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(協力)漢方を健康保険で使えるように署名のお願い [転載] 

こちらで知りました。
第一回締切が11/30だそうなので、して下さる方はお早めに。

漢方を健康保険で使えるように署名のお願い (医療関係者有志)

去る11月11日(水)の行政刷新会議の事業仕分け作業で、医療用漢方製剤(漢方エキス製剤・煎じ薬)を健康保険から除外する、という案が出されました。
現在、医師の7割以上が漢方薬を使用して、国民の健康に寄与してきました。また、全国の医学部・医科大学でも医学教育の中に漢方教育が取り入れられ、日本東洋医学会で専門医教育も行われ、専門家育成も進んでいます。
わが国が迎えている少子高齢社会の中で、われわれ国民の健康を守るためになくてはならない漢方薬・煎じ薬が健康保険で使えなくなることに、断固反対をします。


見たばっかりで正直事情はよく分かってないんですが、とりあえず困りますね。
僕は喘息ですが、ステロイドとの相性が非常に悪いので、体質改善的な投薬は漢方に頼ってるので。

「漢方だから切る」というやり口自体、例えば例のマイナースポーツ叩き(参考)とかと同じような"横着"の臭いを感じるし。
口実探してるだけだろう?攻め易いところを攻めてるだけというか。
”補助金”ですらないわけですしねえ。

ま、基本的には、今回は純粋に、自分の利益の為の陳情です。(笑)
ほんとのところは分かりません。
後になって全体の構造を見誤っていたということになったりするかも知れませんが、そん時はごめんなさい。
とりあえず僕は困る、ということです。

出来ればよろしく。


浦和?磐田(’09) 

一回り、した?

J1第32節 浦和 ○3?2● 磐田(埼玉)

基本はやっぱ、人海戦術なのかなあ。


エジミウソンらしいというか、それにしても地味な、"ハットトリック"。
「ブラジル人FWのハットトリック」と言うと、"怪物的能力の誇示"か、"弱い者いじめor火事場ドロの厚かましさ"か、たいていどちらかのイメージが浮かぶってもんですが。(笑)
しかしこのエジミウソンのは、こう一つ一つ努力して努力して積み上げて、気が付いたら3点になっているという、地道というか日本人的というか。凄いね!というより、頑張ったね!と言ってあげたいような、あるいは「みんなで取った点だよね」とか、ヒーローインタビューの模範解答的な締め方をしたくなるような、そんな印象。

いや、決して技術的にはそんな素朴でもないんですけどね、どうもこうキャラ立ちが。
とか何とか言っている内に得点ランキングも2位になってるし、これでもうひと頑張りして得点王でも取っちゃった日には、迫力不足なんて言わせねえぜ・・・・と言いたいところなんですがやっぱり言いたいところが残る。「迫力不足」と。(笑)
瞬間だけだったら実は高原の(得点の)方が、"えげつない"という強い印象はあるんですよね、こんなシーズンでさえも。
とりあえず相手からしても、「エジミウソンがいるから怖い」ということには、なってないと思います。

なんなんでしょ。当面キャラとしか、言いようが無いんですけど。
この埋没の仕方やあれこれの勤勉さは、フィンケレッズにはぴったりなのかも知れないけど、一方でぴったり過ぎるのが、物足りないのかも知れない。
まあエジミウソン個人としては、十分にやったシーズンであるには違いないというか、間違いなく最も重要な軸となる選手の一人ではありましたが、だからこそこういうチームであったとも・・・・。いや、まあ、いいです。ゴニョゴニョ。

このゴニゴニョさ加減が、フィンケレッズを評する難しさに重なっているのは、間違いの無いところだと思いますが。(笑)


試合の方は、気温が低くなったのと飛び飛び日程で惰性が生じる前にいちいち意識付けが改められるせいか、欠場&体調不良者続出の割りには、時にシーズン序盤を思い出させるような、集合離散の良さと攻撃時の集中ぶりで、トータルで見れば良い部類のゲームだったと思います。2点目のパスワークには、思わず声が出ました。
勿論当時のようなひたむきさや、ストレートな未来への希望やフィンケ・サッカーへの信頼・期待感も、ついでに正味の体力も無いので、変なムラや抜けた時間帯や、「試合」全体を押し包むような迫力の不足みたいなものも、疑惑の目で見れば同じくらい存在していたとも思いますが。磐田の抵抗力のそれ以上の(笑)ムラが、こちらの良い部分が出るのを待ってくれたというか。

それでもまあ何と言うか、「来年」へ向けての歩み直しは、それなりに始まってるのかも知れないなという、そういう感触は無くは無かったです。試合終盤へのキレなさ加減は、なかなかのものでした。
当然続投確定は伝えられているわけですし、それぞれの契約更改も概ね順調に進んでいるようですし、やるしかないっちゃやるしかないわけですけどね。

ただそうそう嫌々出来ることではないですし(笑)、さりとてすっぱり切り替えられるような状況の変化が起きているようにも思えないですし、それで僕が思う/感じるのは、フィンケって多分、練習の説得力はあるんだろうなあということ。試合が重なるにつれて、それがヨロヨロしがちではあるけれど。
だからたっくさん練習してちょっと試合するのがいいというか(笑)、真面目にキャンプ以来の蓄積をひたむきに吐き出す勢いが、序盤の快進撃を支えたというか、そういうところは、あったのかもなという。

中間・期末かよというか、前期・後期テストかよというか、いい加減記憶も遠くなりつつありますが(笑)、そんな比喩を一つ、出させていただいてと。
残念ながらJリーグの"テスト"は、基本毎週末ですけどね。(笑)


それはそれとして、気持ち春先仕様(先般からの流れでそれよりはだいぶ守備重視でしょうけど)のフィンケ・レッズを見て改めて感じたのは、やはり冒頭の"人海戦術"ということで。
運動量と攻撃の人数が必要なのは、今更言うことではないんですが、それだけではなく。

つまり上で言ったように、"ハネムーン"が終わって、フィンケのサッカーに出会い初めと同じウブさで取り組む、身を投げ出すのは、当然不可能なわけですが。これは別にフィンケに特に欠陥があるということではなくて、どんなチーム・どんなサッカーでも避けられない、一種のサイクル的な問題として。
そしてまたどんなサッカーでもまずやりながら何かしら問題は起きて、それを修正したり補強したり、細部を詰めたり機構を単純・堅固化したりする中で、立ち上げ時のウブな信頼や期待とはまた違った、より現実と経験に根差した形の信用や絆を監督と選手が固め直して、そういう形でチームが次の段階に行くというか、成熟するというか、だいたいこんな感じでチーム作りというものは進んで行くものだと思います。

ある種理想的にはね。単に駄目だったり、もっと行き当たりばったりだったり、それで案外結果が良かったり(笑)、実際には色々だと思いますけど。

ただこの日感じたのは、何と言うか、フィンケの変わらなさというか、変わる必要性の認めていなさそうさ(酷い日本語)みたいなもので。春先、それ以降、今、違うのは本当に気候とメンバー、言ってみれば文字通りの「実験条件」が、個々に入れ替わっているだけというか。それが事実だ!というより、それがフィンケの住んでいる「世界」だ!というか。
なんかこう、「時間」性というものを感じられなかったんですよね。否応なく経過・蓄積するはずの。

勿論その間、例のフロンタ戦に始まる守備型編成という修正・試行は行われている/挟まっているわけですけど、ただその行為・その要素のフィンケの「世界」で置かれている位置が、思っていた・・・・というより通常想定されるよりも、遥かに外縁部にあるというか、本当に緊急避難か純粋な妥協で、本体の「変化」なり「発展」なり「成熟」なりに、還元・結実しそうな気配が全くと言っていいほど感じられないというか。
"ポリシーが堅固"というよりも、もっとあっけらかんとした印象。あえて拒絶しているというより、最初から身分が違うというか(笑)。住む世界が。

純粋科学の世界に現実の事情は入って来れないというか。
あるいは「科学」と「技術」の、似て非なる世界というか。


もう少し具体的な話をすると、例えば上で僕が典型として挙げた「修正したり補強したり、細部を詰めたり機構を単純・堅固化したり」、それによって「より現実と経験に根差した形の信用や絆を監督と選手が固め直し」たりという、そういうプロセスが、フィンケの場合ほとんどないだろうというか、ないように見えるというか。
あるのはただ、フィンケの「正しさ」を「証明」するプロセス、その成功や失敗の。

つまりは基本的には同じことの繰り返しで、フィンケは自分の初期仕様のスペックを最大に引き出すことを試みるだけで、成功の確率を高める為の変化やあえての補強("選手補強"という意味ではないです)の手当みたいなものは、まずやらないんだろうなという。
現象的にはこれは、ある意味の力押しの運動量勝負ということで、人海戦術ということで、やるっきゃない!!ということです。
そうなると思います。そう、この試合では感じました。
だから駄目ということは無いんですけど、なんかこう・・・・コミュニケートし難い人だなと。(笑)

そしてこれは、余計なことと言えば余計なことですが、トゥーリオの感じていることでもあるだろうなと。
同じ文脈とは思いませんが、"コミュニケート出来ない"という、結論は同じ。駄目だこの監督、俺とは話が通じねえよ。
「育成」とか「勝利」とか、「若手」とか「熟練兵」とか、そういう分かり易い構図そのもので、行き違ってるわけではほんとはないんじゃないかと、何となく。

つまり。
トゥーリオの際立った"能力"、特に攻撃参加時のワンプレーワンプレーの、恐るべき有効性と集中力と勘の良さと、それらを支えている現実のニュアンスを細かく拾い上げるトゥーリオの資質そのもの、それがフィンケの「純粋科学」性、「原理」性無変化性と、徹底的に合わないんだろうなと。
基本の立場の上下を考えれば、時に自分が否定されている、排除されている感覚すら、覚えるのではないのかなと。

勿論これは自分の「感覚」に頼り過ぎる、トゥーリオの未熟さ・独善性でもあって、例えばポンテのそういう能力がトゥーリオに引けを取ることは特に無いでしょうが、でも体さえ万全なら、それはそれとしてポンテはフィンケに適応して見せたであろうというか、その中で問題なくそういう能力を発揮出来るだろうと、そうも思うわけで。
まあ今季トゥーリオがフィールド上であからさまにフィンケに逆らっているとか、貢献してないとは別に僕は思わないですから(要は他の選手並ではあるということ)、結局は感情的な問題なんでしょうけどね、日々を支える。

だからどうせ出て行くなら、単に「フィンケのいないところ」ではなくて(笑)、違う形ででもそれなりにディシプリンを要求されるところ/リーグに、行って欲しいですけど。フッキのようにというか。(笑)
それでこそ、単にわがままなんじゃないということが証明できるというか、一段上に行けるというか。


しかしトゥーリオがいなくなって、それから多分ポンテも?
となると、本当に、本当に、一つの時代が終わりますね。


FC東京?浦和(’09) 

なんでこう、なるの↑(欽ちゃん風)

J1第31節 浦和 ○1?0● FC東京(味の素)

FC東京サポの気持ち。・・・・かも知れない。


終わってみれば、結果として残ったのは、いつもの"浦和とFC東京の試合"という感想でした。
FC東京の「頑張り」も「クオリティ」も、それなり(にいつも通り)のものは見せているようには思うんですが、どうもそれが自己完結気味というか、鼻先で演じられているショーという感じで、浦和を本格的に巻き込む大きな波に、成長しない。
もう少し辛抱してくれれば、焦らないで待っていれば、腰の重い浦和も"参加"しそうなそういう気配は無くは無いんですが・・・・

去年の特に2回目の対戦時も、城福FCに好感を持っていた僕は、エンゲルス下の緩み切った浦和に鉄槌を下して欲しい的な気持ちも少なからずあったわけですが、てんで駄目だった。(笑)
ただあの時はFCの状態も下降気味というか停滞気味というか、はっきりしない感じだったのでさもあらんという部分もあったんですが、今回はね。疲れはあっても充実しているでしょうし、立ち上がりも落ち着いた感じだっただけに。
なんでこう、なるの?という。(笑)

言いたかないけど、「相性」かなあという。「合い口」というか。
"悪い"というより"合わない"んですよ。
そういう場合、より繊細な方、真面目な方(笑)が、独り相撲の頑張りで損をする、そういう傾向はあると思います。
鈍感力な浦和は(笑)、ポイントだけ頑張って後はだいたいで、それがかえって強い。(強く見える)
それなりに勝利の実績が加わって来れば、同じ本質でもまたマッチアップは変わって来ると思うんですけどね。先輩が偉く見える段階の若手は、仮に自分が正しくても上手くそれが指摘出来ない、主張し切れないみたいな、そういう。いったん立場が対等に近づけば・・・・。でもまだ駄目みたい。(笑)

でもほんと、手が合う合わないというのは、あると思います。
例えば大宮の浦和"対策"なんてのは、割りとよくハマるというか、それ以前に非常にビビッドに浦和に影響を与えるというか、可視化されるというか。トータルの"格"はかなり下の状態でもね。つまりはちゃんと「組める」んですよね、ともかくも。
"FC東京"というチーム自体も、多少特殊というか独特の自走的な性格のようなものが、あるような気がしますし。これはヴェルディでの方の、対戦経験からも。根っから真面目というか、わき目もふらず、相手の顔色も窺わず(笑)に一直線に努力するというか。それで一人でああ駄目だった、よし勝ったと、やってる感じ。それをこちらは少し引いて、眺める。別に馬鹿にしてるわけじゃなくて、声かけてもあんまり聞こえてないみたいなんで、しょうがないんです。

これはそれこそ大熊時代、原時代から、通して変わらない印象ですね。ガーロはよく分からん。(笑)
城福さんになってサッカーの内容的には、なかなかに充実・成熟して来たのかも知れませんが、逆に城福さん自体、ここで言ってる「性格」の権化みたいなところがあるので(笑)、差し引きトントンというか、変わってるようで変わってないというか。
浦和に対するコメントも、いつも正直「ハア」という感じですし。ま、浦和に限らず、常に自分内の基準でのみ喋る人という、印象ではありますが。お似合いの監督だなあというか、ここまで来ると一種の「文化」だなあというか。

サポどうしも仲良さそうですしね。ブログ・シーン一つ見ていても、連絡性の良さは僕が各チーム見た中でも、突出している感じです。はてな使ってる人が多いというのも、大きいんでしょうけど。
ヴェルディともレッズとも、全く違う雰囲気。具体的にどうとかは、自分も当事者なんであれですけど。(笑)
とにかく今後も独自路線で行っ・・・・た方がいいのかどうかは、よく分かりませんが(笑)、でもそう簡単に変わるものとも思えないし。なるようになるか。


もう少しだけまともな話を。
メンバー編成的観点からのFC東京の印象は、一言で言って「寄せ集め」。・・・・ん?ちょっと語弊があるか、言い直しましょう(笑)、「寄り集まり」。とにかく何か、「色」が見え難いんですよね、それなりの段階に来たチームにしては。キャラクターが無いというか。軸が無いというか。メンバーが思い出し難いというか。(笑)

例えばこの日のスタメンの出自から言えば、

権田、椋田、梶山・・・・下部組織生え抜き
今野、徳永、平山・・・・アマ(学生サッカー)のスター/有望選手
米本、赤嶺・・・・無名からの叩き上げ/抜擢
鈴木達、羽生・・・・ひと通り完成された中堅の移籍選手
ブルーノ・・・・期待されてたのかどうかよく分からない外国人選手

最後うっかり余計なオチをつけてしまいましたが(笑)、まあ概ねこんな感じ。

下部組織にはそれなりの定評がありますが、塩田と長友の本来不動のレギュラーの故障という事情で、今年権田が、ここ最近椋田が顔を連ねているのでそれなりに格好はついているものの、必ずしもそういうチームでもない。外国人も中途採用(笑)も、まずまずの選手を獲っては来ていますが、今一つか脇役っぽいか。仮にカボレがいても、その印象はそんなに変わらない。
実は一番「FC東京らしい」特徴だと僕が思うのは、二段目の"アマ・スター"枠で、Jでも相対的に上位の観客動員力と、「東京」という立地の魅力で、今後もこの部分については恒常的にそれなりの優位を、キープするのではないかと予想できます。

ただそうした選手の誰かがいち時代を画しているわけでもないし、結局のところ色んな選手が、色々な経緯で何となくいるという感じで、それを「FC東京」たらしめているは、時の監督であったり上述の「文化」そのものであったり。
なんか不思議な感じですね。まとまりはあるけれど、基盤が無いような。だから監督人事でミスると、あっという間に混沌に呑み込まれる危険が、この段階に来てもほとんど変わらずあるような、そういう印象。
「全員サッカー」というより、「脇役サッカー」?(笑)。桂馬と香車と銀の将棋というか。悪意は無いです、信じて下さい。(笑)

ここ数年のトータルで言えば、金は有り余ってるわけではないけれどそんなに無い方でもなかったはずだと思いますが、なんでこんな感じになってるのか。面白いなと思いますけど。
梶山か平山でも「大物」になれば、また変わって来るんでしょうけどね。今のところは、極端に言えばアマラオが最初で最後の、"大物"(というか"中心"?)選手みたいな。
方針でもあると思います。でもそれより、そう"なっちゃってる"部分の方が、大きく見えますが。

対する浦和の方は、文字通り金があったので、文字通りの「寄せ集め」色が強い形で現在に至り、ただそれら寄せ集めた選手たちは概ね寄せ集めただけの働きはして、非常にキャラクターの強いチームにはなりましたね。
今はようやくその威光が衰えを明らかにしているのと、同時に下部組織出身選手の目覚ましい突き上げも起きて、"過渡期"の一言では済まされない、何とも言えないスリリングというか不安定というか、あちこちでギャップの目立つ、そういう状態。これからどうなるのか、変革は間に合うのか。

少なくともヴェルディ川崎やジュビロ磐田のいち時期よりは、「次」の材料は見えている分、幸せなんでしょうけど。


試合の方は、赤嶺が決めなかった試合・・・・いや、まあ、でも、実際そういう印象も強いですが。
決めてナンボの赤嶺ですし。
レッズの方から言うと、要はそろそろお馴染み、僕の言う"フィンケ・ソフト"(フィンケのパス回しプログラム)が、束の間動作環境を得て発動して、でも結局それで試合が決まってしまったという、そういう試合。

それ自体の威力は、既にある程度証明済みで、ただそのピンポイントの"動作"以外の部分をどうするか、トータルをどのようにコーディネート、マネージして行くかが当分&当面の問題で。
この試合は見ての通り、得点直後の原口退場による数的不利が、戦い方を上手く整理して"トータルコーディネート"して、少なくとも集中した戦いを完遂することは出来ました。

それについて、てっきりまた犬飼がスポ新に乗せられて何か言ってる

 浦和“堅守速攻”で競り勝った…社長は酷評(スポニチ)

と思ったら、「橋本」の方の「社長」だったか(笑)。未だにとっさに、こんな反応になってしまいますけどね。
しかしこの人も、こんなこと今言う立場なのかしらん。政治的にも、男気的にも。スポ新バイアスを脳内調整しても、ちょっと釈然としないですが。

まあ書きかけの"フィンケ"問題については、改めて。
横着して試合評と兼ねようと思ってたんですが、久しぶりに書きたいことがあって"しまった"ので(笑)。コメント放置している次郎さんすいません。内容で答えに代える予定だったもので。
引っ張るほどの内容じゃないんだよなあ、さっさと書けば良かった、失敗した。(笑)


最後に、審判はクソでした。
何と言うか、「どうでもいいだろう?」と一つ一つ言いたくなる。
ルール上、or個別には必ずしも間違ってはいないのかも知れないけど、伝わって来る精神がクソなので、納得し難い。
あんまり審判気にしない人なんですけど、久しぶりにイライラしました。
原口がそんな悪いコに見えるかよ。


新潟?浦和(’09)、浦和?大宮(’09)メモ 

いわゆるフィンケ”追試”2戦。

J1第29節 浦和 ○1?0● 新潟(東北電力ビッグスワン)
J1第30節 浦和 ●0?3○ 大宮(埼玉)


しかしこういう時に”負け”番に回る新潟と、ちゃっかり”勝ち”番をせしめる大宮と、何となく体質が出ているような気がしてならないですが(笑)。浦和そのものは、どう”転んで”もおかしくないチームなだけに。


今更「試合内容」という感じでもないので、”フィンケ問題”全般を、この機会にまとめてみようかなと。
基本的には、どちらも本質的には大差の無い試合だったように、僕の目には映りました。”転び”方が違っただけでね。部分的間欠的に発動する「フィンケソフト」と、それ以外のマネージメントのぼんやりした空間と時間と。
”やる気”が云々というのも、要はプレーのガイダンス(の在不在)との関係で、それぞれの性格なりに出たり出なかったり、しているだけだと思います。

結果としては1勝1敗で、これでいい、これの延長でいいというなら「追試」合格なんだろうし、駄目だとすれば最初から、例えば新潟戦的内容で大宮に勝った/分けた/惜敗したとしても、駄目なんだろうし。
正直最近、レッズサポのマジョリティの感じ方は僕にはよく分からなくなっているので、どうなのかなと見渡してみた感じでは、どうやら”駄目”なようで。で、どうするかという。

そこで本題。
いわく”フィンケ続投是か非か”
あえて答えれば「どっちでも」というのが、僕の答え。
見たいか見たくないかと言えば、あまり見たくないですけど。
ただレッズ本位で考えれば、なかなかに難しい。


まずそもそものフィンケ招聘時点に、遡ってみますと。
招聘したのが「正しかった」のか「正しくなかった」のか、それはまず間違いなく、「正しかった」と思います。大筋は。
(エンゲルス)監督を交代するという方針は勿論正しかったでしょうし、人事管理に終始した前(3)監督に代わり、はっきりした戦術を持ったタイプ(という定評)の、それなりの実績や名声のある大物監督を連れて来たのも。
手近や日本人や出戻りではなく、全く新しい(ビッグな?)名前で「改革」「革命」のメッセージを伝えたのも。
・・・・以上全て「正しい」と言っているのは、少なくとも「間違い」ではない、普通の予測/思考能力の範囲内での、ライトディシジョンの”間違い”なく(笑)一つであると、その程度の意味です。以下も同様。

ちょっと細かいことを言うと、その”改革者”フィンケがドイツ人であったことには、やはりレッズ(首脳部)のそれまでの流れやしがらみや、交渉の実作業上の厄介さ排除といった必ずしも純合目的的ではない要素が、絡んでいたとは思います。ドイツ人を「選んだ」というよりもね。
ナニ人でも、良かったばす。”新生”をアピールする上では、ドイツ人でない方が良かった可能性もあるというか。
例えば某ヴェルディの「ブラジル」ほど、習慣性は深刻でないのにしても、逆に別にレッズはチーム内にドイツ人がいるわけでも、ドイツ人でないと出来ないサッカーをやっていたわけでもなかったわけで、メリットの方もその分不明確で。正直”習慣”としか。

話戻して次にその”新監督”フィンケの「戦術」、その指向性と、チームの方針との関係ですが。
いわく「攻撃的」「アクション」「パスサッカー≒コンビネーションサッカー」
一部必ずしもフィンケが直接言っていることでもないかも知れませんが、概ねこういうこと。少なくともそのつもりで、招聘したはず。
”戦術”が無いから”戦術”が必要だと。そのこととそれが「攻撃的」な「パスサッカー」であることは、一応は別なわけですが、そもそもの”戦術が無い”嘆き、それに至る経過を見れば、受けて相手に合わせる巧みさに頼る中で、チームの構造とモラルの維持限界が露呈されてしまったということだったわけですから、違いをはっきりさせるという意味でも、はっきり攻撃的なパスサッカー(のフィンケ)という選択は、論理的には正当というか、ほぼ”戦術”(注入)とイコールに近いというか。まあ、”間違い”ではない。

違う選択肢も、無くは無いと思います。
例えば近年のライバルの一つ、川崎フロンターレ。最近もその”爆発的な攻撃力”が猛威を奮ったり(笑)しているようですが、ではフロンタが「攻撃的」な「パスサッカー」、「アクション」サッカーをやっているかというと、必ずしもそうではないと思います。
むしろ前線の個人能力を活かした堅守速攻のロングカウンター、かつては3バックメインだったり”川崎山脈”を誇っていたり(笑)、そういうやや慎重かつ大味なチームカラーの中から、実はそんなに基本線は変えずに、今日のすっかり”強豪”で終始”攻撃的”なチームというステイタスを、安定的なものとして作って来ている。
例えば浦和が’06年のギドのチームあたりをベースに、そういう道を歩んでもそんなにおかしくは、なかったはずです。

ただじゃあフロンタのフロント(駄洒落じゃないよ)が、そんな深謀遠慮を持って現場の動向に関わって来たのかというと多分そんなことはなくて、基本的には関塚?高畠さんらの現場スタッフが、与えられた条件の中で”強く”なる為にああでもないこうでもないとやった成果、ある意味たまたまのその成果に乗っかって、何となくここまで来ているという、それだけのことだと思います。
浦和で悔やむとすれば、ギドの後のオジェックが失敗した時に(継承の失敗なのか改革の失敗なのか、それ自体中途半端な印象でしたが)、エンゲルスでお茶を濁したこと、新生するわけでも監督の総合能力で下支えするわけでもなく結果的に壊れるに任せたことが、責められるべきポイントとしてははっきりあると思いますけど。
いずれにしても、フロントにそんなサッカーの細かいことを要求するのはお門違いで、方針を持て、はっきりさせろ、それに従ってキリキリ働けという、それしか基本的には言えないのは当然ですね。

そしてエンゲルスの失敗の時点では、”維持・継続”するものもほとんど残っていなかったわけで、ある意味では安直ですが、分かり易いというメリットの大きい、フィンケの”革命”を招き寄せたのは、決して間違いではないと、とりあえずは言えると思います。


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浦和?千葉(’09)メモ 

ほんとにメモです。御殿さんの立派なのとは違います。(笑)

J1第28節 浦和 ○3?1● 千葉(埼玉)


・随所に”片鱗”は見える。攻撃面のいいところ/去年までにないところというか。
・しかしそれがいつどのように”両鱗”や”全鱗”(?)になるのか、そのイメージがないというか、予想が付かないというか。
・この試合のように良い時間帯と悪い時間帯があからさまに分かれてしまうと、僕の言う”ソフト”と”スタイル(全体)”という話も、少しは分かってもらえるんじゃないかと思うんですが。
・本当に「コレクティブカウンター」とか、何でもいいけどある程度まとまりのある(既成)観念を、意識してみた方がいいかも知れない。
「パスサッカー」ではもう、”説明責任”を果たせていないと思う。何より選手たちの試合の取り組みに、確信が。
「コンビネーションサッカー」でも、勿論同じ。もっと駄目かも。
・フロンタ戦では相手関係により保てた緊張感が、続く2戦では早速ほつれ出して、単に安全志向の、楽をしたいだけのサッカーに流れ始めていると、素直に見てそう思いますが。
・それをとどめる「枠づけ」を、フィンケはやってるのかやれるのか。頑張れとかサッカーは難しいとか言うだけじゃなく。
・どちらかというと、スタイルを”変えた”、あるいはそもそも”スタイル”意識自体が、ほとんど無いように見えるんですが。ちょっとした運用の変化だと。
・そう言うには、元々やろうとしていたサッカーが個性的/極端過ぎるように、思います。
・なんかやっぱり、「枠」「器」の無い人に感じる。中身やディテールだけで。
・理系頭なのかしら。日本流に言えば。(笑)
・コーチではあっても監督ではないというか。これも日本的?


そのフィンケ談話。少し面白かった。

よく『美しいサッカーを実践しようとしているんだ』と言われるが、私たちが意図的に美しいサッカーをやろうとしているわけではない。
美しいサッカーをすることが目標なわけではない。国際レベルで常識となっているサッカーをここで導入しようということ。結果として美しいサッカーを見ることができるかもしれないが、これは目的ではない。

凄く真っ当だ。僕が言いそうなことだし。(笑)
”美しい”サッカー派、ひいては”正しい”サッカー派への痛撃?(あるいは”パスサッカー”派)
実際には、”内容”を厳しく問い詰めたがる、なぜか割りといつも厳しめに感じる日本の記者たちへの予防的反撃なんでしょうけど。

ただ上で”理系頭”と言ったように、フィンケが割りと端的な理やメカニズムそのものに焦点を当てて、サッカーを扱っているのは確かだと思います。
それが全体としての合理性に今いち繋がらないのは・・・・。日本の海外通の玄人筋に、ウケが良くないのは・・・・。
むしろ「全体」視野の希薄さによって、個別の理の整理整頓や最適化が、とっちらかりがちだからではないかと思うんですけどね。
狭義の”科学”的には、「全体」なんてのは虚構の概念なんですけど、だから頭のいい人はそういう言い方は避けようとするわけですけど、でも実際はズルして(笑)どこかでそういう次元を考えながら、個別のことをやっている。

フィンケはある意味とても素直で、言ってることが全てというか、見えてるものが全てというか。
「全体」を完全に、「部分の集合」としか考えていないというか。
無意識には、考えてると思いますけど。使っているというか。「全体」というような次元も。
それは例えば、サッカーにおける習慣的ゲーム進行やチーム作り、あるいはそれぞれのチーム(例えばレッズ)の既成のスタイルとかに寄りかかる時に。

世界中を見渡してもそうだが、すべてのチーム、すべての選手に運動量が非常に求められようになってきた。そしてインセンティブな形でのゲームが展開されるようになった。それほど多くのスペースもないし、非常に密度の高いところで、優れたサッカーを展開しなければならない時代になってきている。これが現在の国際的なレベルでのサッカー。今から10年、15年前のサッカーのように、数人の個の優れた選手がピッチに立って、彼らがチーム全体をリードして、すべてを決定付けてしまうような時代ではもうなくなった。

こういう言い方もね、なんか素直過ぎるというか、当たり前過ぎるというか。
個人じゃなくて組織だ!とか。個力じゃかなわないから走り回ってパスを繋ぎまくるんだ!とか。(笑)
そういう類の、「先端」や「進歩」に聞こえますが。
ここはUEFAチャンピオンズリーグではないので、その組織を更に上回る決定的な個人/超人たちの存在が問題になったりはまずしませんし、”プレス”とそれをかいくぐる更に上の”スキル/パスワーク”の綱引きが、本当に問われたこともないわけですが、それにしても、弁証法的に少し前の「構図」の話を、しているように聞こえてしまいます。(ネッツァーとかオベラートとか言われてもなあ)
もう少し、知ってるつもりなんですけどね、日本人も。少なくとも話の上では。

まあ僕がこの前フィンケを「最先端ではない」と言ったのは、別に”後れている”という意味ではなくて、サッカー人としてのタイプのことを言っただけなんですけど。
つまり後れてるんではなくて、変わってる、孤立しているんだと。
ただ例えばトルシエにはそういう自覚があったと思いますが(虚勢で隠してはいても)、フィンケは・・・・。
まあレッズの元の状態もたいがいなので、それこそトルシエが日本で”桃源郷”を築いたように、フィンケがレッズと同じように幸せな関係を築くのも、ありだとは思いますが。ただそれにはもっと、一途にやってくれないと。

・・・・ああ、春先のがそれだったのかも知れない。
そして今は、”サンドニフランス戦”後の、トルシエジャパンの状態?
それならそれで悪くないというか、あってしかるべき過程と言えるのかも知れないですけど。
”失敗””挫折”するのは、決して悪ではないですし。
ただ監督の自覚がなあ。トルシエに比べても。

どうも不安です。この人の学者先生っぽさが。
サッカー界的な観点で、展望が立てられないというか。(こちらが)
まあ公平に言って、「国際経験」、言い換えると「自分の持っているものを普遍的相対的視点で体感的に見直してみ」た経験が不足しているのは、確かですよね。経歴から推測して。別にフライブルクを馬鹿にするわけではありませんが。
だからそういうものとして見れば。むしろそれこそシャムスカ的な”意欲的な若い指導者”的に、初めて国を出て国際経験を積もうとしている、そういう人だと見れば、いいのかなという気もしますが。一緒に成長しようと。

ただ本人がなあ・・・・。”教える”気満々だからなあ。
僕は正直、そういう意味での期待感はもう持っていません。この前言ったように。
どちらかというと”怖いもの知らずのアマチュアイズム”爽やかさですかね、フィンケサッカーがハマった時に感じるのは。
門外漢的だというのは、実はかなり最初の方に既に言ってましたけど。(あ、”アマチュア”ってのも言ってる(笑))


余談・・・・というわけではないんですけど、最後に付け足し的に一つ。
本職じゃない本職じゃないと、言われ(言い?)続けていた左SB細貝ですが、気が付くと「右利きの左サイドバック」として、典型的というかほとんど模範的なプレーを、するようになりましたね。
理由は分かりませんがヘナヘナした選手の多い(笑)左利きのそれに比べて、器用ではないけど縦に剛直な良さと、忠実な左足クロスと、勿論ボランチでもお馴染みの勇敢なカットイン、飛び込み(&シュート)と。
むしろこのポジションで、代表狙う?という。

阿部もCBだと結局消耗するばかりのようだし、この並びが一番落ち着くんですかね、やっぱり。
三都主や永田への厳しい当たりを見ると、フィンケのこのポジションの好み自体も、割りと堅実志向みたいですし。
これは多少、意外だったところ。僕永田好きなんですけどね。国際的な水準で、期待しているというか。

峻希おめでとう。でもSBで定着して欲しいかどうかは、微妙。(笑)
まあ出来るに越したことはないですが。


川崎F?浦和(’09)、浦和?横浜FM(’09) 

”コレクティブカウンター”、とか?

J1第26節 浦和 ○2?0● 川崎F(等々力)
J1第27節 浦和 ●1?2○ 横浜FM(埼玉)


あえてわざわざ、それらしい名前をつける必要もないかも知れませんけど。


コレクティブカウンターとは。

ヒディンク「ロングボールを蹴ってカウンターを狙うのではなく、ハイテンポで、ショートパスをつないで相手ゴールに迫るというものだ。 これならロシア人の真面目さとスピードを生かすことができる。」

ヒディンク「ポイントは1人か2人でカウンターを仕掛けるのではなく、5,6人が同時に相手ゴールに迫ることだ。 それによって相手は、どこのスペースを見ればいいか、誰をマークすればいいか、大混乱に陥る。 これが近代サッカーというものだ。」

・・・・”Never Give Up” より


EURO2008でヒディング率いるロシアやファン・バステンのオランダが見せたようなコレクティブカウンター
これこそが現代サッカーにおける一つのトレンドだと思う
以前はキエーボのような弱者の戦術であり、決してメインストリームと言える存在では無かったコレクティブカウンターだが
良い選手を揃えた上で、高い位置でボールを奪ってからの質の高いカウンターでチャンスを量産するチーム増えている

・・・・”Hail?2U” より


さすがフィンケ、欧州最前線!と言いたいところですが(笑)、実際にはやっぱり、言われてるような単なる「現実主義」「旧浦和スタイルとの折衷」というのが、その実態なんでしょう。
そもそもがフィンケというのは、決して”最前線”や”大家(たいか)”的な人ではなくて、あくまで「独自」の人、変わった人(笑)というのが、基本性格なんだろうと思いますし。

実はトルシエの方が、本来的には普通。
岡田以上、トルシエ未満というのが、”正統性”という観点での、フィンケの位置ではないかと。

具体的には、現状”コレクティブカウンター”を称するには、基本的なボールの奪い所が低い、または攻撃のかかりが遅いような気がしますね。
・・・・まあ、そもそも別に”称し”てませんけど。(笑)
ただ、一つの今後の希望、「カッコつけ」の道しるべとして。

日本では昨年末以降の鹿島のサッカーに対する形容として、この言葉が定着し始めた・・・・と、言っていいのかな。
それだけ鹿島の”カウンター”の組織性が、見事だったわけですが。最近は知りません。(笑)
僕はというと、反町ジャパンのアテネ前強化試合、トゥーロン出発前のアンゴラフル代表戦を見てそれに近いインスピレーションを受けて、そのやり方ありだなあ、追求してくれないかなあと思ってましたが、以後特にそういう気配はありませんでした。
(ちなみに当時の流れとか)
で、数ヵ月後のNumberの(ユーロ08特集の?)記事で初めてその概念/言葉を知って、「何だよ、ほんとにあったのかそういう概念、知ってればもっと強く主張したのに!」と、変な悔しがり方をしていました。(笑)

誰かフィンケに聞いてみて下さい(笑)。少しは意識してたりしているのか。


結局フィンケとはどういう人かというと。
一つの言い方ですが。
”サッカースタイル”を丸ごと持って来たのではなくて、”パスの回し方”についてのある用途の「ソフト」を持って来た人だと、別にそういうつもりだというわけではないですが、そう言っていいのではないかと思います。
局部的には面白いところはあるけど、全体としてはなんか変というか、バランスや”機能”している状態のスイートスポットが狭過ぎるというか。個々のソフトはともかく、OSが不具合だらけというか。(笑)

そこに代わりに「全体」像を与えようとしているのが、浦和伝統のリアクションスタイル。”伝統”なだけに、容易に安定した全体を構成出来る。暗黙の了解で。
それでいいのか、という疑問は、大いにあります。
フロンタ戦の内容と、それに対する少なくないレッズサポのポジティヴな評価には、ちょっとキレそうになって慌てて抑えましたけど(笑)。”パスサッカーだから”擁護していた同じ口で、”勝ったから””強かったから”、あれを評価するのかと。

強豪フロンタ対策、特に、有効なのがある意味分かり切っているそれだから仕方ないのかと一応自分を説得しつつ、でもどうやら今後もその方向で行くらしいですが、代わりに上の視点(↑)を掘り出すことで(笑)、今は場を収めています。
フィンケ自身の心境が、なんなんだろうなとは思うんですけどね。単純に何でもいいから「勝ちたい」「成功したい」という気持ちも強い人なのか、”ソフトを抱いた渡り鳥”として、意外とこだわるところ以外こだわらない、緩い人なのか。

僕がフロンタ戦を見た一番素朴な感想は、接近サッカーを中途で放り出して、憲剛システムという”ヴァリエーション”に活路を見出す、でも根本の雑さはそのままという、岡田ジャパンのそれと同質の”変化”だったんですけどね。
まだ何にもやり遂げてないのに、「幅」に走ってどうするという。そういうのを逃げと言うんだと。
まあ実際たいていの「チーム作り」なんてのは、こんな感じで進むんですけど。いい加減慣れろ、俺。(笑)
ただ岡田/フィンケのような、エキセントリックorオリジナルなスタイルを標榜するなら、一回は真っ直ぐ突き抜けることを期待するのは、当然だと思うんですけどね。あれ?もう曲げるの?という。

具体的には、涼しくなったなら涼しくなったなりに、もう一回ひと通り、初期型スタイルの可能性をおさらいして見せてから、次の展開なり何なりを、やって欲しかったということですけどね。
”変化”させる元ネタ(?)の密度を、もう一回高めて欲しかったというか。
そうじゃないと、現状をどこと比べていいのかよく分からない。春先の好調時なのか、ナビスコ以降の陳腐化時なのか、それとも地獄の連敗の崩壊時なのか。(まあ多分最後)


まとめて言うと、面白い監督だとは思います。その一人というか。
ただ良い外国人監督を迎えた時の、あるスタイルを通してでも結局は、「サッカーそのものの見方/やり方を教わる」、それは例えば本人必ずしも教えているつもりもない部分も含めてですが、そういう喜び・期待感が無いのが、個人的に残念。
すっかり比較対象がオシムから岡田に移ってしまっているのも(笑)、つまりはそういうことです。

実際似てると思いますし。ただし岡田の”ソフト”では、今やっているようなリアクション方向へのカスタマイズなんてことすら難しいでしょうから、そこらへんはまあ、クオリティや具体性に差はありますけど。さすがに。
でも本質的には、いち理論家でしかない。日本人でもよくいる。サッカーマイスターではない。

後は、勝つか負けるか。
もしくは結果的なクオリティが、感動を呼ぶか。
同点ゴールは、なかなか楽しかったですけどね。すっかりキーマンが啓太になってるのが(笑)、変化と言えば大きな変化ですが。
細貝の(純個人的な)攻め上がりとも、また質が違うんですよね。そこらへんはやっぱり、オシム門下生ならではというか。


浦和?山形(’09) 

”頑張り”ましたね、とりあえず。

J1第25節 浦和 ○4?1● 山形(埼玉)

ツキも残っているようだし。もしくは帰って来た。(笑)


前節神戸戦は、録画ミスで見損ないました。というわけで、ややお久しぶり。
その間あった代表のオランダ遠征で、”運動量”、または”極大の運動量を必要とする(ショート)パスサッカー”が非常に厳しい審判に曝されて(笑)、何となく肩身が狭い感じで迎えたこの中断明けの初戦。

・・・・いや、肩身が狭いというのはほぼ冗談ですけど、実際ますます懐疑的な視線が、自分(たち)自身強くなるというのは、あるような気がします。
ほんとのところ使えるのか使えないのか、何かおかしいところがあったら見逃さないぞ、誤魔化されないぞと、若干身構えて、少なくとも僕は試合に入りました。

結果は・・・・。
”合格”とは言えないけど、一息ついた、とりあえずまだチームに巻き返す力が残っていることは、確認出来たような気がします。
これから涼しくなれば、少なくとも戦うことは、出来るようだなと。
中断前書いていたことと照らし合わせれば、とりあえず体力があるだけで、物理的に運動量を戻すだけで、Jで勝ち負けには、持ち込めそうだなと。

何か「近い将来のクラブW杯優勝」からすると、随分目標が下がってしまったようですが(笑)、もっと抜け殻やら空回りやら、酷い事態も想定していたので。あるいは「何一つ変わってない」、か。オジェックやエンゲルスの(インターバル明け)時のように。
効率がいいとも鮮やかとも言えなくても、ともかくも運動量増分の、戦闘力のアップはちゃんと見えた。
・・・・”フィンケサッカー”としてなのかどうかは、今いちよく分からないんですけどね。原口を筆頭とする、個々人が奮闘していた感が強くて。
まあでも嫌そうではなかったから、別に。(笑)

見ようによっては、物凄く大雑把な解釈でフィンケサッカーを呑み込みつつあると、そんな風にも見えますが。
一気呵成に攻め立てる際の、人の集散の基本イメージ程度の。
あるいはさんざん「回してるだけ」と言われた、ビルドアップ段階のパス回しそのものだって。まあ無いよりはましと。「位置についてー」の、ポーズを教わったと思えば。(笑)

だいたいフィンケが妙に気に入っているエスクデロが、特に”フィンケサッカー”をやろうとしているようには、終始一貫見えないんですよね。
まだポンテの方が、自分が動ける状態でさえあれば、自分自身の染みついたスタイルとの”中”を取るような形ではあっても、気は遣ってる気が。


なんか実際にそういうもののような気も、しないではないんですけど。
「ハンドボール練習」とか(の”喩え”)で、ほんとに基本のメカニズムだけ与えて、後は勝手にor常識でやってくれと。
そういう緩いものだから、しつこいようですが(笑)フライブルクで10何年も、飽きずにやれた。
基本原理をケースバイケースで(主にシステム毎に)運用するという監督は、当たり前にいますけど、もっと、ラフなんじゃないか。「内容」そのものを、いる選手の資質に、拠っているんじゃないか。逆に走れるか/走れないかという以上の細かい選手の選別(基準)も、あるようでないんじゃないか。

涼しくなって(or若返って)走れれば、勝てれば、それで十分、フィンケは満足なのではないか。
そんな感じも、少しして来ました。
僕の得意な言い方をすると、やはり”ドイツ人”というか。前3代の”場当たり”監督たちと、違うようで違わないところも、多いんじゃないか。

・・・・注意すべきはここでの「場当たり」というのは、あくまで日本人の感覚で言った場合ということですね。
彼らが別に、いつも不誠実に仕事をしているわけではない。サッカーに対する、感覚の違い。
そんなピンポイントのゴール目指して、ギチギチにやるもんではないよと。あえて言えば。
そんなことしなくても、出来るはずというか。日本人にはそれは、何か肝心なことを言われていない、中心が抜けてる感じで、凄く不安なんですけどね。

実際にはそこには、「常識」、ないしは「サッカー」が入るんでしょうね、その場合。
戦術はサッカー、またはそこにいる選手。
気が付くとエンゲルスの時と、同じようなことを言ってますが。(笑)

例えば”戦術”の貧困を攻撃されることの多い昨今の岡田監督ですが、結果的に内容が空虚だということと、ラフまたは頓着してないことは違うので。
岡田監督は頓着しているからこそ、ちょっと行き詰るとすぐ目先を変えに来る。(笑)
それはつまり、「やばい、無い!」と思うからで。あるべきところに、あるべきほどのものが。

フィンケはただ、もっと上手くやれと言うだけ。
もしくは、もっといい選手連れて来い。(笑)


以上が、本日の仮説。極論すると、フィンケには実は”スタイル”は無い?!
これが当たっているならば、余り当初予想/期待されたような、繊細で美しい完成像は望めないでしょうが、一方で意外としぶといというか潰しが利く可能性もあって、ある意味リアリズムレッズ的ではある。

検証に必要なのは多分、今オフ(以降)のフィンケが望む人事を見てみることで、そこである程度以上、明確だったり細かい選り好みをするならば、それを使って実現すべき、ピンポイントの理想もあるということで。別に大物じゃなくても、へええ、そういう選手を欲しがるんだあ的な。
何も無かったり、あるいは単なるスペック主義的な希望しか見せなかったら・・・・。

まあ金は無いらしいですけど、ならば逆に、ポンテとトゥーリオまとめて売ってしまえば、否が応でもチームは変わらざるを得なくなって、フィンケのポリシーも見えやすくはなるでしょうね。(笑)


インターバルによる水入りも何のその、原口は何か凄まじいというか、誰にも止められない成長期というか。
予感通り、非常にスケールの大きな”ウィング”に、なりつつあるようで。
山田直輝なんかはもう基本完成しているわけでしょうから、それとはまた違う魅力が。日に日に。
かなりの確度で、近い将来ヨーロッパのいいクラスで活躍の場を得るのが、目に見えるような気がします。
2014年が楽しみですが、多分間に合わせようとすれば間に合いますよ、2010年も。

まああのチームに入っても、しょうがないでしょうが。
その前に2人を中心としたレッズの完成を見たいとは思いますが、どうかな。
それよりも2人が買われるのが、ずっと早そう。
いつになったら完成するという、当てが。
それはフィンケがどうというよりも、既存戦力の能力と適性と健康が、非常に中途半端なので。
狙うならむしろ来年(つまり合わせて頑張って金も使う)で、それ逃がすと・・・・という感じですが、なんだかそういう雰囲気ではないですね。
切れない、というのと、切れないから獲れないというのと。

ここらへんの閉塞感とチーム構成のいびつさは結構深刻で、だからフィンケについてもなるべく純粋な”研究”と、原理的な疑問・批判以外は、したくないとは思ってるんですが。


最後は変な話になっちゃいましたね。
ちなみに僕が好きにやっていいなら、去年までの主力で残るのは、3人くらいです。
後は外国人メインに、フレッシュな即戦力(変な日本語(笑))に取っ換える。
複数年の選手がちゃんと売れるのかが、問題ですけど。

このままじゃ新移籍制度の”草刈り”にも、確実に一年は出遅れそう。


経営の話考え出すと、暗くなりますねどうしても。(笑)


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