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郭靖・楊康の”合わせ鏡”と『射英雄伝』(1) 

射雕英雄伝―金庸武侠小説集 (2) 射雕英雄伝―金庸武侠小説集 (2)
金 海南、岡崎 由美 他 (2005/07)
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2.郭靖と楊康の”合わせ鏡”キャラの相克ストーリー編 達成度70%


”金庸キャラ萌え禁止”説?

いや、萌えますよ、萌えますけどね。(笑)
基本的には萌えるか萌えないかは読者の勝手でもあるわけですし。

ただどんなに萌えキャラが大集合していたとしても、本質的に金庸作品は”キャラ小説”ではないと思います。それは同じく榎木津やら中禅寺やらの、立ちまくったキャラの活躍する例の京極堂シリーズ
邪魅の雫 邪魅の雫
京極 夏彦 (2006/09/27)
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が、それでも”キャラ小説”ではない、少なくともそれは作者(この場合は京極夏彦)にとって不本意であるだろうというのと同じように。

同系で比較して言うと例えば古龍(武侠)や島田荘司の御手洗シリーズ(名探偵もの本格ミステリ)などなら、かなりの部分”キャラ小説”といってもいいところがあるんじゃないかと思います。
それらの登場人物たちは、言わば一人の人間として作者に興味を持たれている、愛されている。彼らの心の内を覗いて彼らの生き様を辿ることは、ほぼ作品自体と等価の重みを持っている。ライティングプランはライティングプランとして。

それに対して金庸や京極の場合は、キャラはあくまでキャラである。彼らは作者が指すチェスの駒であり、彼らの「個性」も「人間性」も、ゲーム全体を構成するルールの1つとして付与されているものに過ぎない。そうして出来た”駒”に愛着や好み、使い易さなどが生じることは当然あるでしょうが、だからと言って象牙の駒が突然血肉を伴った人間になったりはしない。駒のためにゲームを作ったり変えたりはしない。

半ば行き当たりばったりで二転三転する長期連載の週刊漫画などに慣れた僕たちにとっては、ある意味キャラが全てであり、「キャラが勝手に動き出す」というようなことはむしろその作品の”成功”を意味したりするわけですが、ある種の作家にとってはそうではない。あるいはストーリーそのものやライティングプランはより重要であり、キャラの「個性」やら「人間性」やらは、それらとの比較的厳格な関係において初めて決まり、意味を持つ。

・・・・勿論全ては相対的な話ですが。金庸は金庸なりに「キャラを重視している」とも発言していますし。ただ逆に”重視”してこれかよとも僕などは思うわけで。
結局は資質の問題で、逆にキャラに溺れ(られ)る人は構成や全体像が甘くなる傾向があるのも常なわけですね。どんなに暴れさせてもどこかちんまり収まる、ある程度以上には踏み込まない。金庸の場合は。

(2)へつづく。



補足:”%”の意味

うっかり書き忘れてたのでここで。(2/26)

1.少年郭靖の”成長”ストーリー
の達成度が”90%”だというのは、これだけイチャモンつけといてどうしてという感じかもしれませんが、ともかく作品内の企画としてはきっちりたっぷり展開されているのでという、言わば客観的な評価です。僕の個人的こだわりではなく。
”90%”の読者は満足しているだろうという意味でもあるかもしれません。(笑)

2.郭靖と楊康の”合わせ鏡”キャラの相克ストーリーの達成度が”70%、3.価値観の曼荼羅ストーリーが同じく”50%”であるというのも同様の基準の評価です。


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コメント

なんか

割りと僕の韜晦や自虐を真に受けて気を使って頂いているフシがありますが(笑)、そんなかわいいタマじゃなくてむしろ(金庸さんじゃないですが)「基本パーソナリティ”中東邪”」みたいな感じのヒトなので、遠慮せず突っ込んで下さい。逆に婿が愚図だと怒り出すかもしれません。(笑)
例えば「ほぼ」の”同意”じゃない部分は何なのかとか。

・・・・ところであちらがコメント受け付けてないみたいなのでこっちで聞きますが、いつも出て来る『金庸茶舘』というのはヤフーグループのMLということでいいんですかね。ググっても珍しいくらいに出て来なかったので。

ほぼ同意。

どもども^^
あんまり余計なことを書いて楊過さんの思考の妨げになりたくないので、前回は発言を控えさせていただきましたが。。。今回はちょっとだけ感想をば。
これまで金庸自身のキャラクターに関する発言をいろいろと読んで参りましたが、それらの発言はほぼ楊過さんの意見を肯定していると言っていいと思います。彼の書く人物は全て、ストーリーのために作られたピースの一つに過ぎない、と私も感じてます。
前に古龍が金庸作品について語った文章を読んだことがありますが、見事に「キャラクターへの思い入れ」しか語っていない。従って古龍自身も「キャラ萌え派」なんじゃないかと私は思ってます(笑)

いや~、ますます面白くなってきましたねえ。ここからどうまとめに入るのか、期待してます!!

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