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古龍に苦戦中 

シリーズ格闘描写論

いやあ、古龍難しい。
ほとんど”核”のみで出来あがっているような人なので、「格闘描写」について書いているつもりが気が付くとどうしても「作品論」そのものに拡大して行ってしまって、収拾がつかなくなるんですよね。(前回もちょっと筆が滑ってます。)

その点金庸はいいです。枝葉は枝葉で茂り放題で、簡単に摘み取れる(笑)。・・・・ていうか、ほとんど”核”がないようにすら見えるところのある人ですよね。

そんなことはないんだろうとは思いますが。しかるべき舞台が整わないと本気を出さないだけで。手続きで処理出来てしまうものはそれで処理する、”核”の出番がないならそれはそういうことで、無理に燃えたりはしない。
多少単に腰が重いというか、本気の出し方が分からないような体質的なところも感じなくはないですが。


ただ古龍もですね、改めて読んでいると”核”に見えたのが実は”皮膜”?、”幹”と見せて単なる太目の”枝”?みたいなところも見えて来たり。
”核”が剥き出しになっているというよりも、”核”と”皮膜”の区別のない、金庸とは別の意味で形式的なスタイルなのかなとか思えて来て。

俺騙されてた?あんないかにも素直ないい人に?、みたいな。(笑)
何とか意地でさっさと蹴りつけたいですが。


以上泣き言でした。頑張ります。


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