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『射英雄伝』の評判(サイト編) 

ちなみに順番はGoogle検索順位によります。結構深い方に面白いものが眠っていて、どうもあんまり横の連絡が出来ていないジャンルみたいだなとか思いましたが。


『射英雄伝』の登場人物について 浪里白跳(《Tian Liang》 第94号)

どの登場人物もその個性を際立たせている性格のため、何らかの暗い過去がある。そのきっかけとなったのは、生活の中でごく当たり前に起こる些細な感情に端を発することばかりで、登場人物の多さから、まさに機微の幕の内弁当とでも言うべき、一つの作品の中に多くの種類の機微がちりばめられている。


そうですね。ここらへんはまあ金庸の人物造型の計画性というか、僕の言う「チェスの駒」性というか、基本的にそれぞれの差異を総覧するように、見比べてナンボみたいな描き方ですよね。単品ではなく。(つまり幕の内)

楊康を正義の侠客へと変身させることができなかった訳は富貴を捨て去ることができなかったこともあるが、最大の理由は18年間自らを息子として育ててくれた金の皇太子・完顔洪烈を裏切ることができなかったことであろう。18年間自分の事を育ててくれた父を「自らの民族を滅ぼそうとする民族の仇だ。そして、見ず知らずの男が、実はお前の父親だ。だから、育ててくれた親を殺せ」と言われて納得できるだろうか


もう少し楊康に比重を置いた描き方をすれば、だいぶ全体の印象は変わったでしょうね。単なる使い捨ての仇役に見えてしまうところがちょっと。そっちの部分を追求した次作『神』によって、『射』そのものも救われたのではないかとか思いますが。


射雕英雄伝(全4巻)(まお飯店 さん)

こちらの楊康評はしごくあっさりしています。(笑)

金国の王子完顔洪烈に育てられ富に目がくらみ周囲の期待を裏切り続ける


中国語原典で読んでいる方のようで、「文章も王度盧より昔風で少し硬いかな」などという記述もあり、何となくここらへんが中国(語)人読者の平均的な感じ方なのかなとか思いました。


射英雄伝:読了(夢の記録 さん)

ひさしぶりの金庸、しかし中身はキャラクター小説だった。主人公もヘタレで場の雰囲気に流されやすいダメ人間、まあラブコメなのでしかたない


こう考えてしまえば単純でいいですね。(笑)
ちなみにここで「キャラクター小説」と言っているのばあくまで「武侠小説」との対比なので、僕の(キャラ小説ではないという)論とは直接の関係はないと思います。

トリックスターの周伯通が便利になりすぎたせいでバランスが崩れたような気がする。


実はこういう部分はあると思いますね。『神』も含めて。老頑童だからいいかと許されてますが。
ついでに洪七公も頼れるオジサン過ぎますね。逆に欧陽鋒の悪に救われるというか。
しかしこの人、一般的にはちょっと浮いたというかマイナーなエピである「段皇帝のくだりなんかは良い」とわざわざ挙げるとは、どんだけ陰惨ドロドロが好きなのか(笑)。”金庸”読みというよりは”武侠”読みという感じなんでしょうね。


射英雄伝 全5巻(たくせんの小部屋 さん)

中国文化全般の研究サイトの人。「以下はDVDを見て書いた」というあらすじによると

中国人にとって射英雄といえばチンギスハーンをさす。この物語はチンギスハーンに見込まれた郭靖の物語である。


さらっと核心的な記述が。やはりそうだろうと思います。金海南の解説は少々独善的。
僕は割りと”皮肉”というニュアンスで見ていましたが、こういう風に(郭靖も含めた)「剛毅朴訥なチンギスハーン的な”英雄”の物語」とまずは読むべきなのかも。その後でそれに対する反省、相対化というそういうバランス。文脈。


と、収まったところで、次にこの「射英雄」問題、「共産党批判」問題をまとめてあるところを。


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