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宮本武蔵の「技」と「心」(1) 

宮本武蔵〈7〉 宮本武蔵〈7〉
吉川 英治 (1990/01)
講談社

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かなり反則気味ですが、「心」派の宗匠吉川武蔵編については、文庫版(七)(八)の解説における、樋口謹一氏による国民的金字塔吉川武蔵(’35?)とその後のカウンター作品とのコントラストについての評論を、そのまま抜粋して代用することにします。

それは一つには再読してみた吉川武蔵(初読は中学生かなあ)が、今更論ずる意欲の湧かない、いかんせん古臭い、時代と寝た作品に感じられたこと。
そしてもう一つは、こっちの方が重要ですが、その独特の精神主義的スタイルをめぐってその後の作家がそれぞれに意欲的に自分なりの武蔵像を描こうと努力していて、それについての樋口評論がかなり読み応えがあり、はっきり言うと今回の企画で僕がやろうとしてやり損ねた(笑)ようなことをお手本的に成功させている、そういう評論のように見えるからです。

ぶっちゃけ吉川武蔵以外の引用作品は僕は一つも読んでいないので、樋口評論の解釈が正しいのかどうかとか全く責任持てません。ただテーマを扱う手腕と、僕が取り上げたようなテーマが実際に創作に当たる作家たちの中でどのように表現されているか、そこらへんの活写を見る/想像するのが面白いなというそういうことなので、話半分でどうぞ。

まずは「技」派、または「技と心の分離」派の面々。
(つまりそれに対する吉川英治は「心」派、または「技と心の同一視」派なわけですね。代表的には”剣禅一如”という、作中武蔵に語らせている言葉。)



村上元三 『佐々木小次郎』 (’49?)

剣を通して自分を完成させるなどということは、小次郎には、あまり意欲の起きないことであった」


これだけ見ると精神主義の否定のようですがむしろ逆。

「自分が徹し切れるのは、このだけだろうか。それより前に人間としてよく生きる、というほうが大事ではないか」


問題とされているのは剣と精神、技と心の乖離の方。

吉川・武蔵にとって剣と人生は相即するのに対して、村上・小次郎にとって剣と人生は背反する




五味康祐 『二人の武蔵』 (’56?)

作州の平田(新免)武蔵と播州の岡本武蔵(たけぞう)。二人それぞれの師匠はいずれも「邪剣」「殺人剣」「覇道」の剣の持ち主(以下略)


作品自体はこの二人の”武蔵”が後代伝わる”宮本武蔵”として事跡を合成されて行く過程を追います。

この二人に佐々木小次郎がからむ。(中略)
(小次郎)は、「武芸は兎角殺伐なもの」、さればこそ心して、「花やぎ」を求め、「色の剣」を旨とし、(以下略)

これに接して岡本(たけぞう)は、「武芸の巧者よりは人間の味の深さに心惹かれてならぬ」


「心」派の小次郎、「技」派の武蔵。吉川版の逆。
その後様々な行きがかりから、小次郎と岡本の方の”武蔵”は巌流島の決闘に導かれます。

岡本の立場に同情を禁じえない小次郎に対して、自己の原点である殺人剣を無意識裏にふるった岡本は勝った(以下略)


巌流島の勝負に「道」はかかわりをもたない、決め手は「技」のみ。




柴田錬三郎 『決闘者 宮本武蔵』 (’70?)

”決闘者”は勝つための「業の工夫」に生死をかけるが、これを支えるのは天性の「業力」(ごうりき)である。


(武蔵だけでなく)小次郎も業力盛んな(中略)美青年、女は犯すものと花を散らしつづけ(略)
その小次郎も、巌流島直前ある女性を愛して業力を「減らし」ている。


樋口氏はさらっと流していますが、これだけの記述からもどうも僕には柴錬の言う「業力」は、僕がこのシリーズで取り上げてきた「気」「念」と通じる「心」の代替概念、物質的比喩の一種という性格を包含しているもののように見えます。ただの「業」とは違う。(「業」自体も「技」とは区別されてるのかも。)
これくらいの年代になると、要するに僕ら現代の読者/作者同様、「心」を原因・決定因として描くのにはそれ相応の仕掛け・苦心が必要なのかなと。

試合では、「海面すれすれにかくれている岩」の上に突然あがって「姿の巨大さ」で小次郎を「威圧」した武蔵が、長剣「物干竿」より三十センチも長い木太刀で相手を倒す。要は業力の差に支えられた業の勝利である。


従ってこの描写も単なる「技」による「心」に対する勝利ではないのではないでしょうか。
それより一つ上の次元の話。

それが証拠に・・・・

その直後、武蔵は「唯一の弟子」養子の伊織と試合する。伊織の剣は「正しい剣」、沢庵や柳生の奉ずる剣である。それは、武蔵に言わすと、政治にかかずらわって「業が衰え」て剣を捨てざるをえなくなり、「無刀」などという「屁理屈」をこねるものだ。

(その伊織に半ば偶然敗れて)頭への打撃で「業念を喪失」して(中略)「尋常の人間」に堕した武蔵は以後大試合をせず「無為の生涯」で終わる。「五輪の書」以下武蔵の著はすべて伊織の作で、「道」の剣の立場からのものと柴田はする。


「業力」「業念」という形に昇華されない「心」「道」は、やはり剣術においては抽象的で非現実的なものである。
そういう意味で吉川武蔵に対して柴錬は批判的ではあるが、だからといって単なる技術主義ということではない。


・・・・最後はかなり読み替えてしまいましたね。(笑)
だってあんまりおじいちゃんなんだもの。(執筆当時既に京大名誉教授)
次はもう一度樋口氏の文脈に戻って、「総合」派の司馬遼太郎編


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