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それはそうと 

全国ウン十万(いるかな)の酒見賢一「陋巷に在り」

陋巷に在り〈1〉儒の巻 (新潮文庫) 陋巷に在り〈1〉儒の巻 (新潮文庫)
酒見 賢一 (1996/03)
新潮社

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ファンの諸君、あんな終わり方を許していいんですか?ようやく孔子の『狂』に対する『狷』という顔回のアイデンティティの輪郭が明らかになって、世界における”無為”の意味に対する具体的なアプローチが可能な状態になったというのに。
三一の回心の行方は?いよいよ女になろうとしている予の媚女としての素質はどういう方向に花開くのかなど、どう考えてもこれからの話だと思うんですが。

タイトルが何だ、そんなもんは”心はいつも「陋巷に在り」”と言えば済むことじゃないか(作者の声参照)。終わるということだけでも十分ショックなのに。おととい図書館で借りて読んで、昨日一日ヘコんでました。もう顔回に会えないなんて・・・・。ウルフガイ犬神明も現象学探偵矢吹駆も吹っ飛ばして、恐らく僕の読書史上最も好きなキャラでした。瞬発力だけなら”ザ・探偵”榎木津礼二郎という対抗馬もいるにはいますが、リアルに関心あるので、顔回の生き様には。

いやあホントに。何というか僕がもし書けるものなら書きたいタイプの小説No.1なんですよね、「陋巷に在り」は。哲学的テーマを小説的想像力にしか出来ないアプローチで追求し切る。
例えばかの京極夏彦の中禅寺シリーズはいかにもよく書けていて楽しいし、勉強になるし、一見深遠でもあるんですが、実際にはどこかで見たような内容のパッチワーク、見ようによっては単なる現代哲学諸思想解説小説で、元ネタたちを全く越えていない。言わば文学を哲学に従属させているような結構いびつというか矮小なところのある作品だと思うんですよね僕に言わせると。勿論あれはあれで好きですが。

はあ。何か逆に本が読みたくて仕方が無くなってきましたが。


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