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よく見ると 

永井がなんか面白いこと言っているような。

【FCWC エトワール・サヘル vs 浦和】試合終了後の永井雄一郎選手(浦和)コメント [ J's GOAL ]

ただしっかり守って攻めるという形はできた。
去年は前から前からという形だったが今年は、引いて守るということが徹底できた。
ミラン戦も前半まではいい形で守れていたと思う。


ちょっと文脈的に唐突な感じもするので、ひょっとしたら誤解か深読みになっている可能性もあるかも知れませんが、素直に読めば永井の認識では「去年」=’06年『前から前から』というサッカーをやっていて、『引いて守る』『しっかり守って攻める』というサッカーを覚えたのは「今年」=’07年からだということになっているんですかね。

だとすれば非常に同意できる部分があります。
僕自身、’06年のレッズは別に”リアクション”スタイルをあえてとっていたわけではない、あるいは攻め達磨だった前半と省エネサッカーだった後半と、本質的な違いは実は無いということを、去年の総括として書きました
後によく使った言い方としては、”ギア”が違うだけだと。あるいは同じ”ポゼッション”の積極性が違っただけだというか。

そこまで言えるかどうかは疑問のところもありますが、『引いて守る』スタイルという意識、あるいは特別なスタイル意識はなかっただろうとは思います。


それが監督が代わったどさくさで、あるいは代わった監督が要するに他サポ等の外野と同じ立ち位置で”リアクション”だと追認してしまった、複雑な内実がラベリングされてしまった。・・・・それ自体は致し方ないところがあると思いますが。

で、その認識を前提として、逆側に「ポゼッション」や「プレッシング」が旗として掲げられた。
そして(元々普通にやってもいたが)改めて”スタイル”として言挙げされたそれらが、体力的戦術的理由で中途で放り出された時に、残されたもの、もう一回逆側にあるものとして「リアクション」が認識され、選択された。
そしてレッズは”そういう”チームとなり、その繰り返しの中で勝ち点を拾いつつ、しかし一方でジリ貧化、あるいはリアクションと極端な前がかりの中間がごそっと抜けた不安定な状態になった。・・・・・と、僕は認識しているわけですが。


まあ上の永井の発言自体は、要するに「引いて守ることを覚えられて良かった」と言っているわけでしょうけどね。だからミランにも対抗出来たと。
どうなんでしょう、’06年のチームが当たったらどうなっていたのか。さすがに記憶も遠くなってますし、正直僕も良く分かりません。物差しもないし。対ミランの安全性ということなら、確かに今年の守り慣れは役に立ったということはあると思います。ただ基本的な中盤力が低くなっているのも確かで、そういう意味で’06年のチームにも、別な形の守りの強さが期待出来たかもしれない。

攻められたのかどうか、は、それこそ分からない。日本代表がイタリア代表に攻められる程度には攻められたかも、とか誤魔化しておきますか(笑)。プラスするところのポンテとワシントンの個力。
まあぶつけてみたかったのは確かですね。プレッシングとパスサッカーの淀みない融合度という意味では、間違い無く日本人ベースでの最高峰の一つだったと思いますし。特に激しく攻めながらのあの安定感というのは、独特のものでした。

とにかく永井的な認識だと、むしろ「いかにカウンターの精度を高めるか」が次の課題ということになりそうですが。ただし、永井は監督じゃない(笑)ので、実際は分かりません。


というわけで別に結論は出ませんが、今のレッズのように「作った」というより「出来た」「なった」面の強いチームにおいて、個々の選手がどのようにチームを認識しているかというのは、かなり興味深いところで。


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コメント

無策というよりも、

”空策”という感じかと。(笑)
あることはあるけど中身が空っぽ。

どのみち「戦術」とは言っても、例えばイタリア系やらオランダ系やらのように、初めに戦術ありきの、あるいは凝りに凝った狙いに狙った、鬼面人を驚かすタイプの(笑)そういうものではなくて、選手個々の力を引き出す為の必要十分な秩序くらいの感じだとは思うんですよ、ドイツ系のは。これはギドもオジェックも含めて。
前回監督時のオジェックの、3-5-2カウンター・サッカーなんかも正にそういう感じでしたし。

ただ今回は割りと「オレが”欧州トップモード”を注入してやる」的なそういう勢いでやって来たところが多分にあるので、そういう意味で厳しく見られざるを得ないというのと、外れた時のナッシングぶりが極端だというのと。

(基本的な質問の趣旨だろう)永井発言が言う「今季の学習」というのは、要するに結果論というか、現象の追随という以上のものではないと思いますけどね。
そういう風に言えばまあそうかなという。

素人のわたしは

オジェックは戦術が無い・無策 と信じきっていたのですが、本当のところはどうなんでしょう?ワシントンにぼろくそに言われても一切反論しない監督ですから、もしかしたら密かに実行しているのでしょうか?素人目には分かりづらいですが

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