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司馬遼+京極+ドラゴンボール? 

db

解析によるとエキサイトの中国語翻訳ページなんてものがリンク元としてあったので、どうやら中国人か中国人の友達のいる日本人にもこのページが目に留まっているらしい。
これはいいかげんなことは書けませんね。書きますけど(笑)。多分。

基礎知識編の3。”作家”金庸について。


「司馬遼太郎」成分

・国民作家。歴史認識の叩き台。
・出身は新聞人。(司馬遼は元・産経記者。金庸については後述。)
・それほど独創的ではないが、十分に柔軟で多面性を持った歴史解釈。穏健な相対主義と、健全な民族主義


「京極夏彦」成分

・輸入文化としての西洋/近代小説の影響を意識的に限定して、文明開花以前のドメスティックな小説(京極なら江戸期の滝沢馬琴とか)の伝統・文体との再接合を意図。
・妖怪変化の如く(笑)、立ち過ぎるほどにキャラの立った多彩な登場人物たち。
・長い。


「ドラゴンボール」成分

・”幻想の中国”仕様。(中国人ではあるが近代人でもある金庸にとっても、中国伝奇世界はある意味十分にノスタルジー、エキゾチズムの対象)
・運命→困難→修行→打開→成長のシークエンス。
・奇想天外な常軌を逸した戦闘力設定。ある意味修行/超人化過程が一番の見せ場。


(金庸という人)

・(本名の)「査」一族という、歴史資料にも出て来るような、本式の知識人階級/家系の出身。
・本土の生まれだが戦中戦後の混乱の中で移住を繰り返し、香港を活動の主な拠点とする。
・本質的には政治評論家で、最初外交官を目指すも学校においても政府に対しても、常に体制側と衝突を繰り返してコースに乗れず、結局断念。
・代わりにジャーナリズムの世界に入り、初め『東南日報』、次いで『大公報』というメジャー紙で政治・文化記事を書き、後者の「新聞小説」欄を埋めるためというきっかけで作家生活をスタート。
・のち『大公報』の左傾化(共産党との癒着)に抗議して退社、自ら『明報』という新聞を主幹し、そこの社説と新聞小説欄を掛け持ちで双方毎日執筆するという、超人的なスケジュールの中で作家生活を送る。
・小説家としては’69年『鹿鼎記』をもって絶筆。以後は香港返還時の準備委員や大学の歴史学の教授などとして活動。


(作家金庸の特徴)

・当初から「作家」であることをさほど大きなアイデンティティの源としていないので、その分思想的にも文学史的にも、一歩引いたジャーナリスティックで客観的なスタンスが特徴。
・上に書いたように知的サラブレッドで、筋目立った豊かな知識・教養を自然な形で持ち合わせている人。
・従ってその作家生活は、ロマン的衝動的自己探求的色彩が薄く、言わば最初から完成された作家が適宜順番にその引き出しを開けていったというような印象を強く受ける。
・文学的な意図としては、既に書いたように一種の古典復興/文芸復興、「過度に西洋化して痩せ細った中国文学を、(民衆的)伝統との再接触で活性化させる」というようなものが見て取れる。その動機となっているのが、くだんの健全な民族主義


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