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『飛狐』シリーズ&『越女剣』の評判 

レッズが休みの内に『倚天屠龍記』までやってしまう予定だったんですが、時間が取れないのようなのでこれでお茶濁しを。

まず『飛狐』シリーズ。
比較的マイナーな作品なので、検索してもあまりヒットはしないんですが。
その中で今回新しく見つけたサイトさんはこちら。

IPPO’s Diary Page さん(『飛狐外伝』)

いつも通りの金で元気ではっちゃけてて楽しかったです。
ですが、ちょっと散文かな? 外伝という枠が苦しかったのかなとか。

「いつも通り」でありまた「散文」(散漫、淡白)であるというのが、僕と近い印象なのかなと。

次は常連(?)さん。

まお飯店 さん(『飛狐外伝』)

袁紫衣って性格掴みにくいタイプです。正体を現してからは別人みたいです。

いや、同感です。ある意味『雪山飛狐』のラストよりいい加減な感じがしました。(笑)
本気で造型してないんじゃないかという。



続いて更にマイナー『越女剣』・・・・のはずなんですが、あれ?意外にヒットするぞ。しかも妙に評判がいい(笑)。ううむ。

特にどれがとかどこがというんではないんですが、一応挙げておきますか。

とにかく、切ない?!(武侠好きの不器用日記 さん)
どれも傑作(『「身寸周鳥」三部作』他金庸武侠小説を読んで さん)

特に・・・・というのは要するに「普通の」感想だからですね。「普通に」書いてあることを素直に読んでいる。言い換えれば他の金庸作品との隔てなく僕とは違って。(笑)
これは『越女剣』の読み方としてどうというよりは、要は金庸作品全体の読み方がそうなわけでしょうねこういうタイプの人たちは。だから『越女』も同じように読める。

「こう」とか「そう」だけじゃあんまりなので(笑)自分の『越女剣』評を引いて言いますと、つまりあそこで僕は、「中国と西洋、非近代と近代の隠れたコントラストが作る立体感が金庸の金庸たる部分だ」と言っているわけです。そこからすると『越女剣』は、それが不十分で平面的であると、金庸になり切っていないと。
しかし最初から平面で見ていれば、どの作品も違いはない、直接書かれている目に見えることだけで済むわけで、殊更『越女剣』が特殊ということにはならないという。

勿論僕派(?)っぽい人もいなくはないです。まあ何となく「踏み絵」的な作品かなという。『越女剣』を他の作品と同列に読めるかどうかによって、その人の金庸の捉え方が分かるという。

こういうのは分かりますけどね。

これは、面白い。(sscさんの書評)

つまりこういう初めて金庸を読んだ人なら、こういう感想は当然です。”書いてあること”はそれなわけですから。その意味では的確で率直な読みだと思います。
エッセンスはこれです。ただしそれだけでは醍醐味には足りない。


・・・・なんか凄くグチグチ言う嫌な奴のようですが(笑)、それもこれも、”本物の”金庸作品、特にいくつかの複雑な構造の作品に対する敬意ゆえです。埋もれさせない為の差別化です。
甘いと辛い以外にも、旨いがあるんだぞという。(笑)


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