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浦和?G大阪(’09) 

勝ちたかった。

J1第12節 浦和 △0?0△ G大阪(埼玉)

勝てたはずですしね。”点が取れない”のはともかく、”チャンスを外す”のは癖になりかねないので、気を付けたいです。


やってみると分かる、やってみないと分からないことが、色々あるなあと、そういう感じの試合。
どういう試合になるんだろうと思ってましたが、こういう試合か。

と、一人で呑み込んでてもしょうがないので(笑)さっさと話を進めると、まず普通に、「圧倒」した試合だと思います。
”パスサッカー”ったって色々あるという話を、開幕から折りに触れてして来ましたが、ほんとだなあと。・・・・いかん、また一人合点モードに(笑)。感概深くてね、つい。
正直こういう試合になるとも、ここまで出来るとも、思ってなかったですね。ここんとこの試合内容からも。
疲労回復とガンバ相手という気合の入れ直しの効果は、あったんでしょうが。ポンテの不在も、ほとんどの時間帯では忘れてる状態に、早くもなってました。それ以上に(フィンケ)”レッズ”が、存在していた。

問題の”パスサッカー”・・・・の、あえて煽り的に言って「西比較」に移ってみますと。(笑)
どこが違ったか。まず東、レッズの方が、西、ガンバより”オートマティック”だったと思います。「組織的」というよりは、「規則的」という感じですけど。練習で仕込まれた原理の無意識的自動的発動。だからレッズの方が切れ目/淀みなくて、一つ一つ速かった。
ガンバの方には勿論熟練と蓄積では一日どころじゃない長があるはずですが、”こなれて”はいても、基本は個人ベースなんですよね、あえて言えば。まずおもむろに考え込む段階があるので、そこで一歩、立ち遅れる。いずれそれが強みになる局面もあるんでしょうが、少なくともこの日は、その前にやられていた。
こういうことを今まで分かっていなかったかと言うと、うっすらとは分かっていたとは思いますが、レッズの質の違う”パスサッカー”とぶつかることで、初めて理論的可能性が現実化したというか、可視化されたというか。少なくとも僕の目に。(笑)
マンUとやった時でも、特に感じなかったですから、やはりこれは、フィンケ・レッズの”集団”性ありきのことではないかと。

次にこれは上のことからある程度自動的に出て来ることですが、ガンバの”パス”は、結局のところスペシャリストたるFW/ストライカーに”渡す”為のものなんですよね。本質的には古典的、役割分担的。だから外国人FW次第という状況が、ここ数年続いている。今季についても、レアンドロ/チョジェジン不在のゼロックスではかなり悲観的に見えたんですが、戻って来たら何事も無く圧勝を繰り返してますからね。騙されました。(笑)
それに対してレッズは、基本全選手が同一原理の動きを繰り返しながら、たまたまその時”その順番”になった選手がシュートを打つ、比較の問題としては正に”トータル”なフットボール。そうは言っても得意不得意も能力差/徹底度の差もあるし、結果得点力が盤石というわけでもないので、多少綺麗事ではありますが。(笑)

・・・・ちなみに岡田ジャパンはどうなってるかというと、基本の発想は”トータル”なんですよね。同質的。少なくとも前の方は。
ところが運用のマズさやら何やらで、結果今のところ出来上がっているのは、特定の選手(具体的には遠藤と俊輔、特に問題なのは俊輔)の特殊技能に頼った、メンバー固定の”役割分担”風サッカー。・・・・にも関わらず、シュートを打つ「役割」の選手がいないという(笑)、なんじゃそれという、改めて言語化してみると立ちくらみがするような状態。
批判するとしてどこを批判すればいいのか。”トータル”的な基本デザインからか、にも関わらず役割分担色が強過ぎる部分か、それとももっとピンポイントに、シュートの打ち手がいない状態か。突っ込みどころがあり過ぎて、ほとんど各論者の”個性次第”みたいになってるところがあると思いますが(笑)、最低限ここらへんくらいは区別しておかないと、とにかく駄目だ!という話にしかならないでしょうね。

フィンケとの比較は、フィンケの方の「接近・展開・連続」性を、僕が(その後)未だ掴み切れてないので、とりあえずは接近/密集そのものの効率性の違いを指摘するくらいしか俄かには出来ませんが。
ただそれも、岡田のはこれは「原理」の問題として、意図的な無秩序・混乱を志向したものなので、直接的には駄目だとは言えないんですけど。結果が駄目だというだけで。細かいことを言えば、比較できないもの。


ま、そっちの試合は来週なので、それはともかく。
とにかく去年あたりは相対比較であんなに”立派”に見えた(笑)ガンバが、いきなり今度は古典的牧歌的に見えてしまったので、軽く衝撃的だったという。まあ僕は客観的には、ガンバのサッカーが凄いと思ったことは一度として無いんですけど、一応当事者??レッズファン??として、どうしても受け止めなくてはならない部分はあったのでね。
それが一年もたたずにこうなるかというのと・・・・やっぱ外国人監督と(既成の)日本人監督との間には、こんな根本的な質的違いがあるのかなと、そういう感慨も含めて。西野さんはよくやってますけど。よく作ったし、作ったものをベースにあれこれ工夫はしてますけど。”世界”レベルにもそれなりに合わせたし。ただそういうのをポンと飛び越してしまうような、何か基本的な作りの違いみたいなものが。秩序の高級感が。

まあある程度は、「スタイル」の違いではあります。”南米”と”欧州”の。別に西野さんは”南米”をやっているつもりはないでしょうけど、歴史的(サッカー)地政学的に、どうしてもそうである部分は、否定し難く。比較の問題としてはね。
最近少し言い過ぎですけど(笑)、また僕の背景を活かして言うと、ぶっちゃけヴェルディに見えましたね、ガンバが。フリューゲルスに始まる、時々の欧州スタイルのチームに手を焼きつつ、何とか踏ん張ってる時の。うるさい、うるさい、うるさいんだよお前ら、いつか、やって、やるからな、見てろよ。でもその前に、少し、酸素を吸わせろ。(笑)

レッズ自身の問題、ぶち当たってる壁は、この日も決して乗り越えられたわけではないですが、取りあえず今確実に出来ることを結集して立ち向かったこの日の試合の印象の”重点”としては、こういうことです。

しかしこう、エジミウソンにしろ直輝にしろ、ちょっとシュート外し過ぎなのは、ひょっとしたらある程度体質的なものかも知れませんね。一生懸命、”オートマティック”に、流れでやり過ぎてしまう部分の。外し方がちょっと、”軽く”感じました。
やはり「個人」の部分、最終局面における、一瞬の内面の静寂というか、「一人」に立ち返る瞬間みたいなものが、必要なのかも知れない。万古不変の(笑)。”トータル”なのはいいんだけど、やはり「シュート」/点を取るというのは、特別な行為だというか。

それが今どれくらい優先順位の高い観点なのかは分かりませんが、ほんとに”確率”的問題としてしか点が入らないような感じはあって、特に”上手く行っている”時ほど。逆に「点が入る」瞬間というのは、多くの場合実は”確率”はどこかに行ってるんじゃないかと、多くの「入る」時と「入らない」時を見てれば、感じることだと思いますが。
まあ多分、『監督』はそこまでは面倒見切れないでしょうけどね、実際問題。そこで初めて、チームの”所有者”である『監督』が、いち要素としての限界を見せるというか。だからたまに、監督が頑張れば頑張るほど、点が取れなくなるみたいなことが、色々なレベルのチームで起きる(笑)。サッカーが相変わらず、偶然のスポーツであり続けるというか。この場合の「偶然」は、”点が入る/入らない”というより、個の要素等との色々なコンビネーションで、”入る”チームになるかならないかという、「偶然」ですけど。

レッズはまだまだ続きます。(笑)


原口は一回、先発外してみたらどうでしょう。思い詰めちゃってる感が、少しあります。閉じこもってるというか。


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