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金庸と『水滸伝』 ?(1)文体 

吉川幸次郎/清水茂の『完訳 水滸伝』

完訳 水滸伝〈1〉 完訳 水滸伝〈1〉
(1998/10)
岩波書店

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をボチボチと読んでいます。ちなみに『神』はようやく図書館が”捕獲”してくれたので(笑)、明日にでも取りに行きます。ついでに『漂泊のヒーロー』も。
で、元祖武侠『水滸伝』、全10巻中まだ2巻の途中ですが、なんか非常に分かるというか、「これが、こうなって、金庸かあ」みたいなのが見える気がしたので、ちょっと書いておこうかと。

とりあえずどういう話かと言いますと、やたら牛肉を食べる人たちの話です。(笑)
いや、ほんとよく食う。金庸を読んでいても牛肉(主に生)が重要な酒のつまみだというのは分かるんですが、『水滸伝』は他に無いのか、中国は食用の牛肉が雀やゴキブリばりにそこらにゾロゾロ歩いてるのかというくらいそればっかり食ってます。ていうか食うことと飲むこと以外に関心があるように見えません。
しかし中国本土(関内)に牧場ってありましたっけ?あるのかもしれないけど風景として思い浮かばない。


文体について

元々原典がそういうものなわけですが、吉川/清水版の『水滸伝』の翻訳は、「講談調」という文体で書かれています。具体的にはこんな感じ。

さてこの八句の詩は、宋朝は神宗のみかどの御世、苗字は召、おん名は尭夫、道号を康節先生と申す大学者の作にて、唐の末つかた五代の頃、天下の兵馬たえ間なきを歎かれしもの。そもそもその頃といえば、朝(あした)は梁の世、暮(ゆうべ)は晋の世、まさにこれ「朱李石劉郭、梁唐晋漢周、あわせて十五の天子、五十年の大騒動」というわけでございましたが、やがては自然に天道一めぐり、かの甲馬営の陣屋にて、太祖武徳皇帝さまのご降誕となりました。


これは「引首」(まくら)と題された序章の冒頭で、この前に”八句の詩”があるわけですが、詩の部分は僕は以後もほとんど読み飛ばしてるので(笑)割愛。
ちなみに会話部分はこんな感じ。

さてその時、史進、
「こりゃいったい、どうしたものだろう。」
といえば、朱武たち三人の親分、土下座して、
「あにき、あなたは堅気の人、われらのせいで太郎さまを巻きぞえにしてはなりません。縄を取って来て、われら三人を縛りあげ、出て行って褒美をもらって下さい。(略)」
史進、「それはだめだ。そんなことしたら、わしがあなたたちをおびき寄せ、捉まえて褒美をもらうことになる。わしは天下のもの笑いになるばかり。死ぬならあなたたちといっしょに死に、生きのびるならいっしょに生きのびる。(略)」


見ての通り、いわゆる「古文」というほどではないですが普段読んでいる「小説」の文体からするとかなり古めかしくて不自然で、正直最初は感情移入できなくて途方に暮れました。やっぱ北方謙三のにでもすれば良かったかなと。(笑)
でも我慢して読んでたら10ページくらいでカチッとスイッチが入ったように焦点が合って、後はスーイスイ。思わず受験生時代の栄光が脳裏に甦ったことはこれまでといたします。(というのが決まり文句)


いや、実際気持ちいいんですよこれが。内容以前にこの文体が。ヒラヒラフラフラ舞うように、どこにも重心がかかっていなような中心がどこにあるのか分からないような頼りない感じが逆に。それでいてトントンやたら調子良く進むところも。
その文体が何に由来するかとかそういう文学史的な話はちょっと手に余りますが(当然誰かがやってるでしょうけど)、感じるのは金庸の文体との共通性で、なるほどこういう伝統を近代小説に移し替えるとああなるのかと。

結論的に言うと凄く上手くやってるなと思います。さすがに言われるだけのことはある。
実際にただ金庸を読んでいると、くだんの無中心性無重心性が、しばしば無感情性として感じられることがあるわけですけど。中心の不在=「作者」の不在=いわゆる「人間」的感情の不在みたいなそんな感じですかね。それをめぐってキャラの評判の上下(笑)や作者自身の作風の変遷とかもあるわけですね。

ただ作業としては実によく出来たものであると。ほとんど何も媒介物なしに直接移植しているように見えるんですけど、少し変わってはいてもちゃんと近代的な「小説」として読めますよね。
そして更に言うと、金庸を読む楽しみの何%かがこの見慣れない文体の快楽であったことに改めて気付いたと、そういうことです。

まあ”旧派武侠”を読んでないので、どこからが金庸個人の作業なのか正確には分かりかねますけど。


(ストーリー構造編)につづく


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(補足)水滸伝?金庸/新派武侠までの「文体」の流れ(3/17)


岡崎由美『漂泊のヒーロー』より。

『水滸伝』と「侠義小説」

さらに時代が下って清代中頃になると、『水滸伝』を源流として、市井の侠客、男伊達の活躍を描く「侠義小説」というジャンルが武将の戦記ものとは別に発達する。(p.11)


「旧派武侠」小説の黎明期

武侠小説の近代大衆小説への脱皮は、長編に先駆けて短編から始まった。(中略)
一方、長編の方は、(中略)講釈調の侠義小説や剣侠小説が尾を引いていて、その中から徐々に現代口語文の趣を具えた小説叙述が芽生えつつある、地ならしの時期であった。過渡期である。(p.210)


なるべく分かり易そうなところを抜粋してみましたが。

つまり水滸伝から金庸/新派武侠までの文体の流れを、”講談・講釈調””現代口語”の二極から大雑把にまとめるとこうなります。

1.”講談調”による『水滸伝』
2.そこから(あるいはそれ以降に)派生した、”講談調”による諸形態の小説
3.それらを引きずりつつ徐々に”現代口語”に脱皮した「旧派武侠」
4.最初から”現代口語”で書かれた「新派武侠」


・・・・さてこうした文学史的認識の中での金庸の位置・役割はという話は、(2)を飛ばして(3)で。
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