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武侠小説とは/定義 

基礎知識編の1。


”武侠小説”とは

”武”術を身につけたor”武”芸で身を立てている”侠”客(大義・正義や友情・同情心を優先的な行動原理として、自己犠牲を厭わず生きる人)たちの活躍を描く小説。
中国語圏における広い意味での歴史小説の1ジャンルで、かの『水滸伝』あたりを源流とし、近代においては古派:1920?30年代、新派:1950年代?現在と二度の隆盛期を持つ。金庸は新派の第一人者である。
(武侠小説Wiki)


”侠客”について

基本的には精神のありよう、そういう心意気を持った人への尊称であり、特定の職業を指すわけではなくまた必ずしも武術・武芸が出来るわけではない。”武”と”侠”は元来は別の概念。
例えば日本史の例で言えば、「死罪の運命を承知しながら、困窮する農民の為に百姓一揆の先頭に立つ庄屋や名主」などは、武芸は出来なくとも立派な”侠客”と呼ばれる資格があるでしょう。

同じく日本の例で言うと、”侠”の字ですぐ思い浮かべるだろう”任侠”の徒も、「弱きを助け強きを挫く」(そして素人衆には迷惑をかけない)という矜持を保っていた古き良き時代ならば、”侠客”の名に値したかもしれません。あるいは「富者から奪い貧者に施す」”義賊”の類も、もし実在したならこのカテゴリーの一端を担わせてもいいかもしれません。

武侠小説内の実際の用法としては、必ずしもこういう目立った壮挙をやらなくても、義に厚いという定評のある名の通った武芸者なら、おおむね”侠客”として扱われるようです。


”江湖”と”武林”

”特定の職業を指すわけではな”いと言いましたが、一方ではっきりした社会階層的な特徴もあります。それは
(1)非官吏、反政府の民間人である。(例外もある)
(2)たいていは武術の一門か互助的な結社か、そうでなければ職業的用心棒組織に属している。(”義賊”行為自体は肯定されるが、職業としてはやはり公には認められない。)

(1)は一つには伝統的に中国は汚職大国であり、役人は悪とほとんど決まっているから。
そしてまた(金庸作品における)基本となる侠客たちの最も主要な”義”のテーマが、元・清両異民族王朝を筆頭とする時の抑圧的な/腐敗した王朝に抵抗することに置かれているから。

こうした民間の武芸者・侠客たちの織り成す生活世界をまとめて”江湖”と呼び、その中の特に武術各派(”少林派”などが筆頭)が構成する武術に特化した部分を”武林”と言う。

・・・・ただしこうした人たちの生活実態が細かく描かれることは稀で、何して暮らしてるのか謎な人が多いです(笑)。そこらへんは問わないという、ジャンルの約束事。
(ちなみにちょいちょい出て来る「元手いらずの商売」とはずばりド○ボーのこと(笑))


[参考文献]

武侠小説の巨人 金庸の世界 武侠小説の巨人 金庸の世界
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