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17.過去の不確定性(1) ?「行為」と「記述」 

金庸の次の本が借りられないので、氷結コンテンツ化していた「多重人格」部門を解凍。

イアン・ハッキング『記憶を書きかえる』要約の続き。

記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム
(1998/04)
イアン ハッキング

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なんと前回は’06.10.24で、前の内容など誰も覚えてないでしょうが、基本的に1章ごとに把握出来る本なので、まあ読めばだいたい分かるかなと。
初見の人は、一応「はじめに」だけ目を通していただくといいと思います。


(テーマ)

ほとんど文法に近いものを哲学的に分析することは、記憶と多重人格の問題にとって手助けになるかもしれない。


私が述べたいのは、過去の人間の行為の不確定性である。
この場合、不確定なのは、われわれの行為に関する何事かであって、その行為に対するわれわれの記憶ではない。



「行為」と「記述」

意図的な行為とは、「ある記述の下」でなされる行為である。


「記述」・・・・物理的動作そのものとは別の、(行為の)描写や意味付け。例えば『殺す』という概念があるから『殺人』が出来る。そして『殺意』も持つことが出来る。


新しい記述が利用できるようになり、それが広まったとき、または、それについて発言したり、考えたりしてもかまわないような事柄になるとき、わざわざ選んで行えるような新しい物事が生まれるのである。


多重人格は、不幸な個人になるための新しい方法を供給した。


以下、実例。



「人格」の「交代」

新しい術語が、日常英語の一部になったとまではいかないにせよ、多重人格に関心を持つ人にとってなじみ深いものになった。
「交代(スイッチ)」「交代人格」「人格断片」「出てくる」「別の場所へ行く」、さらには一人称複数の「われわれ」という使い方もそうである。百年前には、”第二状態”など、もっとわずかな表現しかなかった。


(そうした)新しい記述のための語彙が、存在と行為のための新しい選択肢を供給したのである。
気分の揺れの代わりに、もっと特定性の高い行動、例えば迫害者の交代人格に交代するという行動を、個人が取れるようになった。


私は、これらの言葉が利用できるようになる前には、二重人格者は交代できなかったとか、交代人格が出てくることができなかったなどと、言っているわけではない。
メアリー・レイノルズは交代した。彼女の快活な交代人格が出てきた。(中略)
しかし、一八一六年の時点で、その快活な交代人格が、意図的に出てくることができたか、つまり、それが出てくることを選べたかについては、はっきりしない。


多重人格に関する新しい言語と概念が使われるようになるまで、これは、人格断片が、意図的な行為として取り得る選択肢ではなかった。



「幼児虐待」という概念

(増加)

「幼児虐待」という記述に含まれる行為の多様性は、過去三十年の間に過激に拡大した。これまではほとんど気付かれないまま通ってきたような、いくつかのタイプの行動が、虐待とみなされるようになった。
虐待となり得るような新しい方法が発生したのだ。(中略)露骨な虐待を行えなかった大人たちは、いまや、自分でも虐待とみなし得る行為を実行できる。


ひとたび、多くの事柄が「幼児虐待」という大きな意味論上の見出しの下にまとめられて、何らかの障壁が取り払われてしまったならば、これまでは拒絶されてきた行動に対する禁止が、やや緩和されるかもしれない。
幼児虐待の増加の一因が、宣伝にあるという可能性を否定するわけにはいかない。


(再定義)

それ(父親のある行為が「虐待」かどうか)以上に難しい問題は、今日の大人の女性の事例、つまり、自分が子供だったときにはこれらの(「幼児虐待」という)記述を持っていなかったのに、大人になってから自分の過去に注目して、現在の考え方なら、そうした記述の下に置かれるエピソードを思い出しているような事例である。
(中略)
彼女が子供のときには、彼女も、彼女の周囲の大人も、何が起きていたかについて、今日の五歳児が概念化するようには、十分に概念化できなかったのである。


(再)「行為」と「記述」

すべての意図的な行為は、ある記述の下の行為だ(中略)
もし、古い時代のことで、記述が存在しなかったり、利用できなかった場合、当時、人は、その記述の下で意図的に行為をなすことはできなかったのだ。


・・・・つまり著者は(例えば『幼児虐待』のような)現代に発達した概念を、過去の行為に遡って適用することに基本的に反対である。


過去の「多重人格」者

1855年の主婦ダフネ(とその「交代人格」エスター)

もし彼女が多重人格者だったならば、多重性についてのすべての言語は、過去にさかのぼって彼女に適用可能ということになるではないか?それは違う
例えば、私が述べた(↑”「人格」の「交代」”の項)ように、一九八〇年代であれば、エスターはダフネから最高統制権を奪いながら、ある特定の機会に出てくることを選んだだろう。しかし、これは一八五五年の「エスター」にとっては、まったくできない相談だった


・・・・意図的に「交代」出来たか。


1921年のバーニス・R(とその「交代人格」ポリー)

もしバーニスが一九九一年に、多重人格および解離の専門のクリニックで治療を受けていたならば、彼女がかなりの数の交代人格を発達させていた可能性は高いと思う。(中略)しかし、歴史上の存在であるバーニスに対して、ある種の治療の下で彼女が(たぶん)発達させていたであろう人格構造を投影することは、間違いだと私は信じる。
(中略)
バーニスがセラピーを始めた一九二一年、彼女が、二つか三つ以上の交代人格を備えた人格構造を持っていたというのは、正しくない。確かなのは一九二一年九月に、彼女は少なくとも一つの交代人格、すなわちポリーを持っていたということだけである。


・・・・「多重」人格になれたか。


(2)につづく。


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