スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『天龍八部』の評判 

再読終わったし書きたいこともちゃんとあるんですが、今いちエンジンがかからないのでまたこっちを先に。ダルいんですよねちょっと、これ。
それにしてもググってもほとんどがドラマ版の話で、そんなにみんなNECOチャンネルなんて見る環境あるのかなという。(笑)
まあ割りとローカルのケーブルで入ってるという話は聞きますが。


『天龍八部内容紹介』 (「金庸ロードショー」さん)

この作品、個人的にそれなりに面白かったのだが、後で考えてみると、壮大なスケールの物語のわりには、ストーリーのどこに焦点を置けばよいのかとなると、「?」である。キャラクターを楽しむという点では面白いが、ストーリーはいまいちよくわからない。勧善懲悪という概念もこのストーリーではかなり薄い。最後は一体何が悪なのかわからなくなるのも特徴だろう。一応、喬峰?遼、段誉?大理、慕容復?燕というお国の事情を抱えるストーリーなのだが、この小説は、それぞれの生き様を書いた物語だと思う。


共通して戸惑い気味の感想の多い作品で、代表的にはこういう感じ。
特に価値観的なまとめ方が難しい(”勧善懲悪という概念もこのストーリーではかなり薄い”)のは、結局は仏教的色彩が意識的に強いということだと思いますが、じゃあ分からない読者が無知かというとそんなこともなくて、はっきり言って分かるようには書かれていないと思います。


たぶん、この『天龍八部』は金庸小説の応用編のような感じだと思う。金庸小説に慣れた人にとっては面白いかもしれないが、他の作品を知らない初心者にとっては、なんだこれは?と思わせるような要素もあるのではないか?


僕が一種の集大成だと位置付けたのも、だいたいそんな感じです。


『天龍八部2』 (「ダイエットに挫折して飲んだくれる俺。」さん)

読み終えてみて、この物語のテーマを考えてみるに、全ては因果の流れの中に・・って事だったのかな、と。民族の対立もそうだし、登場人物全てが自分の意思とは関係なく因果の流れの中で彷徨ったりあがいたり、そして最終的にそれを断ち切れた者、断ち切れなかった者がどうなって行くのか、という物語でした。


その「価値観」や「仏教」の問題を、”予備知識”ではなくて、”書いてあること”から精一杯に読んだ、ちょっと偉そうな言い方かも知れませんが(笑)とても「誠実な」読解だと思います。
いや、なんか凄く正しい読み方だなと。ま、いいですけと。(笑)
で、実際そういう内容なんだろうと思います。分かり難いですが。


『金庸の世界・天龍八部』 (「風街浪漫」さん)

そして最後に、虚竹、段誉にまで出生の秘密があったのだが、これまた驚愕せざるを得ないほどに稚拙な内容となっていることである。

単行本の帯には、『金庸文学の最高峰!』とうたってはいるものの、私には人間関係を極端に狭めたことで、壮大な失敗作に終わってしまったと思えて仕方がないのである。


よりストレートな悪評。(笑)
「内容」はともかくとして、まとめ方が雑過ぎると感じるのは確かですね。作者自身、感情移入追いついてないだろ、という。正直終盤は不愉快な箇所が少なからず。食えるか、こんな冷えた肉。
意図的に(感情移入を)排した、あえて(仏教的に)非情に書いたというところはあると思うんですが、それを加味しても、小説として上手くいっていないという印象は変わらないです。


おまけ。

『天龍八部(全5巻)』 (「まお飯店」さん)

蕭峰が死んだ後、「降龍十八掌」と「打狗棒法」が後世(射雕時代)に伝わってるというのが少し不思議です。


・・・・はっ?!そう言えば。(笑)
理屈だけなら、慕容の連中が伝えてくれそうですけどね。(笑)


さあて、年明ける前に書けるかな。


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kinyo.blog66.fc2.com/tb.php/261-d4fb5ba0

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。