嘘かホントかは知らずとにかく一つの一貫した包括的な金庸像、作品の展開史を描き出してみるとそういうことです。やり切ってみる、ということが重要で、むしろこれはこれで一つのストーリー/お話であると、そういう風に考えていただけると。

ネット等巷の個別の情報や、過去の他の人の研究についてはたまたま耳に(目に)入っちゃったもの以外はあえて求めずにいく予定ですので、失礼や解決済みの問題への無用な言及などありましたら、笑って許してやって下さい。(事後の指摘は歓迎)


2.既読者、愛好者を対象とする

実は既に『雪山飛狐』編はあからさまにそうなっちゃってるんですが、元々は金庸を特には知らないだろう自分のブログの読者向けに書き始めたものなので、『書剣恩仇録』編と『碧血剣』編も基本的にそういうスタンスで書いています。ネタバレは極力しない&初読のガイダンスとしての作品の相対的性格付けがメイン、内容を知らないと分からない踏み込んだ作品論には手を出さない。

それで良くなった部分も中途半端になった部分もあるかと思いますが、専用ブログに移ってから色々と気分も欲求も変わって来たので、これからはもう、思い切ってそういう(↑)方針で行くことにします。・・・・まあ、そんなに変わらないような気もするんですが、いくつかは書けなかったことが書けるようにはなるでしょう。

というわけでそうですねえ、『神』まであげてひと段落した頃くらいですかねえ、いずれそういう基準で『書剣』と『碧血』も書き直したいという希望を持っています。
結構読み返すと恥ずかしい部分が(笑)。具体的には特に『書剣』の(その3)と『碧血』の(その1)。そこらへんはちょっと内容に踏み込めない苦しさが出てると自分で思います。


3.『射』ファン<(または”王道”金庸ファン)と『神』ファンの仲立ちを目指す

いかにもありそうなことだなとは思うんですが、金魚掲示板を自分の書き込みのついでにチラ見しただけでも、結構厳然と根深い溝がこの両者にはあるようで、微妙に胸が痛みます。
僕自身は熱烈な『神』ファンですが、あえてどちらが悪いかと言えば『神』が悪い、または例外的な作品なのだと思いますが。

ある意味では、金庸というペンネームの”作家”は『神』において、そのペンネームの下での読者との約束を破っているとまで言えるんじゃないかと僕は思うんですが、それはそれとして、それを前提として、それでも『神』を理解して欲しい、出来れば愛して欲しい、不要な対立はなくなって欲しいとそう願うわけです。

かなり思い切った書き方をする予定なので下手すると逆に溝を深めてしまうかもしれないですが(笑)、少なくともそれが「どういう”溝”なのか」を理解する助けにはなりたいと、そう思っています。


では次回からいよいよ本編へ。
今日はこれだけ?と憤慨するかもしれない人(約1名・笑)のために予告編をかましますと、大筋として次の3つの観点を重ね合わせて、『射英雄伝』を読み解いていく予定です。
 1.少年郭靖の”成長”ストーリー
 2.郭靖と楊康の”合わせ鏡”キャラの相克ストーリー
 3.東邪・西毒・南帝・北乞(+中神通)の四方位(人)が象徴する、中国的道徳/価値観の”曼荼羅”ストーリー

・・・・これだけで分かる人には結構分かっちゃうと思いますけどね。
勿論麗しの黄蓉もそれなりに”活躍”させるつもりですが(笑)、色々な意味で割りと補助的な存在だと僕は見ています。


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コメント

今読み返してる最中ですが

>陰陽五行
元ネタとしては確かにこっちみたいですね。そういう話も出て来ますし。
ただ意味合いとしては”曼荼羅”、つまり宇宙観、世界観、神々が体現する価値観マップみたいなそっちの色の方が結果的には出・・・・てるような出てないような。本編を待て。(笑)

いや、「当て推量」と言えば物凄く「当て推量」だとは思うんですが、それに「辻褄合わせ」の必死のフォローがつくので(笑)もっともらしく見えたりもするんでしょう。お話ですよお話。
捜査手法(?)としては”ブロファイリング”みたいなものかなと、最近そのテの米ドラを見ながら思いました。

・・・・と、自意識過剰はこれくらいにして。
jinyuさんはほんと、僕がフワフワ空飛んでるところをむんずと掴んで定期的に地上に下ろしてくれる有能な秘書ですね。(笑)

おおお!!

楊過さん、滅茶苦茶やる気出てるじゃないっすか~。ファンとして嬉しい限りです(^.^)

そうそう、楊過さんの記事の面白さは、ほぼ原作のみを資料に語っているにも関わらず「当て推量」にならず、きちんと「推理」になってるところ、ですかね。それとも楊過さんの文章力に騙されてるのか??(笑)

神雕と射雕の調停役を担ってくださるとのことで、嬉しい限りです。
中国に限らず、日本でもアンチ神雕な射雕ファンは多いですからねえ。
「あえて言うなら神雕が悪い」というのは、私もものすごく分かりますよ。だってあれじゃ確かに、射雕ファンは浮かばれない……。

>3.東邪・西毒・南帝・北乞(+中神通)の四方位(人)が象徴する、中国的道徳/価値観の”曼荼羅”ストーリー

ああ、これは本当に鋭い。私、あの「五絶」の発想が陰陽五行かと思ってたんですよ。でも仏教徒の金庸なら、曼荼羅をイメージするはず。

……なんだか私、探偵の補助役になった気分です(笑)

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