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田中達也のプレイスタイル 

全北戦の達也。
かなり外しましたが、得点場面のスパッと一閃居合抜きはやはり見事というか、今ほとんど日本で彼にしか出来ない”芸”というか。

今季途中(6月A3)の復帰以来、基本的に’03?’04アテネ最終予選前後あたりのプレーを”ピーク”として、それとの比較、それへの回復途上という観点で田中達也を見て、注文などもつけて来たわけですが。
なんか違うのかもなと。あれから更に”変態”中で、別のプレイヤーになりつつあるのかもしれないなと、ちょっと思い始めています。


まず僕の認識する田中達也のプレイスタイルの変遷はこう。

1.帝京高時代

ドリブルからのスルーパスを得意とする「トップ下」「司令塔」で、言わば前園的なイメージ。

2.レッズ時代?(’01?’03途中)

縦に速いレッズのスタイルに合わせて、より「ドリブラー」「スピードFW」的側面に特化して、ウィングプレイなどのチャンスメイクやカウンターの先陣役として活躍。

3.レッズ時代?(’03途中?’04アテネ五輪?)

持ち前のドリブルスキルと超絶アジリティを、”ゴール””シュート”の1点から逆算的に駆使して爆発させる、「ストライカー」「点取り屋」スタイルへ変貌。

4.レッズ時代??(?’05.10右足脱臼骨折?’06後半復帰/再手術?現在)


問題はこの”4”なわけですが、『”3”への回復過程』ではなく、新たな脱皮、「ストライカー」スタイルの更なる厳格なシンプル化の途中なのかもしれないと、それが今感じていることです。



これには参考例があって、それがかの現在日本No.1FWの、高原直泰
こちらもプレイスタイルの変遷を、やや端折りつつ。

1.ジュビロ時代?(?’99ナイジェリアWY,’00シドニー五輪,アジア杯?)

早くから柳沢の後を追うフルタスクの現代的FWとして嘱望されていたが、’99WYでは、目立ったスピードやスキルはないものの独特の間合いの勘や要領の良さで密集を巧みに泳ぐストライカーとしての性能の高さで、まず注目を引く。(僕の・笑)
その後はポストや動きの質でチーム戦術を支える働きをメインとしつつ、そこそこ点も取るバランス型FWという感じで推移。

2.ボカ移籍?ジュビロ時代?(’01.8月?’03ハンブルガーSV移籍まで)

ボカでの経験・トレーニングと恐らくは成長期とが重なって、パワーとスピードが目に見えてアップする。そしてそれを基に高速切り返しの連発でDFをぶっち切って真っ直ぐゴールに向かう、ある種力ずくのスタイルに変化し、ゴン中山とのコンビでJで得点を量産する。(’02得点王)

3.ハンブルガーSV?フランクフルト(’03?現在)

Jでは猛威を振るった高原のパワー・スピード、ドリブルはブンデス&世界水準ではそのままでは通用せず、脇役やベンチ、あるいはMFなどに追いやられることが多くなる。
また同様に「DFを抜き切る」ことを前提にしたJでの高原の”得点力”も従って用をなさず、徐々に点を取るための”瞬間”や”ピンポイント”の動きを学習し、遂に昨年フランクフルトでシーズン17得点を挙げる活躍で、ヨーロッパレベルで1人前の「ストライカー」「FW」としての評価を得る。


・・・・簡単に言いますとですね、田中達也のレッズ時代?と高原のジュビロ時代?を重ねて見ている、そして高原が去年果たした純性ストライカーとしての脱皮を、田中達也はこれから行なおうとしているのではないかということですね。
ドリブル/テクニックの言わば「応用」、カスタマイズとしての得点ではなく、よりゴール/シュートの為のミニマムで極限的にシンプルなプレー。動きは小さければ小さいほどいい。極端に言えばそれと分かる”ドリブル”なんて、しないですめばそれに越したことはないという感じ。

まあ上にあるように、僕の見るところでは出発点として高原はより「ストライカー」であり、田中達也は「ドリブラー」(orMF)であるので、多少ニュアンスは違って来るとは思いますが。
とにかくここのところ僕が田中達也に対して苦言を呈した来た、”タイミングの幅が狭い””急ぎ過ぎる”というような特徴は、その変貌の過程の産みの苦しみか、あるいは一瞬とボックスオンリーのプレイヤーが、守備範囲外のプレーをしている時の覚束なさと、そういう見方をした方がいいのかもなという。

今後田中達也はより刹那と近距離に生きます戦士Lv.4からクラスチェンジして今忍者Lv.2くらいです。マスターになるまで少々お待ち下さい。(?)


特に確証とか言質とかはありませんが、それこそ高原などを見ててもあるレベルを越えて専門職として”FW”をやっていくというのは大変なことで、真面目に考えて突き詰めれば突き詰めて行くほど余計な要素は削ぎ落とされざるを得ないというか、ある意味誰でも同じ道を辿るというか。そういうことはあるだろうなという。
それとやはり度重なる故障の不安が、(ドリブルなどの)大風呂敷を広げるような隙の多いプレーを忌避させ、最低限のプレーのやり逃げを体に命じるとかそういうこともあるかも。

ま、あくまで一つのヴィジョンですけど。可能性というか。


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