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「超能力」&「必殺技」と「精神論」 ?特記事項の2 

参考、特記事項の1

ちょっと小休止。
我ながらどうにも分かり難いところがあるので、もう一回概念の整理をしてみます。


前提1:「技術論」と「精神論」

”格闘描写の「技」と「心」”ということで始まったこの企画。
基本的には『「技術」に傾斜した”過程”の逐次的描写に重きを置くスタイル』と、『「精神」に傾斜した”結果”の事後的意味付けに重きを置いたスタイル』のコントラスト(または分布)を示すことを目的としています。
こうこうこうだから勝ったのか、勝つべき人物だから勝ったのか。

前提2:「気」や「念」と「精神論」

「気」や「念」に代表される、格闘もののにつきものの”超”能力的ターム。
それらは確かに「技」の一つではあるわけですが、一面では通常の「技」という次元を越えるものであり、しばしば形勢逆転の道具立てとして用いられる。
そしてそれらの力の根拠としては、用いるものの「心」、精神力が当てられることが非常に多い。だからそうした”超”能力は、話を派出にする飛び道具であると同時に、強弱や勝負の行方に精神性を反映させたいという書き手や読み手の願望実現の手段でもある。


・・・・ここから本題、または新規トピックス。

前提3:「超能力」と「必殺技」

そうした”超”能力とは別に、いわゆる「必殺技」の類も格闘ストーリーにはつきものである。
それらは歴史的由来や科学的根拠が示される場合もあるが、多くは、または展開が進むにつれてエスカレートし、たいていは説明放棄のご都合主義に帰着することが多い。
どちらかというと「必殺技」のくくりの中に「超能力」もあると、そういう分類が妥当な場合が多いように思いますが、ともかく両者は似たような性格を持っている。

前提4?1:「必殺”技”」と「技術論」

当然「必殺技」も「超能力」同様、形勢の逆転に用いられることが多いわけですが、特に”説明放棄”の段階に至った必殺技は、”技”とは言うものの実際にはむしろ通常の「技術論」的文脈の破壊・逸脱であることが多い。

前提4?2:「必殺”技”」と「精神論」

また、でもあるし、だから、でもあるわけですが、「気」や「念」ほどではないにせよ、「必殺技」の類も直接間接に、使い手の「精神」を拠り所・理由付けにしている場合が多い。
あるいは”頑張ればどんな(荒唐無稽な)技も可能だ”という意味で、根底に精神論的願望があるとも言える。


結論。

前提5:「超能力」&「必殺技」と「精神論」

というわけでケースバイケースではありますが、「超能力」も「必殺技」も、共にある種の「精神論」的願望/世界観の、格闘描写における道具立ての一つとして、同一視することが可能である。


・・・・まあ一つの整理の仕方なので賛成反対は別にいいんですが、ともかくこういう枠組で語っていますよとそういうことです。
つまり『ハンター×ハンター』『ドラゴンボール』という名前を挙げた時に、いわゆる”少年漫画/ジャンプ的”な「必殺技」至上主義的格闘描写のことを思わないのは不可能だと思うので、”「気」や「念」の話”という以上の整理がちょっと必要かなと思いまして。

では今度こそ『ドラゴンボール』編。(笑)


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