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浦和?千葉(’09)メモ 

ほんとにメモです。御殿さんの立派なのとは違います。(笑)

J1第28節 浦和 ○3?1● 千葉(埼玉)


・随所に”片鱗”は見える。攻撃面のいいところ/去年までにないところというか。
・しかしそれがいつどのように”両鱗”や”全鱗”(?)になるのか、そのイメージがないというか、予想が付かないというか。
・この試合のように良い時間帯と悪い時間帯があからさまに分かれてしまうと、僕の言う”ソフト”と”スタイル(全体)”という話も、少しは分かってもらえるんじゃないかと思うんですが。
・本当に「コレクティブカウンター」とか、何でもいいけどある程度まとまりのある(既成)観念を、意識してみた方がいいかも知れない。
「パスサッカー」ではもう、”説明責任”を果たせていないと思う。何より選手たちの試合の取り組みに、確信が。
「コンビネーションサッカー」でも、勿論同じ。もっと駄目かも。
・フロンタ戦では相手関係により保てた緊張感が、続く2戦では早速ほつれ出して、単に安全志向の、楽をしたいだけのサッカーに流れ始めていると、素直に見てそう思いますが。
・それをとどめる「枠づけ」を、フィンケはやってるのかやれるのか。頑張れとかサッカーは難しいとか言うだけじゃなく。
・どちらかというと、スタイルを”変えた”、あるいはそもそも”スタイル”意識自体が、ほとんど無いように見えるんですが。ちょっとした運用の変化だと。
・そう言うには、元々やろうとしていたサッカーが個性的/極端過ぎるように、思います。
・なんかやっぱり、「枠」「器」の無い人に感じる。中身やディテールだけで。
・理系頭なのかしら。日本流に言えば。(笑)
・コーチではあっても監督ではないというか。これも日本的?


そのフィンケ談話。少し面白かった。

よく『美しいサッカーを実践しようとしているんだ』と言われるが、私たちが意図的に美しいサッカーをやろうとしているわけではない。
美しいサッカーをすることが目標なわけではない。国際レベルで常識となっているサッカーをここで導入しようということ。結果として美しいサッカーを見ることができるかもしれないが、これは目的ではない。

凄く真っ当だ。僕が言いそうなことだし。(笑)
”美しい”サッカー派、ひいては”正しい”サッカー派への痛撃?(あるいは”パスサッカー”派)
実際には、”内容”を厳しく問い詰めたがる、なぜか割りといつも厳しめに感じる日本の記者たちへの予防的反撃なんでしょうけど。

ただ上で”理系頭”と言ったように、フィンケが割りと端的な理やメカニズムそのものに焦点を当てて、サッカーを扱っているのは確かだと思います。
それが全体としての合理性に今いち繋がらないのは・・・・。日本の海外通の玄人筋に、ウケが良くないのは・・・・。
むしろ「全体」視野の希薄さによって、個別の理の整理整頓や最適化が、とっちらかりがちだからではないかと思うんですけどね。
狭義の”科学”的には、「全体」なんてのは虚構の概念なんですけど、だから頭のいい人はそういう言い方は避けようとするわけですけど、でも実際はズルして(笑)どこかでそういう次元を考えながら、個別のことをやっている。

フィンケはある意味とても素直で、言ってることが全てというか、見えてるものが全てというか。
「全体」を完全に、「部分の集合」としか考えていないというか。
無意識には、考えてると思いますけど。使っているというか。「全体」というような次元も。
それは例えば、サッカーにおける習慣的ゲーム進行やチーム作り、あるいはそれぞれのチーム(例えばレッズ)の既成のスタイルとかに寄りかかる時に。

世界中を見渡してもそうだが、すべてのチーム、すべての選手に運動量が非常に求められようになってきた。そしてインセンティブな形でのゲームが展開されるようになった。それほど多くのスペースもないし、非常に密度の高いところで、優れたサッカーを展開しなければならない時代になってきている。これが現在の国際的なレベルでのサッカー。今から10年、15年前のサッカーのように、数人の個の優れた選手がピッチに立って、彼らがチーム全体をリードして、すべてを決定付けてしまうような時代ではもうなくなった。

こういう言い方もね、なんか素直過ぎるというか、当たり前過ぎるというか。
個人じゃなくて組織だ!とか。個力じゃかなわないから走り回ってパスを繋ぎまくるんだ!とか。(笑)
そういう類の、「先端」や「進歩」に聞こえますが。
ここはUEFAチャンピオンズリーグではないので、その組織を更に上回る決定的な個人/超人たちの存在が問題になったりはまずしませんし、”プレス”とそれをかいくぐる更に上の”スキル/パスワーク”の綱引きが、本当に問われたこともないわけですが、それにしても、弁証法的に少し前の「構図」の話を、しているように聞こえてしまいます。(ネッツァーとかオベラートとか言われてもなあ)
もう少し、知ってるつもりなんですけどね、日本人も。少なくとも話の上では。

まあ僕がこの前フィンケを「最先端ではない」と言ったのは、別に”後れている”という意味ではなくて、サッカー人としてのタイプのことを言っただけなんですけど。
つまり後れてるんではなくて、変わってる、孤立しているんだと。
ただ例えばトルシエにはそういう自覚があったと思いますが(虚勢で隠してはいても)、フィンケは・・・・。
まあレッズの元の状態もたいがいなので、それこそトルシエが日本で”桃源郷”を築いたように、フィンケがレッズと同じように幸せな関係を築くのも、ありだとは思いますが。ただそれにはもっと、一途にやってくれないと。

・・・・ああ、春先のがそれだったのかも知れない。
そして今は、”サンドニフランス戦”後の、トルシエジャパンの状態?
それならそれで悪くないというか、あってしかるべき過程と言えるのかも知れないですけど。
”失敗””挫折”するのは、決して悪ではないですし。
ただ監督の自覚がなあ。トルシエに比べても。

どうも不安です。この人の学者先生っぽさが。
サッカー界的な観点で、展望が立てられないというか。(こちらが)
まあ公平に言って、「国際経験」、言い換えると「自分の持っているものを普遍的相対的視点で体感的に見直してみ」た経験が不足しているのは、確かですよね。経歴から推測して。別にフライブルクを馬鹿にするわけではありませんが。
だからそういうものとして見れば。むしろそれこそシャムスカ的な”意欲的な若い指導者”的に、初めて国を出て国際経験を積もうとしている、そういう人だと見れば、いいのかなという気もしますが。一緒に成長しようと。

ただ本人がなあ・・・・。”教える”気満々だからなあ。
僕は正直、そういう意味での期待感はもう持っていません。この前言ったように。
どちらかというと”怖いもの知らずのアマチュアイズム”爽やかさですかね、フィンケサッカーがハマった時に感じるのは。
門外漢的だというのは、実はかなり最初の方に既に言ってましたけど。(あ、”アマチュア”ってのも言ってる(笑))


余談・・・・というわけではないんですけど、最後に付け足し的に一つ。
本職じゃない本職じゃないと、言われ(言い?)続けていた左SB細貝ですが、気が付くと「右利きの左サイドバック」として、典型的というかほとんど模範的なプレーを、するようになりましたね。
理由は分かりませんがヘナヘナした選手の多い(笑)左利きのそれに比べて、器用ではないけど縦に剛直な良さと、忠実な左足クロスと、勿論ボランチでもお馴染みの勇敢なカットイン、飛び込み(&シュート)と。
むしろこのポジションで、代表狙う?という。

阿部もCBだと結局消耗するばかりのようだし、この並びが一番落ち着くんですかね、やっぱり。
三都主や永田への厳しい当たりを見ると、フィンケのこのポジションの好み自体も、割りと堅実志向みたいですし。
これは多少、意外だったところ。僕永田好きなんですけどね。国際的な水準で、期待しているというか。

峻希おめでとう。でもSBで定着して欲しいかどうかは、微妙。(笑)
まあ出来るに越したことはないですが。


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