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G大阪?浦和(’09)+少々 

インターバルでひと息ついた効果は一応見えた気がしますが、それだけにおつりの無さが。

J1第21節 浦和 ●0?1○ G大阪(万博)

今見せられるものは全部見せてる。フィンケも口ぶりとは裏腹に、”必死”。


試合としては、両者ともに、正に「決定力不足」。
それがああいう結果になったのは、浦和にとっては弱り目に祟り目ですが。
シュート自体はどちらも別に入っておかしくないものも多くて、”たまたま”という面も実際にあると思いますが。(フィンケの言う通りに)
勝ったかもしれないし、調子良くカウンターを決められて、惨敗したかも知れない。

最近ようやく僕も、「浦和のDFラインのやや不用意な高さ」が、気になり始めて来ました。
なぜそこだけ”ちゃんと”してる?という(笑)。他は駄目なのに。
根本を認めていれば、欠点そのものは割と無視する人なんですけどね。
綺麗に描かれる、独特の斜めのラインの揃った動きが、逆に腹立たしい。(笑)


書きたいこと自体は実は結構あるんですが、内容的には「コラム」か、もっと言えば早くも「総括」に近いタイプのもので、”試合評”としてあげるのは不誠実だし、さりとて折り入ってぶち上げる元気も無い。「総括」するには、勿論早いし。(笑)
目の前の試合そのものから感じることは、もうすっかり薄くなってしまいました。
勝っても負けても想定の範囲。何か浅い狭いところで、パシャパシャパシャパシャ。

もしフィンケ(サッカー)が僕の考えてる通りだとすれば、続投決定らしい来年は、非常に厳しいものになりそう。
成績がというより、見続ける行為が。
オジェックは嫌いだった。エンゲルスは嫌いではないけれど、途中からはボロカスに言わざるを得ない内容だった。
フィンケは・・・・”好きじゃない”という感じ。積極的な興味を失っているというか。そこそこは頑張ってるし、こちら側の感情の出し所が。

フィンケの「失敗」(するとすれば)の仕方には、ある意味興味がありますけど、そんなふざけた見方を1年も2年もは出来ない。


この間(かん)のマスコミ主導の”空中戦”について言うと、フィンケの言うこともトゥーリオの言うことも、どちらも分かるは分かる。
・・・・ていうかそもそもトゥーリオは「フロント」に向かって言ってるのであって、別にフィンケに噛み付いてるわけじゃないしね。結果的に方針への批判にもなり得るけど、言ってるのは一般論というか根本論というか、「俺はどうありたいか」という真っ当な話。素直過ぎる、というのはあるけど。(笑)

フィンケの「レッズは(歴史的にも現状的にも)必ず優勝しなくてはならいランクのチームじゃない」というのはまあその通りだし、そのことを基本的にサポが了解しているのも、確か。
ただあんまり最初から表立って言われると萎えるのは仕方ないし、それはオフトの十八番の「3位以内」と比べても(笑)。あの時は状況的にも、かなり妥当でもあったろうし。

つまりやはり、少なくともフライブルク(の相対的位置)と全く一緒に扱われては、それは困るというのはあります。
トゥーリオは要はいつでも”勝ちたがり”クンではあるんだけど、一方で「レッズがここまで(常に優勝を狙う)たどり着いた歴史は重要だ」という認識は、とても正しいと思います。トゥーリオも僕も(笑)、生え抜きではないけれど。
そう簡単に、諦めていいものか。たどり着いたこの地位を。

冷静な認識は認識として、ベストを目指すのは当然だし、相対的に浦和がかなり上のランクにあるのも事実だし。
新潟だった大分だって、優勝を狙うのがJリーグだし。
・・・・ていうかさあ、今季のレッズのチーム編成の消極性/放置ぶりは、別に”優勝”とかじゃなくて、普通のJ1チームの基準で考えてもちょっとおかしいでしょう。援護はどうした?!と、前線から声が出るのは当たり前。

フィンケとフロントの間で、どんなやり取りが事前にあったのやら。
”趣味”でサッカーやることに慣れたフィンケと、金なり交渉の面倒事の労なりを惜しみたいフロントとの、妙な利害の一致というか。最近の左サイドバックをめぐる動きを見ると、とても大きなヴィジョンで静観していたようには、見えません。

それに言わせてもらえば、山田直輝やトゥーリオの無理のさせ方は、とても「達観」している監督のものとは思えないですし。
その基準で見て、三都主がある種「干され」た状態にあったという認識が、客観的にそんなおかしいとは思えませんけどね。決してフィンケの説明、コンディションで使わなかっただけというそれだけで、納得は出来ないでしょう、本人も。ベンチには入ってるわけだし。

まあ使わないのは別にいいし、それは結局、戦術的にサッカー的に、使うに足るとフィンケが評価していなかったという、それだけのことだと思いますが。


総体としては、むしろフィンケが”マスコミ”に「反撃」してしまったゆえに、まんまと”対決”構図が描かれてしまったというのはあると思います。オシムもそうだけど、いったいそんなに日本語のマスコミを、見てるのか気にしてるのかと、少し不思議な感じはしますが。
つまり繰り返しますが、トゥーリオはフロントに文句を言っただけなので、”第三者”でいれば良かっただけだと思うんですけどね。
あるいは「中間管理職」(笑)。俺も辛いのよ、言わないけど、みたいな。(?)

こんな感じです。


・・・・忘れないように予定論旨だけ書いておきますか。

・フィンケのスクール。
・浦和の学生サッカー。
・その”パスサッカー”は「誰の」もの?
・なんか日本の「若手理論派監督」じみて....
・フィンケが見逃していた「ドイツ人」要素。
・”フライブルクの”フィンケは、つまるところ”ドイツの”(またはヨーロッパの)フィンケ

一部重複してますがこんなものか。
どうも臭いだけ嗅がせてすいません。こういうことを書かずにすむような状況に、なればいいんですが。

あんまり漠然と「擁護」したり「長い目」で見たりしていると、じゃあどうなったら切るのかというのがね。
そうしたくなる妙な”神話”性を、フィンケが持っているだけに。
むかーしの日本競馬の、鳴り物入りの「輸入種牡馬」というか。(笑)
2代前の「英国ダービー馬」みたいな。まあ普通にドイツでもいいけど。(笑)

判断するこちらの見識自体が覚束ないので、結局成績で判断するしか。
僕も分からんのですよ。みんな分からん。田舎もんなもんで。
産駒が走らなければ、普通に廃用・返還ということで。
馬場が合わんということも、あり得るし。

まだ、いいですけどね。良い時期があり、悪い時期があり、もう一つくらい、”時期”を待ってあげても。
あくまで公平性の観点で。
でも”フィンケ”だからという擁護・期待の仕方は、もう駄目かなと。
むしろ「公平」に、切る時は切るべき。


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