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他の自閉症者のケース 

オリヴィエの”ベティーナ”と”支配人”

”ベティーナ”

オリヴィエにとっての”キャロル”のような人物が現れたのも、ちょうどその頃(十代に入った頃)だったという。その人物はベティーナという名前だった。
ベティーナは主にあの女装のロックシンガー、ボーイ・ジョージをモデルにして生まれたもので、男性にも女性にもなることが出来る人物だった。その人格や個性は、ボーイ・ジョージの絶大な人気によって、保証済みのようなものだ。

オリヴィエはなおも自分を表現できないままだったが、それと引き換えに、ベティーナはいくらでもしゃべることができた。オリヴィエは人と心からかかわり合うことのできる自己を持てないままだったが、それと引き換えにベティーナはうわべだけではあったが、人とかかわりを持つことができた。



”支配人”

さらに、オリヴィエには仮面の人物(キャラクター)がもう一人いた。こちらは正真正銘の男性で、オリヴィエにとっての知的な「自己」の部分であり、現実的なこと、論理的なこと、責任のあることならいっさい引き受けるという人物だった。それらは経験からというよりも、丸暗記で記憶されていた。オリヴィエはその人物を、「支配人(ザ・マネジャー)」と呼んでいた。



マルコムの「レパートリー」

マルコムが、自分のしていることをほとんど実感していないことも、彼自身の本当の感情がどこにも見当たらないことも、すべてこの躁病のような仮面の陰に隠されてしまうのだろう。マルコムは人生を、まるではてしなくチェスの駒を動かすようにして、もてあそんでいるかのようだった。

わたしが話しかけると、マルコムは様々なアクセントで答える。「あなた自身の『はい』はどれ?」わたしは聞いた。「はい」マルコムはアクセントのレパートリーから適当にひとつを選んで、言った。「それもあなたのじゃないわ」わたしは言った。「じゃあこれは?」そう言うと、マルコムはまた別のアクセントで言った。そしてさらに別の、またさらに別の。そうして五つのアクセントを繰り出した後、ついに彼は演技(パフォーマンス)をやめた。
「わかったよ」打ち負かされたように、マルコムは言った。「これがそうだ」。そうして発せられた彼自身の声は、あまりに自然で、あまりにリアルで、思わずわたしは、カウチから突き飛ばされたように思ったほどだった。

「さよなら」わたしは言った。マルコムは、再び目に見えない仮面をかぶった。そうして、壊れたように言葉をまき散らし始めた。



イアンの「顔」

(ドナとの関係の中で自分自身でい続けることを覚え始めていたイアンが、ふとしたはずみに安定を失って)
イアンは突然、感情も、感覚も、なくしてしまったのだ。(中略)かつてのわたしは、たいていこのような状態から、仮面の人物に変わっていった。(中略)
「なんにも感じない。なんにもわからない。」苦しそうにイアンはうめく。自分の「顔」のひとつに変わるために、何かの、誰かのきっかけが欲しいに違いない。だがわたしには、何の要求も期待もない。(中略)だからイアンには”変貌“するための手がかりが、何もつかめないのだ。わたしは彼に、今まで身につけてきた“反応”を引き出すための合図を、何も与えていないのだ。

彼は変になり始めていた。五分ごとに、声も姿勢も顔の表情も変わってしまう。まるでチャンネルの壊れたテレビのようだ。(参考:”ポップアップ”現象)

「顔」と呼んでいる仮面の人物たちは、わたしの場合と同じように、防御のためのものだ。そうして物事があまりにも行き過ぎ、なんの自己主張も出来なくなってしまった時に、さっと出てきて肩代わりをする。
彼の「顔」は、どれも違ったしャべりかたをし、それがまた互いにまったくちぐはぐだった。だがイアンはそれに、気がついてはいないようだった。

わたしは目の前の「顔」に、五分前に言ったことと今言ったことと、まったく矛盾しているのはどういうわけなの、とたずねた。すると仮面の人物はいっそう早く変化し始め、それぞれが違った意見や話題をとうとうと述べ始めた。(中略)それでもわたしは質問を続けた。(後略)
そしてとうとう、イアンは戻ってきた。その目にはみるみる涙があふれ、崩れるようにテーブルに突っ伏すと、激しく泣き出した。




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