スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

神戸?浦和(’08) 

平川?。あわわ。お大事に。

J1第10節 浦和 △1?1△ 神戸(ホームズスタジアム)

うっすらと、先が見えたような気もしたんですが。


立ち上がりは悪くなかったですよね。特に雰囲気は。
前から活発に仕掛けつつ、かつ一定の落ち着き/安心感があった。

これが何を意味しているかというと、前回の自分の言い方に従えば、「日常」を刻む作業が引き続き順調に続いているということで、選手たちがチームを手の中に入れつつあるというか、エンゲルス下のチームバランスを見出しつつあるというか。
個々の事象を越えて何となく「正しさ」が見えているというか、一つ一つのプレーをその「正しさ」の感覚と照らし合わせながら出来るようになっているというか。・・・・個々の事象を”越えて”しまっているので、個々の事象自体は結構だいたいだったりするんですが。(笑)

その”チームバランス”というのを、僕が見て来た狭い狭い範囲の(笑)過去のレッズとの比較で図式化してみると、

’06ギド・レッズ

上り調子の最高の人材たちの溢れんばかりのパワーを、大親分ブッフバルトが締めるところは締めつつ、鷹揚に泳がせる。

’07オジェック・レッズ

チクチク小言は言うけれど有用な示唆はほとんど何も与えてくれないオジェックに、途中で見切りをつけた選手たちが、個々の判断を極大化しながら、円熟期の底力を多少無理やりに搾り出しつつ、時折上の顔色を窺いながら、権限の範囲内で、その場その場を切り抜ける。

’08ゲルト・レッズ

何を言っても「いいよ、好きにやりなさい」とニコニコしている優しい指揮官。その後ででも、「ここはこうしてみたらどうかな?」「○○クンはこういうとここういう風にした方がいいと思うな」とそういうサジェスチョンはあって、じゃあということでみんなとりあえずはそういう風にやってみている。
顔ぶれはそこそこ入れ替わっているけれど、言われていることは「みんなそれぞれにいいコだから仲良くしてね」ということで、新しい選手はそれなりに馴染み、前体制でぎりぎりまで自分を追い込んだ古い選手たちは、多少緩んでいるところもあるけれど、変な緊張は解けてそれぞれに自分を見直しながらやっている感じ。

名付けるとすれば、「父親型」(ギド)、「(無能な)教師型」(オジェック)、「母親型」(エンゲルス)という感じ?(笑)


ママ=エンゲルス型というのは多分、パパ=ブッフバルト型を緩くした、自由裁量の余地を大きくしたようなものとも言えて、ちょっと緩過ぎんじゃねえのとトゥーリオ(とエジミウソン?)以外は思っているかも知れませんが(笑)、その中で徐々に関係性が構築されるにつれてこれはこれでいいか、いっちょ頑張ってママを助けてやるか僕たち男の子だしと、そんな感じでまとまりつつ、ベンチとの力関係(どのくらい当てにするか)が落ち着いて目の前の戦いに集中出来るようになっているかなと。
・・・・あんまり高いレベルの均衡とは思えないですけどね。

この試合の前後で「練習時間が足りない」というエンゲルスの愚痴なども聞こえてきましたが、仮にそれか足りたとして、考えていることが個別のコンビネーションレベルのこと

指揮官は1―1で引き分けた神戸戦から一夜明け、帰京する新幹線内で攻守の修正のためのDVD作製を指示。
(中略)
攻撃では「前の3人の絡んでいる場面とか全体でボールが回っているところ」(高原)が流され、うまくいっている攻撃のイメージを頭に入れさせた。(報知)

でしかないならば、多分今抱かれている不満は根本的には解消されないだろうなと。
メニュー自体は既に示されている。精度や練度が足りないだけということならば。
それで良くなるところも少なからずあるとは思いますが、気が向いた時だけ発動されるプレスとか見ていると、むしろ”強度”が足りないんじゃないかと思ったりしますが。逆に強度が足りないと、自動的に組織化される部分が少ないので、いちいち個別のコンビネーションで対処しなくてはならなくなるというか。

ただそもそもの順番として、グループ/コンビの集合体としてチームを考えている要素が強いのが、エンゲルスなんじゃないかと思います。もしくはドイツ人指導者。(前にもちらっと言いましたね)
そこらへん、日本人サッカーファンは無意識にイタリアorラテンヨーロッパ的な、全体主義的な「組織」「戦術」観をすぐ考える傾向が。やるなら徹底してくれないと落ち着かないというか。(笑)


とにかく「このまま、徐々に」というのがエンゲルスのイメージなんじゃないですかね。
そうしつつ、これまでもやって来た通り、時に応じて刺激策対応策を講じて、そうやってシーズンを乗り越える、そういうチーム像自体には特に欠落は感じていない。
それに物足りなさを感じる選手は少なからずいるかも知れませんが、そこは”ママ”への愛情と(笑)新しい選手(と復帰して来る選手?)のモチベーションのフレッシュさを推進力にしながら、何とかかんとかやっていく内に勝っていく内に、このチームなりの凄みや味が出て来るのかなと。

それでも足りない”芯”は・・・・やっぱりトゥーリオが補うのかなあ、なんだかんだ最後まで、という感じ。
どうもあんまり上手く言えないですが、「緩いギド・レッズ」というイメージと、そのベースが共有され受け入れられる、そのこと自体によって生まれつつある、チームが”前”に進み始めた、不具合はあるにしても”迷い”からは少なくとも抜け出した(”諦めた”という言い方も(笑))、その感じをとりあえずは覚えておこうかなと。

やっぱり名前が大きいだけあって、高原のところで閉塞していた弊害は大きかったんだなあと改めて思いますが。
この日は不調の部類でしょうが、それでもフジテレビ739で見ていた去年のフランクフルトでのプレーから通してみても、こんな楽しそうな高原は久しぶりで。とりあえず動いてはくれますからね、(エジミウソンと)2人とも。


それにしてもゲームメイクが不安定な中、特に左に入った時の平川の調整力は地味に効いていたと思うので、心配だし痛々しいし。ここでちゃっかり定位置に収まる三都主の厚かましさ・・・・と行きたいところですが(笑)、まだなのか。ていうか彼にはむしろボランチやってもらえないかなと、個人的には思っています。

前言撤回を迫るような阿部ちゃんのアクロバティック・シュートでしたが、でもやっぱり「職人の何年に一回の一発」みたいにも見えます(笑)。もっとコンスタントに、「当然」という顔して高難度のプレーを繰り出してもおかしくはない選手のはずなのに、なんかその度アクシデントぽくて。
いや、実際にはそういうキャラの選手だと既に受け入れ済みなんですけど。(笑)


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kinyo.blog66.fc2.com/tb.php/293-cabe98bf

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。