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川崎F?浦和(’09)、浦和?横浜FM(’09) 

”コレクティブカウンター”、とか?

J1第26節 浦和 ○2?0● 川崎F(等々力)
J1第27節 浦和 ●1?2○ 横浜FM(埼玉)


あえてわざわざ、それらしい名前をつける必要もないかも知れませんけど。


コレクティブカウンターとは。

ヒディンク「ロングボールを蹴ってカウンターを狙うのではなく、ハイテンポで、ショートパスをつないで相手ゴールに迫るというものだ。 これならロシア人の真面目さとスピードを生かすことができる。」

ヒディンク「ポイントは1人か2人でカウンターを仕掛けるのではなく、5,6人が同時に相手ゴールに迫ることだ。 それによって相手は、どこのスペースを見ればいいか、誰をマークすればいいか、大混乱に陥る。 これが近代サッカーというものだ。」

・・・・”Never Give Up” より


EURO2008でヒディング率いるロシアやファン・バステンのオランダが見せたようなコレクティブカウンター
これこそが現代サッカーにおける一つのトレンドだと思う
以前はキエーボのような弱者の戦術であり、決してメインストリームと言える存在では無かったコレクティブカウンターだが
良い選手を揃えた上で、高い位置でボールを奪ってからの質の高いカウンターでチャンスを量産するチーム増えている

・・・・”Hail?2U” より


さすがフィンケ、欧州最前線!と言いたいところですが(笑)、実際にはやっぱり、言われてるような単なる「現実主義」「旧浦和スタイルとの折衷」というのが、その実態なんでしょう。
そもそもがフィンケというのは、決して”最前線”や”大家(たいか)”的な人ではなくて、あくまで「独自」の人、変わった人(笑)というのが、基本性格なんだろうと思いますし。

実はトルシエの方が、本来的には普通。
岡田以上、トルシエ未満というのが、”正統性”という観点での、フィンケの位置ではないかと。

具体的には、現状”コレクティブカウンター”を称するには、基本的なボールの奪い所が低い、または攻撃のかかりが遅いような気がしますね。
・・・・まあ、そもそも別に”称し”てませんけど。(笑)
ただ、一つの今後の希望、「カッコつけ」の道しるべとして。

日本では昨年末以降の鹿島のサッカーに対する形容として、この言葉が定着し始めた・・・・と、言っていいのかな。
それだけ鹿島の”カウンター”の組織性が、見事だったわけですが。最近は知りません。(笑)
僕はというと、反町ジャパンのアテネ前強化試合、トゥーロン出発前のアンゴラフル代表戦を見てそれに近いインスピレーションを受けて、そのやり方ありだなあ、追求してくれないかなあと思ってましたが、以後特にそういう気配はありませんでした。
(ちなみに当時の流れとか)
で、数ヵ月後のNumberの(ユーロ08特集の?)記事で初めてその概念/言葉を知って、「何だよ、ほんとにあったのかそういう概念、知ってればもっと強く主張したのに!」と、変な悔しがり方をしていました。(笑)

誰かフィンケに聞いてみて下さい(笑)。少しは意識してたりしているのか。


結局フィンケとはどういう人かというと。
一つの言い方ですが。
”サッカースタイル”を丸ごと持って来たのではなくて、”パスの回し方”についてのある用途の「ソフト」を持って来た人だと、別にそういうつもりだというわけではないですが、そう言っていいのではないかと思います。
局部的には面白いところはあるけど、全体としてはなんか変というか、バランスや”機能”している状態のスイートスポットが狭過ぎるというか。個々のソフトはともかく、OSが不具合だらけというか。(笑)

そこに代わりに「全体」像を与えようとしているのが、浦和伝統のリアクションスタイル。”伝統”なだけに、容易に安定した全体を構成出来る。暗黙の了解で。
それでいいのか、という疑問は、大いにあります。
フロンタ戦の内容と、それに対する少なくないレッズサポのポジティヴな評価には、ちょっとキレそうになって慌てて抑えましたけど(笑)。”パスサッカーだから”擁護していた同じ口で、”勝ったから””強かったから”、あれを評価するのかと。

強豪フロンタ対策、特に、有効なのがある意味分かり切っているそれだから仕方ないのかと一応自分を説得しつつ、でもどうやら今後もその方向で行くらしいですが、代わりに上の視点(↑)を掘り出すことで(笑)、今は場を収めています。
フィンケ自身の心境が、なんなんだろうなとは思うんですけどね。単純に何でもいいから「勝ちたい」「成功したい」という気持ちも強い人なのか、”ソフトを抱いた渡り鳥”として、意外とこだわるところ以外こだわらない、緩い人なのか。

僕がフロンタ戦を見た一番素朴な感想は、接近サッカーを中途で放り出して、憲剛システムという”ヴァリエーション”に活路を見出す、でも根本の雑さはそのままという、岡田ジャパンのそれと同質の”変化”だったんですけどね。
まだ何にもやり遂げてないのに、「幅」に走ってどうするという。そういうのを逃げと言うんだと。
まあ実際たいていの「チーム作り」なんてのは、こんな感じで進むんですけど。いい加減慣れろ、俺。(笑)
ただ岡田/フィンケのような、エキセントリックorオリジナルなスタイルを標榜するなら、一回は真っ直ぐ突き抜けることを期待するのは、当然だと思うんですけどね。あれ?もう曲げるの?という。

具体的には、涼しくなったなら涼しくなったなりに、もう一回ひと通り、初期型スタイルの可能性をおさらいして見せてから、次の展開なり何なりを、やって欲しかったということですけどね。
”変化”させる元ネタ(?)の密度を、もう一回高めて欲しかったというか。
そうじゃないと、現状をどこと比べていいのかよく分からない。春先の好調時なのか、ナビスコ以降の陳腐化時なのか、それとも地獄の連敗の崩壊時なのか。(まあ多分最後)


まとめて言うと、面白い監督だとは思います。その一人というか。
ただ良い外国人監督を迎えた時の、あるスタイルを通してでも結局は、「サッカーそのものの見方/やり方を教わる」、それは例えば本人必ずしも教えているつもりもない部分も含めてですが、そういう喜び・期待感が無いのが、個人的に残念。
すっかり比較対象がオシムから岡田に移ってしまっているのも(笑)、つまりはそういうことです。

実際似てると思いますし。ただし岡田の”ソフト”では、今やっているようなリアクション方向へのカスタマイズなんてことすら難しいでしょうから、そこらへんはまあ、クオリティや具体性に差はありますけど。さすがに。
でも本質的には、いち理論家でしかない。日本人でもよくいる。サッカーマイスターではない。

後は、勝つか負けるか。
もしくは結果的なクオリティが、感動を呼ぶか。
同点ゴールは、なかなか楽しかったですけどね。すっかりキーマンが啓太になってるのが(笑)、変化と言えば大きな変化ですが。
細貝の(純個人的な)攻め上がりとも、また質が違うんですよね。そこらへんはやっぱり、オシム門下生ならではというか。


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