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格闘描写の「技」と「心」 ?序 

まず下の表を見てみて下さい。

各武闘派作家の「技」派度、「心」派度の比較表

「技」派 ↑

金庸

夢枕獏

富樫義博『ハンター×ハンター』



菊地秀行『妖魔』シリーズ

鳥山明『ドラゴンボール』

吉川英治『宮本武蔵』≒井上雄彦『バガボンド』 → 古龍

「心」派 ↓


僕がざっと大別してみた、金庸と古龍の中国武侠小説の2大巨頭を両極とする、各武闘派作家の「技」派度、「心」派度の比較表です。
なるべくメジャーな範囲で選んではありますが、それでもラインアップの一般性にやや問題がある(笑)のは、要するに「僕がある程度以上責任を持って語れる人」ということなのでご勘弁を。

まず意味ですが
「技」派とは・・・・格闘の描写及び勝ち負けを、物理的技術的観点に重きを置いて書く人。
「心」派とは・・・・同じく心理的意味的観点に重きを置いて書く人。「正義は勝つ」派というか。
ということです。

「技」派の側から見ると、「心」派はある意味で”描写”をそれ自体としてはしない人たちとも言えるかもしれません。なお古龍の位置だけおかしいのは、こういう分類に収まり切れない、とても独創的な描写をする人だからです。
吉川武蔵と井上武蔵は必ずしもイコールではないかも知れませんが、一応原作とその漫画化作品ということで同じ位置に。

以下各作家の”派”たる理由について解説して行き、ひいては金庸の格闘描写にこめられた意味について考えて行きたいと思います。

・・・・その2(特記事項)編につづく。


(補足)
僕のホームグラウンドであるサッカーのネット評論のジャンルで言えば、前者は試合経過を細かく追って、一つ一つの原因結果について考察する「観戦記」派、後者は起きたことや試合結果を、人間行動や歴史、社会的な意味などの見地から位置付けて行く「エッセイ」派にあたると言えるかも知れません。
ちなみに僕自身はバリバリの「エッセイ」派です。(笑)


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