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内部世界 

内部世界の視覚化

多重人格者の(頭の)中の「人格」たちは、彼らの”住んでいる”世界をどのように視覚化、イメージ化して認識しているのか。
概ね共通する点と、(恐らくは)それぞれの患者・人格の想像力の癖によって変わって来る点、随時例示して行く。

?例1 :患者”シルヴィア”の交代人格”リーン”の場合

「私が行った最初の場所は入り口のすぐ近くだ。”待合室”のようなものと考えてもよい。交代人格は出入りをする時、この場所で”待たされる”。私はすばやくそこを通り抜けるが、他の人格は数秒かかると言っている。(中略)誰か待っている人がいれば交代は瞬時に行われる。」

「誰かが待ちきれなくて無理に出ようとすると額の上の方に痛みのような感覚が生じ、それは移動して目の痛みとなる。この感覚は偏頭痛の軽いものに似ている。身体をコントロールしている人格は、誰かが無理に出ようとするとこの痛みを感じる。」

「この場所の色は、壁の染みのように交じり合った色だ。大きい染みや小さい染みがある。」

(解説)
”待合室”の存在や、そこで混乱が生じた時の(外に出て生活している)人格が感じる局部的頭痛はほとんどのケースで報告されている。

「さらに頭の高いところへ進むと、色は純粋になり、明るくなる。(中略)色は青と黄色で、赤が少々入っている。」
「私にとってそこは瞑想の場所だ。そこに行くと安全で保護されているという感じを受ける。そこから出てくる時、誰でも幸せで昂揚した気分になっている。」

「後頭部は、茶色と黒を混ぜたような暗い褐色だ。」
「空中に巨大な物が浮かんでいる。大きくギザギザして角が尖った岩のように見える。身を隠したいと思ったらこの場所が最適だ。」
「そこに行くとぞっとする。見えない何かがこちらを見つめているような気がするからだ。窮屈で息が詰まるような感じだ。」

「いつまでもそこにいたいと感じる場所がある。そこは明るくて清潔だ。(中略)比較的広く、私たち全員が入ってもまだ余裕がある。」
「まわりの色は柔らかく、明るい色合いの緑と赤と茶色と金色で、まわりの全てが溶け込み、ゆるやかに変化している。」

「私たちはみな自分の”地獄”を持っている。シルヴィアの心の奥深くに入った時にそれを見た。悪い考えや記憶、悪い出来事、憎しみや怒りなどの押し殺された感情が、隠されて、あからさまに、おぞましい怪物の姿となってそこにある。」
「怪物は黒くて大きい。何かのエネルギーによってかき乱される時以外はたいていじっと動かずにいる。」
「そこにいた時、体が重くなり棘で覆われているような感じがした。怪物とあまり長く接していると簡単に彼らの仲間になってしまう。」

(解説?)
いかにもアリソンの患者らしく、非常に宗教的なイメージである。知る限り一般的なものではない。
・・・・ただし締めの部分で”リーン”はこう書き添えている。「私はこのようなことを書くのは許されていなかった。一部は内密の話だ」。また「二十人の患者に同じ質問をすれば二十の違った答えが返ってくるだろう」とも。

視覚化とは少し違うが、内部世界の他の空間的側面について同様に”リーン”の報告。

「移動の方法も変わっている。自分のエネルギーの流れやまわりのエネルギーに運ばれてある場所から他の場所へ移動する。」
「簡単に移動出来ることもあれば苦労する時もある。外にいる人格がエネルギーを沢山使ったりストレスを受けていたりすると、移動は滝を遡ろうとするようなものだ。ストレスのない状態では楽に移動できる。」
「感覚や感情といったこだわるものがない時には、私たちはいつもあちこち漂っている。」

(解説)
何ともコメントのしようがないが、いずれにしても後で述べる「共在意識」のありようや統合プロセスの進捗具合によって、同じ患者の中でもこうした空間的表象は大きく変わって来ると思われる。隔たりが大きければ大きいように、小さければ小さいように表象される。この時点で既にシルヴィアの内部世界はかなり安定した秩序を持っていたのではないかと印象的には感じられるが、特には記述はない。


人格どうしのコミュニケーション

これも共通点と相違点、両方が見られるので随時例示して行く。まずは再び”リーン”の報告から。

?例1 :患者”シルヴィア”の交代人格”リーン”の場合

「私たちの間のコミュニケーションは、遠くに離れていても溶け合い、”話し合う”ことができる。」
「個別的なコミュニケーションの時は邪魔が入らないようにまわりを覆って溶け合う方法を選ぶ。こうすると、私たちは一つの存在として行動できる。」


・・・・しばしば多重人格群の中で形成される”党派”的なものの具体的ツールの候補として、後段の報告内容は興味深い。

「たいていはこのやり方だが、感情の波をやりとりすることもできる。」

「私たちが言葉で会話できることを思い出してほしい。」


・・・・人格どうしの”膝詰め談判”は多重人格エピソードの名物風景である。
・・・・よく外に出ている人格が中のどれかの人格に呼びかけて、その結果見つかったり見つからなかったりしている時はどちらを使っているのだろうか。


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