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金庸全作レビュー:予備作業 

初めに翻訳版全13冊を、発表順に3つの時期に区切ってみることにしました。
(参考)(Wiki)

1.デビュー?確立期

書剣恩仇録(’55)
碧血剣(’56)
雪山飛狐(’57)
射英雄伝(’57)

2.盛期

神剣侠(’59) ・・・・射英雄伝の続編。
飛狐外伝(’60)
倚天屠龍記(’61) ・・・・射英雄伝、神剣侠の続編。
連城訣(’63)
天龍八部(’63)

3.自在期

侠客行(’65)
秘曲 笑傲江湖(’67)
鹿鼎記(’69)
越女剣(短編集。’61,’61,’70)


1.デビュー?確立期

書剣恩仇録(’55)でデビューして、日本でもPS版のゲームが出てたりする、初期の代表作にして屈指の人気作射英雄伝(’57)で完全に作風を確立するまで。

後の時期と比べた特徴としては、サービスなのか自信が無いのか、大義名分やら”教訓”やら、何かの時にとってつけたような後付けの小理屈が顔を出して、それが構成や結末のつけ方に少しギクシャクした感じを与えていること。まだ外聞を気にしている時期というか。
金庸自身の自我はとっくに確立していたはずだと思いますが、なまじもののはずみの余技の作家業なだけに(笑)、読者や文壇(?)への微妙なはばかりや媚びがあったのかなと思います。

一応人並みにスタイル的な試行錯誤のようなものもなかったことはないようですが、それも「やろうと思えば全部出来るけど、どれをどれくらいやったらいいんだろう」というかなり贅沢なレベルの話のように思います。苛烈な評論家である(後述)自分基準の満足不満足は別にして。


2.盛期

射英雄伝(’57)で確立した作風を基本に、自信を持ってそれぞれのテーマを展開しまくった時期。もう完全に読者も世間も文壇の常識も、”金庸ワールド”の方に引きずり込んで迷うところがありません。
この時期最後に位置付けた天龍八部(’63)は、3?4人の全く違うタイプの主人公をそれぞれに念入りに造型して、当時(中国”宋”代)の中華世界全域の国際性も華やかに、壮大で多彩な人間絵巻からタイトルにある仏教思想(『天龍八部経』)の精髄まで浮かび上がらせんと企図し・・・・てちょっと風呂敷を畳みきれなかった感もある(笑)意欲作ですが、ともかく作者自ら「集大成」を意識した作品であるのは間違いないでしょう。というわけで、ここに一つ区切りを。


3.自在期

天龍八部(’63)で一応やり切った金庸のその後。もう好き勝手。

侠客行(’65)は抱腹絶倒のかなり冗談のきついとぼけた作品。秘曲 笑傲江湖(’67)はこれでもかという、金庸娯楽テクニック大爆発の華麗な作品。”反・武侠小説”鹿鼎記(’69)は『武侠小説』のお約束をことごとくぶち壊して相対化した上で、それでもなお武侠の楽しみを追求してやり遂げたアクロバティックな作品。越女剣(’70)は・・・・おまけ。ミニマムにはこんなもんという、ある意味では(金庸)武侠小説の”使用前”をあからさまにする、貴重な作品集と言えないこともないですが。


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