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浦和?川崎F(’08) 

本当は”F”は要らないんですが、どうしてもつけないと落ち着かない”川崎”。

J1第18節 浦和 ●1?3○ 川崎F(埼玉)

別に”V”の方のひがみではありません(笑)。まあフットボールの”F”だということで、許してもらえると。(?)


いきなり雑談のみのオープニングトークですが、今季一巡してかつ念願(でもないけど)の”自分ダービー”も実現して、正直気が抜けているところはあります。一つの時代が終わった?!
・・・・いや、逆だな。エンゲルスの「時代」が終わってくれないから、気でも抜かないととても持ちそうにないという、そっちの方が正確か(笑)。ゴールが見えてれば走るでえ?スタートを切る時もな。でもコースすら分からないのでは、流すなと言うのが無理というもので。

いっそ”止まろう”かとも思いましたが、いきなり週末の鹿島戦が楽しみなので(やるにしてもやられるにしても)、まあやる気に応じて走るという感じで、だらだらやります。
ちなみに金庸関係は、今頃初プレーの、FF9をやり切ったら再開します。しばらく本読む暇すらない。



さてこの試合の印象に残ったこと。

・トゥーリオの攻撃能力

後ろの欠場者続出で久しぶりに最終ラインに戻った闘将(?)さんですが、むしろ機会が限定されることで、いかに別格のものを持っているかということを、震撼と共に再認識させられてしまいました。
田中達也へのスルーパス、ゴール角を直撃したロングシュート、テレビ画面の左外から放たれたスーパーサイドチェンジ、前半の3つはほんと凄かったです。守備とかチーム戦術とかとりあえず置いといて、サッカーファンとして素直に認めなくてはならない、出来れば感動して楽しんだ方がお得な、そういうプレーだったと思います。

・・・・そうですね、緑者として言わせてもらえると(赤でどうだったのかは知りません(笑))、ほとんどエジムンド級ですよ一つ一つのプレーは。あんなレンジの広い、懐の深い攻撃能力を持っている”日本人”選手は、はっきり言っていません。全盛期のヒデが多少近いかというくらいです。

そういうトゥーリオを最終ラインに”閉じ込め”られる、あるいは思う存分”リベロ”をやらせられるチーム(つまりかつてのレッズ!)が最強だと言うのは前提として。
もしトゥーリオが、少なくとも前線からの守備くらいはやるのなら(”やれない”はずはないわけですけど)、トゥーリオをトップ下(等)に置いたシステム、攻撃サッカーというのは、別に笑い話でも急場しのぎでもなくて、普通にありだと思います。

別にエンゲルスがとかレッズでとかそういう限定した話ではなくてね。一般論として。
むしろ・・・・見たいぞ?俺は。本腰入れてやるのなら。
だいたい俺は中盤サッカーなんて嫌いなんだよ。”中盤”なんて一つの概念でしかないだろう。何で真ん中で止まっちゃう?最も端的に「攻撃的」というなら、”なるべく前””なるべく速く”はむしろ当たり前だろう。同じ90分の中で、ゆっくり攻めたら5点しか取れないところを、速く攻めたら50点取れるかも知れないじゃないか(笑)。どっちが発想として「攻撃的」かは自明。

勿論そう簡単には行かないから、中盤でゆっくり回したりもするわけですけど(笑)、とにかくこういう馬鹿で景気のいい話をしたくなるような、そういうインスピレーションが”本気のトゥーリオシステム”には感じられます。
・・・・まあミケルスのオリジナル・トータル・フットボールなんかも、見ているとそれくらいの極端な発想が根本にあるように見えますけどね。それを後世の人が分解して、手段と目的を引っくり返して、あるいは目的をすりかえたり曖昧にしたままゴチャゴチャやってる感じで、どうも僕は審美的なタイプのトータル・フットボール礼賛は好きじゃないです。

トータル・フットボールはなあ、美しいんじゃなくて凄まじいんだよ。気が○ってるんだよ。
観念に現実を完全に屈服させようという、無理を通して道理引っ込める試みなんだよ。それに”悲壮美”を感じることは、確かにあるけれど。お上品なベンゲルと、頭のおかしいミケルスに、取り立てて本質的な関係があるようには僕には感じられませんが。
それに比べれば、オシムはだいぶ調子が狂っていて好きです(笑)。ちなみに岡田監督も”狂気”は持っていると思います。なかなか知識が追いつかないようですが。(笑)

・・・・ええ、何の話でしたっけ。(笑)

別にトゥーリオとトータル・フットボールは直接関係が無いですけど、ありきたりなポジション概念役割概念で見ていても、文句だけ付けていても、さっぱり楽しくない窮屈だという意味では、共通する問題が無くはないかなと。
そうね、オシムにむしろトゥーリオを駆使したトータル・フットボールとか、やらせてみたかったかな。山岸とかじゃなくて。(笑)
どうしましょうね、この選手。レッズ的に、日本サッカー的に。スポイルされ切る前に、誰かいい指導者にきっちりカタにはめてもらいたい、そういう経験をすべきだという気は凄くしますが。やらせりゃ何でもやりますよ、この人は。納得させられるかが問題。


・チェイス/プレスと、”組織”力

衆目一致するところの「完璧な前半15分」と、それを過ぎた後の余りに裏腹のハラホレヒレホレと。
スタミナ切れと、高原などは言いますが、それだけですませる話なのか。

”プレッシング”と”組織力”は、現代サッカーではセットのように用いられ、他ならぬ(エンゲルス)レッズについても前からの守備が無いことと組織力が無いことが、並べて問題として言われるのが常なわけですが。
でも細かいことを言えば、この結びつきは特に必然的なものではないんですよね。単純に言っても、”プレス”は特定のそういう「行為」のことで、”組織力”は何であれある行為をなす際のやり方/状態のことなわけで。それはともかく。

今や”プレッシング”はサッカーのほぼ基礎教養で、平均的Jチームなら、その気になればものの一週間でそれらしいことを実践させることは出来るはずなわけで。だからこそ、だらだらやってるエンゲルスも責められてるわけですが。
その前に更に細かい区別をすると、”チェイシング”(フォアチェック)と”プレッシング”も、違うと言えば違うんですよね。”チェイシング”だけならほぼ意識付けのみの問題でサルでも出来ます。それこそ機嫌が良ければフ〇キでもやります/やれますから。(笑)
ただそれとチームとして個々のそれを連動させて、効率的計画的にボールを取ること、それを元にした”戦術”を実行するというのは、少し違う。たまたま何人かの前線の選手の守備意識が高まったからといって、”プレッシングサッカー”がやれているとは言えないわけで。

ただ特にその前に連携に問題を抱えていたチームの場合は、ともかくも前線がボールを追うことによって、それに合わせて意識が前がかりに統一され、単純化されて迷いが無くなり、結果として秩序だった(”組織”とまで言えるかはともかく)攻守が実現することはよくあって、だからレッズについても一種の特効薬として、常に求められるわけですが。

で、この試合の「前半15分」は、それがかなり現実のものになっていたわけですよね。この前も言った「割としっかりした立ち上がりが続いて」いた、ここ何試合かのある意味到達点的な、これまでの経緯が無かったら(笑)、あるいは監督が代わったばかりなら、十分に明るい未来を描いても良さそうなそういう内容。
ただ、それの切れ方が余りに極端だというのと、”薬”が切れた後が余りにも何も無い、無”秩序”だというのと。

それには二つの理由、と言うか問題の段階があって、一つが”チェイス”と”プレス”の問題。遮二無二追ってるだけだからすぐ疲れるし、合理性が無いので疲れたら効力の消失に歯止めが利かないというのと。
もう一つは結局、前線のチェイスが”合図””きっかけ”としていっときチームに秩序を生み出したとしても、それはチームのエリア全体や時間帯トータルや、戦術的ヴィジョンとして整理・共有されたものではないので、勢いが止まったらつっかえ棒が外れたら、途端に何も無くなってしまうというのと。まとめて言うと、「プレッシング」が出来ても「組織力」が向上するわけではないという当たり前の事実。それをコントラストとしてくっきり見せられた試合だという、そういう話。なまじいい時間帯があっただけに。

まあエンゲルスがプレスをどう位置付けているのかというのは、実は今もってよく分からないところがあるんですけどね。重視しているのかいないのか。テクニカルに上手く行かないのか、求心力や選手のスタミナの問題で、やらせ切れないのか。
オジェックやギドの場合は、リトリート守備についても自分なりの割り切りや嗜好を持っていたように見えますけど、エンゲルスの場合はそれも特に見えない。だから”前へ”の意識自体は、3人の中で一番強いような気もしないではないんですが。


手抜き宣言でこの長さ!救われないな俺も。(笑)
まあ”まとめ”たり展望を示したりするプレッシャーからは、解放されてますけど。
ではまた。週末を楽しみに。守るものが無いから気楽だわ、今回は。


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